7-2・霊祓い依頼~燕真単独と不機嫌な紅葉
「あの・・・実は・・・・ですね。最近、頻繁に変なことが起こるんです。」
「マキ姉ちゃん、最近、変なことに巻き込まれちゃってるの。」
「・・・はぁ?」
「先日、クレハちゃんに会った時に、私の様子がおかしいって見抜かれてしまって、
周りで起きている現象を相談したら、
頼りになる人がいるから連れてくるって・・・。」
「もしかして・・・それが・・・俺?」
燕真が自分を指さして紅葉を見ると、紅葉はウンウンと首を縦に振る。なるほど、紅葉が、燕真に彼女候補を紹介してくれるなんて奇妙だと思っていた(実際は舞い上がって、少しも疑問に感じていなかった)が、違ったみたいだ。
「れいのはなし?・・・例?霊?どっち?」
「よ、よく解りません。でも、変なことばかり起こって気持ち悪くて・・・。」
「調べなきゃワカンナイけど、多分、霊だねぇ。」
「あぁ・・・そうっすか。」
お見合いではなかったと知って少し(かなり)ガッカリする燕真。気分転換を兼ねて、ドリンクバーにコーヒーのお替わりを取りに行く為に席を立つ。まだコップに半分ほど残っている紅葉と真紀は、少し肩を落とした燕真の背中をチラ見で見送った。
「彼が、クレハちゃんの言ってた人だね。
私と同い年にしてはチョット頼り無い感じがするけど、
優しくて良い人っぽいね。」
「でしょでしょ!んっへっへっへ。
今日ゎ、いつもと比べると、チョット温和しいけどねぇ~。」
「へぇ~・・・普段はもっと騒がしいんだ?
そう言われてみると、無理してクールっぽく決めてるのが見え見えで、
チョット可愛いかも。」
燕真は、席から離れた瞬間に話題にされていることなど気付かず、ドリンクバーでカプチーノを選択して、注がれる様子を眺めながら考える。お見合いではなかったが、まだ話が終わったワケでもない。真紀の要求に応える活躍をして「頼れる人アピール」をして、この出会いを価値の有る出会いにすれば良いのだ。
「しゃ~ない。
例の話だか、霊の話だか知らんけど、
スパッと解決して、良いところを見せてやるよ。」
真紀から、「無理してクールっぽく決めてる」と見透かされていることに気付かず、クールで格好良い雰囲気を作り直し、カプチーノが注がれたカップを持って席に戻る。
「では、早速本題に入りましょうか。友野さんの周りで起こる変なこととは?
可能な限り詳しく説明してもらえると助かります。」
「寮の、私の部屋の窓の下で、十数匹の猫が、夜の間、ずっと鳴いていたり・・・
4日間連続で、寮や大学や買い物先の駐輪場に駐めておいた私の自転車に
マーキングをしたり・・・
寮の私の部屋の窓の手摺りに、野鳥が止まって糞をしたり・・・」
「・・・・はぁ?」
運が悪い人?動物から嫌われて威嚇されている?それとも、もの凄く好かれて求愛でもされている?燕真は、動物のことは、あまり詳しくないんだけど、なんで、そんな生活レベルのことを、初対面の女性から相談されているんだろう?
