7-1・喫茶店と窓際族~紅葉の従姉は同郷
第7話は、同時投稿をしている本作の簡易版【妖幻ファイター】ではカットされたストーリーです。
-YOUKAIミュージアム-
ただの博物館から、喫茶店を併設した喫茶店に方針転換して以降、YOUKAIミュージアムの収益は順調に上がっていた。・・・と言うか、ただの博物館だった頃の収益は、ほぼゼロ。YOUKAIミュージアムは、初めて月間の収支が黒字になっていた。
「・・・暇だ。」
しかし、燕真は暇だった。2階の博物館がメインで、1階に喫茶店を併設したこの施設で、燕真に宛がわれたのは、博物館の受付、兼、管理。2階の入口に待機をして、博物館に興味を持った客から入場料を取るのが仕事だが、階段を上がってくる客など誰もいない。客の大半が、喫茶店目当てで訪れて「2階が博物館」と初めて知るが、特に興味を持たない。中には博物館があることを知らずに帰っていく客も存在する。
「・・・暇すぎる。」
忙しすぎる仕事は遠慮したいが、一日中受付カウンターにボケッと座っているだけの仕事も辛い。まるで、窓際族に追いやられた気分だ。座り飽きた燕真は、階段を降りて1階を覗く。
「アリガトーございました~。」
会計を済ませた客が、『喫茶・YOUKAIミュージアム』から出ていくところだった。
「なんや、燕真?何か用か?」
「いや・・・用は無いんだけど、
1階が忙しそうだから、なんか手伝うことがあるかと思ってさ。」
「おぉ、気ぃ利くなぁ。なら、便所掃除と皿洗いを頼む。」
「・・・了解。」
もう少し‘喫茶店ぽい仕事’をしたかったが、仕事が無いよりはマシ。燕真は、カウンター内で座っている粉木に言われた通りに、トイレに籠もって掃除をする。手際良く掃除を終わらせて皿洗いをしていると、昼の繁忙期が終わり、店内から客が居なくなった。
「これもお願いね、燕真っ!」
メイド姿の紅葉が空いた皿を持ってきたので、燕真が引き取って洗う。ここはメイド喫茶ではなく、あくまでも、博物館を訪れた客が一息つく為に併設された喫茶店。 メイドの格好で客を出迎える必要は無いのだが、館長の粉木の趣味&紅葉が乗り気で今に至る。・・・と言うか、男性客のリピーターの大半は、メイド姿の紅葉に会いに来るのが目的だ。ファーストフードでのバイト経験があり、スマイルでリピーターを増やした紅葉からすれば、自分目当ての客への対応は簡単なこと。
ただし、燕真が身近にいると、紅葉は燕真に話しかけてばかりでペースが乱れてしまう。だから、老獪な経営者は、「紅葉が燕真に纏わり付くことを嫌がる客達」への配慮で、燕真を窓際族(誰も客が来ない2階の管理)に追いやっている。
「塾は何時からなんだ?」
「今日ゎオヤスミだよ。」
高校生は夏休み。紅葉は、塾の夏期講習の時間帯以外は、『喫茶・YOUKAIミュージアム』でウェイターのバイトをしている。紅葉目当てで店に来て、紅葉がいないことを知って、ガッカリしながらコーヒーを注文する男性客は多い。夏休みが終わって学校が始まったら、おそらく、客は激減をするのだろう。
布巾でテーブルを拭いて戻ってきた紅葉が、カウンター内で食器洗いをする燕真の向かい合わせの椅子に座る。
「ねぇねぇ、燕真!今日の夜、暇!?」
「忙しい。」
実際には、帰宅をしても‘テレビを見る’くらいしかやることは無いが、仕事後まで騒がしい小娘と絡みたくない。
「どうせ暇でしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この娘には耳があるのだろうか?今、ハッキリと「忙しい」と言ったのに聞こえなかったようだ。
「ァタシの親戚のマキ姉ちゃんが、文架大の文学部の4年生でさぁ・・・
文架市の子ぢゃないから、女子寮に住んでんの。
高校までは陸上部やってたけど、
大学では、サークル活動とかは、なんにもやってないんだってさ~。
文架大って、頭良くないと入れないよね?マキ姉ちゃん凄くね?