「マキ姉ちゃん・・・ちゃんと説明しないとワカラナイよ。」
「で、でも、変な人だと思われたら・・・。」
「変な人にゎ慣れてるからダイジョウブ!」
(・・・た、確かに、変な人には慣れている。
オマエ(紅葉)以上に変な人なんて、いないだろうからな。)
真紀は、しばらくは戸惑っていたが、紅葉に何度も催促をされて、ようやく話し始めた。
「わ、私は見ていないんですが、
見た人の話だと、猫も犬も野鳥も、
長髪で、頭の後ろに口が有ったらしいんです。」
「・・・長髪で頭に口?・・・そ、それは大変だな。」
燕真が真紀にからかわれているか、真紀が周りの人にからかわれているか、非日常絡みの三者択一だ。念の為に隣に座っている紅葉をチラ見したら、紅葉は燕真の方をガン見して首を縦に振った。
「・・・感じるのか?」
「んっ!」
「・・・そっか。」
紅葉の反応からして、妖怪絡みで間違いなさそうだ。あからさまな態度で示さないのは、紅葉なりに真紀を思いやっている、もしくは、退治屋の活動を大っぴらにしない為の配慮だろうか?燕真は、紅葉に少しは気遣いができることを安堵する。
「寮の皆がいた時は気にしないようにしていたのですが、
夏休みになって周りが地元に帰省して、
ひとけが無くなったら急に怖くなってしまって・・・」
「解りました。
あまり詳しくは説明できないけど、
俺からすれば、それほど珍しい現象でもなさそうだ。
友野さんの周りで何が起きているのか、調査してみるよ。」
「よ、よろしくお願いします。」
真紀の依頼に対して、燕真は笑顔とサムズアップで返す。先ほどは燕真を「頼り無い感じ」と表現した真紀だが、その時は少しだけ格好良く見えた。食事を終え、燕真が3人分の会計をして、自転車で来た真紀を寮まで送り、その日は解散となる。早速、女子寮の近くで張り込みをしたい燕真だったが、紅葉を家に帰さなければ拙いので、粉木への報告と相談を兼ねて引き上げることにした。
帰りの道中、赤信号で燕真がバイクを停車させたところで、タンデムの紅葉が燕真の頭をヘルメット越しにポカポカと叩く。
「イテッ!なんだよっ!?」
「燕真のヘンタイ!マキ姉ちゃん見て、鼻の下伸ばしてたでしょ!?」
「伸ばしてねーよ!」
「絶対伸ばしてたっ!鼻の下がテーブルまで垂れ下がってたモンっ!」
「テーブルまでって、どんな状況だ!?俺の鼻の下、そんなに伸びね~よ!
そんなことよりもオマエさぁ・・・妖怪退治の依頼なら、最初からそう言えよ!」
「言ったぢゃん!」
「一言も聞いてね~よ!
オマエが言ったのは『親戚の姉ちゃんと飯を食うから一緒に来い』だけだ!」
「あれれ?そ~だっけぇ?」
「全くもうっ!」
一悶着の後、目の前の信号機が青に変わったのでバイクをスタートさせる。がさつ小娘の所為で、余計な仕事を請け負ってしまい、面倒臭くて仕方が無い。だけど同時に、紅葉が真っ先に自分を頼ってくれたのは、少し嬉しい。
-22時・YOUKAIミュージアムの事務室-
紅葉を送り届けた燕真は、帰宅はせず、粉木のところに赴いていた。
「そいで・・・お嬢の従姉の頼みを受けて来たんか?」
「・・・うん。」
「オマン、いつから、依頼を受けて仕事をする探偵になってん?」
「拙かったか?」
「・・・拙くはないが、退治屋の業務からはズレとるのう。
営業をして、妖怪退治の仕事を持ってくるなんて、前代未聞やで」
退治屋は、事件が発生をして被害が出てから動く・・・と言うか、いくら妖怪退治の専門職でも、妖怪が出現する前に動くなんて不可能だ。
「仕事、引っ張ってきたんはお嬢か?」
「まぁ~な。」
「・・・やれやれ。」
粉木は、目の前のパソコンで退治屋のデータベースを検索して、モニターに画像を表示する。
「・・・これは?」
「猫や犬や野鳥が、長髪で、後頭部に口・・・子妖に憑かれとるんやろうな。
お嬢の従姉の周りに隠れとる妖怪は、おそらく二口女や」
子妖が憑いた動物の外見的特徴、及び、子妖が憑いているにもかかわらず、大した被害が無い点から考えて、本体は二口女で、まだ覚醒はしていないと判断できる。
「お嬢の従姉に、どない些細な噂でも良いから、
他に学校や寮で不思議な噂が無いか聞いてみい。」
「不思議な噂か。
・・・そう言えば、絡新婦の時も、紅葉に同じようなことを聞いていたな。」
「そや。一番解りやすいのは、学校の七不思議ちゅうヤツや。
あないなもん、たいていは誰かがでっち上げたデタラメやけど、
時たまホンマもんが混ざっちょるでな。
同じ解釈で、女子寮の怪現象を聞いて、
そん中からホンマもんを突き止めるところからや。
それで見付からにゃ、近所を聞き込んだり、過去の新聞を引っ繰り返して、
念が残るような事件性のもんが無かったか探せばええ。」
「七不思議・・・まぁ、確かにどこにでもあるな。
解った。明日、聞いてみるよ。」
初動のアドバイスを受けた燕真は、「早速、連絡をする理由ができた!」と喜び勇んで帰宅をする。見送る粉木は、燕真が見えなくなってから大きな溜息をついた。
「源川紅葉・・・か。」
出現妖怪の種類が解れば、対策も立てやすい。そして、張り込みをして、妖怪出現と同時に被害が出る前に倒せば、これほど効率的なことはない。だが、妖怪が出現して、被害が出てから討伐の動くのが当たり前。退治屋の常識から考えれば、事前に営業をして仕事を得るなんて前代未聞。それをナチュラルにやってのける紅葉の才能には、底知れ無さを感じてしまう。
-翌朝-
「・・・むむむぅ~~~~。」
「どうしたんや、お嬢?」
YOUKAIミュージアムにバイトに来た紅葉が唸り声を上げた。理由は燕真がいないから。燕真は朝一で女子寮の張り込みに行ってしまった。
「しゃ~ないやろ。
燕真の本職は、2階の受付で一日中暇潰しをしている事やのうて妖怪退治や。」
「ァタシの本職もヨーカイ退治っ!
ァタシと燕真ゎ、2人揃って妖怪バスターズなのっ!」
「おいおい、妖怪バスターズってなんや?いつの間に、そない組織ができた?
お嬢の本職は妖怪退治やのうて、高校生活。昼からの塾通いも立派な本職。
文架大の寮で張り込みなんてしたら、塾に行けんくなるで。」
「・・・むむむぅ~~~~。」
不満そうに、身近な椅子に腰を降ろす紅葉。燕真が単独で妖怪の調査(しかもマキ姉ちゃんのところ)に行ってしまったのが面白くない。きっと、鼻の下は伸びっぱなしだろう。だが、粉木が言う通り、塾をサボれないのも事実。納得はできないが受け入れるしかない。紅葉は、ムスッとした表情で立ち上がって事務室に行き、メイド服に着替える。
「おはよ~!紅葉ちゃ~ん!今日も元気だね~!」
「はぁぁ?ァタシが元気!?どこに眼を付けているんですか!?」
「・・・ご、ごめんなさい。」
「紅葉ちゃ~ん!愛情たっぷりのピザトーストお願いっ!」
「品切れですっ!今日ゎなんにもありません!」
「おいおい、燕真が2~3日、店を離れただけで、閉店に追い込まれそうやな。」
開店と同時に、紅葉目当ての客が数人訪れるが、その日の紅葉の接客は、もの凄く雑だった。しかし、例え、退治屋より喫茶店の収益が上だったとしても、本業はあくまでも退治屋なので、粉木には、燕真を店に戻すことはできない。
-文架大近くのファミレス-
呼び出された真紀が入店すると、先に席を確保していた燕真が軽く手を振って合図をした。真紀は軽く会釈をして、燕真と向かい合わせに座った。
「おはよう。早速呼び出して悪かったね。」
「おはようございます。クレハちゃんは?」
「アイツは、塾とバイトがあるんで、そっちが優先だよ。
呼び出したのは、調査の過程で、確認しておきたいことがありましてね。」