元々、ァタシがマスドナルド(ファーストフード)でバイトしてたのは、
先に同じ所でマキ姉ちゃんがバイトしていて、
ァタシに紹介してくれたからなんだよ。
でもね、就職活動と卒業ロンブンの準備で忙しくなって、
4年生になって直ぐにバイトやめちゃったの。
大学生って大変だよね?燕真も大学行ったんでしょ?4年生の時は大変だった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
話を整理する。何故、いきなり‘マキ姉ちゃん’の話題になったのかは不明。今の説明の中で、燕真が記憶に留める価値が有りそうな話題は一つも無い・・・以上。
「それでね、それでね、今日、ァタシとマキ姉ちゃんで晩ご飯ぉ食べるんだけど、
燕真も一緒にどう?」
「行くに決まってんだろう!」
即答をする燕真。ただ煩いだけの小娘かと思っていたけど、親戚のお姉ちゃんを紹介してくれるなんて良いところ有るじゃん。前言撤回。記憶に留める価値が無いと思えた情報は、全て価値あり。大学4年生なら燕真の一個下か?年齢的には何の問題も無し。卒業論文に苦戦しているなら手伝ってやる。文架大の女子寮に住んでいるなら、バイクで頻繁に迎えに行ける。マスドナルドでのバイト経験があるなら、対応力が備わってるだろうし、同じバイト先に紅葉を紹介したってことは、バイト仲間からの一定の信頼は得ていたのだろう。
「ところで、マキ姉ちゃんって可愛いのか?」
「ぅんっ!カワイイよ。」
「芸能人に例えると、誰に似ている?」
「ずんだ餅3個分に似てる。」
「・・・ずんだ餅?」
女の子の言う「可愛い」が、どの程度信用できるかは微妙。ずんだ餅と言う名の芸能人はいない。紅葉の視点で「ずんだ餅」のどの辺が可愛いのかは、ジックリと説明していただきたい。だけど、紅葉の親戚=黙っていれば満点美少女の紅葉と同じ血を引いているなら、一定の期待はできる。
「何時から、どこで飯を食うんだ?」
「7時半から、文架大の近くのファミレスだよ。
バイクに乗せてってもらってイイ?」
「任せろ!」
YOUKAIミュージアムは、あくまでも博物館がメインの施設なので、夕食時にもかかわらず、18時には閉館をする。現地までの移動時間を考慮しても、急いで帰宅をして、シャワーで汗を流して爽やかな私服に着替える時間は充分に有る。
浮き足立って今の時刻を確認する燕真。閉店までの残り4時間半が待ち遠しい。こんな時に限って「妖怪が出現しやがった」って展開にならないことを祈るばかりだ。
「やれやれ・・・朴念仁が。
もうちっと、女心を勉強せんと、空回りばかりで、なんも上手くいかんやろな。」
粉木は、紅葉が常々猛アプローチをしていることに一切気付かずに、ちょっとした出会いのチャンスに浮かれている燕真を、溜息まじりに眺めた。
不安要素だった「こんな時に限って妖怪が出現しやがった」は発生せず、無事に定時になってYOUKAIミュージアムは店じまいをして、燕真はバイクに乗って低速で、自転車に乗る紅葉と並走して同じ方向に帰る。本陣町に入り、燕真のアパートに繋がる路地の手前で、2人は止まった。
「んぢゃ、7時におうちの前に向かえに来てね。」
「どこかに待ち合わせじゃなくて、家に迎えに行くのか?
オマエの家、どこ?」
「あれぇ?来たことなかったっけ?」
「無ぇ~よ!広院町に住んでいるんだっけ?」
「あそこっ!広院町にあるサンハイツ広院だよ。」
紅葉が指さす先(現在地の隣町)には、綺麗な中層マンションが建っている。
「へぇ・・・良いところに住んでんだな。了解。7時な。遅れるなよ。」
「燕真こそ。」
45分後に待ち合わせる約束をして別れ、燕真は自宅アパートの敷地にバイクを乗り入れる。部屋に入って、直ぐにシャワーを浴び、髪を乾かして清潔感が演出したヘアスタイルに纏め、クローゼットから服を引っ張り出して、鏡の前でアレコレと合わせる。
「う~~~ん・・・これで・・・良いかな?」
考えてみたら、オシャレな服なんてロクに持っていなかった。ちゃんとした格好と言っても、就職活動で着たリクルートスーツでは堅苦し過ぎるだろう。チャラチャラした格好は嫌いなので、ネックレスやリングのような装身具は一つも持っていない。黒のテーパードパンツに、シンプルなTシャツと、淡い色のカーディガンでコーデを決める。点数的には、平均点ってところだろうか?
-文架市の東-
文架大橋と真っ直ぐに繋がる幹線道路を東に向かい、国道で左折をしてしばらくバイクを走らせると、市街地ほど賑やかではないが、郊外ほど閑散としているわけでもない地域の一角に、文架大学のキャンパスが鎮座をしていた。その周りには、学生対象の安普請なアパートが、幾つか見受けられる。
「マキ姉ちゃんの女子寮、アレだよ!」
「へぇ~。」
促されて、バイクを操縦しながら眺める燕真。タンデムの紅葉が指さす先には、安普請アパートとか一線を画す3階建てで可愛らしい色合いのマンションが建っていた。家賃は周りのアパートと比べて高そうだが、他県から文架大に来た年頃の娘を1人暮らしさせるなら、割高でも、セキュリティの良さを選択するのだろう。
「女子寮・・・か。」
建物の中は、どれほど華やかな園なんだろうか?年頃の健康的な男子にとって、その甘美な響きは大変興味深い。だが、今日の目的地は女子寮ではない。この先の国道沿いにあるファミレスで待ち合わせをしているのだ。燕真と紅葉を乗せたバイクは、文架大と女子寮を横目で見ながら通過をする。
-ファミレス-
待ち合わせの10分前。比較的道路が空いていたので、予定よりも早く到着をした。紅葉を先頭にして、期待に胸を膨らませた燕真が店内に入る。
「んぉっ!マキ姉ちゃ~ん!」
早速、紅葉が、先に席を確保していた待ち合わせ相手を発見して手を振る。相手も紅葉に気付いて手を振り返した。その光景を見た燕真は、表面的にはクールを装っているが、心の中でガッツポーズをした。紅葉と同じ血を引いているだけのことはあり、マキ姉ちゃんの容姿は80点。ただし満点に20点足りないと言うより、比較対象が、いつも身近に居る紅葉になので、目が肥えてしまい、どうしても点数の付け方が辛口になる。シンプルなボーダーTシャツとチノパンという飾りすぎないファッションセンスも良い。スタイルについては、大学4年の彼女と、高2の紅葉を比較するのが間違いだろうけど、全体的にはスリムだけど、ちゃんと出るところが出ている。総合的に文句を付ける場所が無い。
「コレが燕真で~す。」
「どうも、佐波木燕真です。」
「親戚のマキ姉ちゃんだよ。」
「初めまして。クレハちゃんの従姉の友野真紀です。」
紅葉から‘コレ’扱いをされた燕真は、少しカチンときたが、キューピット役に文句を言って、いきなり第一印象を悪くするワケにはいかないので堪える。燕真と紅葉は同列の席に並び、紅葉が窓側(真紀と対面)、燕真が通路側(真紀と斜向かい)に座った。