このファミレスのモーニングはビュッフェ形式。燕真と真紀は、食べたい物を自由に取ってテーブルに戻った。真紀が選んだプレートの盛りつけは、パンとスープの他に、赤や緑、黄色(目玉焼き)等々、彩りが綺麗で見た目が非常に良い。対する燕真のプレートは茶色(揚げ物やウインナー)だらけ。見比べた燕真は、真紀の女子力の高さに感動してしまう。
「女子寮や文架大で、昨日、教えてくれたこと以外に、奇妙な噂ってある?」
食事をしながら、早速、本題を始める。
文架大では、軍事工場の跡地に建っている、夜になると増える建物、夜になると増える階段、トイレから聞こえる鳴き声、屋上に立つ人影、校庭で姿が見えないのに複数の声がする、誰も居ないはずのグラウンドで発せられる応援歌、体育館で鳴り響くバレーボールの打撃音・・・等々。
女子寮では、以前は墓地だった、窓際に立つ女性の霊、徘徊する人影、2階で何故か一つだけ窓ストッパーで固定されて開かない窓、定時になると死者の世界に繋がるトイレの扉・・・等々。
「夜になって、増えた建物を見たことは?」
「ありません。」
「・・・だろうな。
いきなり見覚えの無い建物が増えてたら、
噂レベルじゃなくて、大騒ぎになってるよ。
女子寮で、友野さんが霊を見たことはことは?」
「ありません。」
「だよな~・・・経験してれば、とっくに話してるだろうし・・・。」
真紀が教えてくれたのは、どれも、何処にでもありそうな噂話だった。ちなみに、文架大の一帯は、過去は全て休耕した田んぼ。町中ならともかく、文架市郊外には、まだ幾らでも土地があるのに、ワザワザ軍事工場や墓地を潰して建物を建てたりはしない。しかも、いくつかは、優麗高の七不思議と被っている。
粉木は「時々、噂の中に本物が混ざっている」と言っていたが、どこにでもありそうな話の中に、「本物」なんてあるのだろうか?燕真は、殴り書きしてメモを眺める。
「ん?・・・窓ストッパーで固定された窓が一つ?これって心霊現象か?
友野さん、この窓は実際にあるのか?」
「はい、あります。」
「なんで一つだけ?開かずの窓になった原因は?」
「私が入寮した時には既に固定されていたので詳しくは知りませんが、
十数年前に、おとなしくて、あまり目立たない女生徒が、
年上の恋人にフラれた事を儚んで身を投げたって噂は有ります。」
「・・・2階だよな?身を投げても死なないだろ。」
「私も気になったので調べましたけど、寮に事故物件の情報はありませんでした。
それに、噂の窓の下は花壇になっていて、
落ちても、多分、低木や土がクッションになります。」
「変な噂だな。」
「ですよね。」
プレート内を完食した燕真と真紀は、お替わりを取りに行く。燕真は、先ほどはパン食が中心だったので、今度はご飯や味噌汁を持ってきた。相変わらず副食は茶色(納豆や揚げ物やウインナー)。一方の真紀は、パン一つとデザートを持ってきただけ。
「それで足りるのか?」
「朝は、いつもこんな感じです。」
「友野さんと紅葉が同じ血を引いてるとは思えないな。
アイツならプレート山盛りで5~6回はお替わりに行きそう。」
「あははっ、クレハちゃんなら、そうなりそうですね。」
その後は、文架大や女子寮の奇妙な噂から派生した雑談や、故郷・美宿市の話題、紅葉の話などをして、燕真が3回目のお替わりでデザートを食べて朝食を終え、2人はファミレスの駐車場で別れた。
自転車で去る真紀を、燕真が見送る。やはり真紀とは波長が合う気がする。「バイクで女子寮まで迎えに行って、女子寮まで送り返す関係」になりたいが、まだ時期尚早。今は、彼女の悩みを晴らすのが優先だ。
「じいさん、女子寮の噂で、チョット異質なのがあった。」
〈そうか。そいで、これからどうする?一度、こっちに戻って来るか?〉
「いや、気になるから、少し調査してみるよ。」
粉木への報告を終えた燕真は、バイクの進行方向を女子寮側(真紀が帰宅をした道)に向けてスタートさせた。