先ずはメニューを眺めながら、「これが美味しそう」「こっちが良いかも」と当たり障りの無い会話をする。燕真はサンドイッチとフライドポテト、真紀はスパゲティとサラダに決めた。
「あっ!ァタシもフライドポテト注文する。」
「俺が注文したのは、皆で摘まむ用だ。」
紅葉はドリアとハンバーグとチキンソテーのプレートとピザに決めた。3人ともドリンクバーを選んで、滞りなく注文を終える。
「マキ姉ちゃん、スパゲティとサラダだけで良いの?」
「クレハちゃん、そんなに注文して大丈夫?」
(全くだ。食べ放題に来たんじゃね~んだぞ。)
「ダイジョブダイジョブ!燕真のおごりだもん。
マキ姉ちゃんのぶんも払ってあげるんでしょ?」
「はぁぁっ!?」
「えっ?良いんですか?初対面でそれは拙いですよ。」
「い、いや・・・俺、社会人ですし、おごりますよ。」
紅葉のバカは、ハナからおごってもらうつもりだったのか?おごらせるつもりなら、もう少し遠慮して注文しろよ。燕真は猛烈に文句を言いたかったが、お見合い相手に好印象を与えたいので言えない。それどころか、爽やかな笑顔で、真紀の分まで「おごりますよ」と言ってしまった。
(あ~~~~・・・稼がんと拙い。妖怪、出現してくんないかな~。)
だが、まぁ、素敵な従姉を紹介してくれたと解釈すれば、紅葉へのおごりなど、安い物だ。燕真は、紅葉へのお礼と解釈する。
「ところで、友野さんは、文架市の人ではないんですか?」
「んっ!マキ姉ちゃんゎ、文架市の子ぢゃないよ。
文架市の人が寮に入るわけないぢゃん。」
(うるせーぞ、紅葉!んなこと、オマエに突っ込まれんでも解っている!
会話の取っ掛かりにする為の、当たり障りの無い質問だよ!)
「マキ姉ちゃんゎ、燕真と同じ美宿市出身でぇ~す!」
「・・・えっ?マジで?」
「佐波木さんも美宿市なんですか?」
真紀に聞いているんだから、紅葉が答えるな。なんで、紅葉が燕真の出身地を知っている?問い詰めたいことは幾つかあるが、同郷出身と聞いて、全部吹っ飛んだ。これってもう、運命なんじゃね?縁を結んでくれた紅葉に感謝。
「どこの中学?案外、近所だったりして?」
「私は、美宿第二中学校です。」
「俺、平本中学校。高校は布津迂高校に行った。」
「平本中だと、松莉花ちゃん知ってます?同じ高校なんです。」
「松莉花ってジャスミン(あだ名)か?」
「そうそう、ジャスミンちゃん!」
「小中一緒。近所の子だよ。懐かしいなぁ。」
「え~~~~・・・そうなのぉ~~!?
彼女とは、今でも連絡取り合ってるんです。」
「ジャスミンと仲良いんだ?部活の先輩とか?
あれ?でも、紅葉から聞いたけど、君、陸上部だよね?
ジャスミンは中学の時は卓球だったけど、高校で陸上を始めたのかな?」
「あっ!私、一浪しているんです。だから、ジャスミンちゃんとは同期生。
必然的に佐波木さんとも同い年になりますね。」
「マジかぁ~~~~!
俺さ、バスケ部だったけど、
陸上部の人数が足りなくて、時々狩り出されていたんだよ。
もしかしたら、どっかの大会で会ってたかもしれないね。」
「うんうん、有り得る~~。」
同郷で、共通の知人有り。同世代なので、中学高校時代に流行ったことや、行った店も似通っている。必然的に会話は弾み、全く話題に入れない紅葉は、徐々にふくれっ面になる。燕真と真紀の波長がバッチリと咬み合い、自分が蚊帳の外に追い出されるなんて想定外だ。
「マキ姉ちゃ~ん。例の話はど~なったの?もう、ダイジョブになったの?」
「あっ!そうだった!」
「・・・れいのはなし?」
普段は無駄話ばかりの紅葉が、珍しく真剣な表情で話を妨げてきた。例の話ってなんだろう?今日は、紅葉が燕真に真紀を紹介してくれる会食ではなかったの?