6-4・ユータを祓う~燕真の怒り~新装開店
十数年分という重い恨みを依り代にした妖怪。猿の知恵+狸のしなやかさ+虎のパワーと敏捷性+強力な蛇の尾を持つヌエという妖怪。その凶悪さは、これまでの妖怪達とはあまりにも違った。
「ガォォォォォォォッッッ!!」
ヌエは、朧ファイヤーのダメージをモノともせず、ザムシードに襲い掛かる!ザムシードは、体勢を立て直すよりも早く懐に飛び込まれ、重たい拳や蹴りを叩き込まれ、蛇の尾を叩き付けられる!ザムシードの攻撃は悉く回避されるか、受け止められる!
何度立ち向かっても、吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられ、地面を転がり、まるで歯が立たない!一撃で致命傷になるほどの攻撃は無いが、このまま一方的にダメージを受け続けていれば、やがて変身が強制解除をされてしまう!
博物館での戦いが学習をさせてしまったらしく、密着による炎の攻撃を警戒して、正面からの攻撃ばかりでなく、背後や横からの攻撃を織り交ぜて仕掛けてくるので、狙いすら定められない!
「・・・こんなハズじゃ!!」
四つん這いになり、全身で息をしながら、ヌエを睨み付けるザムシード。このままでは、妖怪を封印して、霊体少年を解放することなど不可能だ。敗北をすれば、間違いなく「依り代を先に取り除く」選択肢しか無くなるだろう。
「嫌だ・・・せっかく通じ合えそうなのに・・・
言葉は聞こえなくても、共有できそうなのに・・・
俺が不甲斐ない所為で、全否定をされてたまるか!!」
ザムシード目掛けて、拳を振り上げながら突進してくるヌエ!
「ガォォォォォォォッッッ!!」
「俺は・・・ユータを救ってやるって約束したんだっっっ!!」
辛うじて立ち上がり、構えるザムシード!しかし、ヌエの攻撃に持ちこたえる手段も、一撃を叩き込む手段も、何も思い付かない!
「燕真お兄ちゃん!!」
燕真には聞こえないが、ザムシードには聞こえる声。それが、ほんの僅かの間ではあったが、心を通わせたユータの声だと直ぐに解った。
「・・・・・・・・・え!?」
「僕が・・・やるよ!!」
突進中だったヌエが足を止め、その場で藻掻き始める。周囲に大きな闇の渦が出現し、ヌエと重なるようにして、少年の姿がうっすらと出現する。
「・・・オマエ?」
国道で初めてザムシードとヌエが激突をした時、被害者と加害者の違いはあるが、トラックと、その前に立つ妖怪(自分)と、飛び込んでくるザムシードの関係は、十数年前の事故と全く同じ光景だった。
同じ光景が繰り返されたことで、妖怪に支配されていた依り代は意識を取り戻した。だからあの時、妖怪の雄叫びが依り代の声に変化をした。
トラックと衝突する直前にザムシードが飛び込んできたことで、十数年前に命を救ってくれた英雄とザムシードを重ね合わせ、妖怪による完全支配から我を取り戻し、「十数年前には何もできなかった無力な自分」を覆したいと考えるようになった。そして、「飛び込んで救ってくれた人を見殺しにしたくない」と言う意志は、会話は伝わらなくても共有できた時間を経て、より鮮明になった。
「僕が支配されないように、いっぱい頑張れば、妖怪は勝手なことはできない。
だから・・・僕が動けなくするから、妖怪をやっつけて!!」
ザムシードは、ユータ少年の言い分が、何を意味するのかを知っている。依り代が完全に支配された状態ならば、妖怪を封印して依り代を解放できる。だが、依り代が出現した状態で妖怪を叩けば、依り代は、除霊用の武器の干渉を受けて消滅してしまう。
「ふ・・・ふざけんなよ!やっとオマエの声が聞けたってのに、何だよそれ!?
俺、頑張るからさぁ・・・
アニメ見たいとか・・・
プリン以外の物が食いたいとか・・・
もっと・・・クソガキみたいな可愛い事を言えないのかよ!?」
「ねぇ、お兄ちゃん・・・僕ね・・・英雄になりたいんだよ。」
「なぁ、・・・まだ、借りたまんま見てないアニメ、あるんだぜ!
オマエに見せたくて借りたんだぜ!
・・・だからさぁ・・・ちゃんと、全部見てくれよ!!」
「僕は英雄になるんだ!
だからね、紅葉お姉ちゃんを助けたんだ。・・・僕が妖怪をやっつけるんだ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユータ!!」
「だから・・・・・・・・・手伝ってよ、燕真お兄ちゃん!!」
ユータは「この場に燕真を呼ぶ」と紅葉に打ち明けた時点で、こうなることを覚悟していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ザムシードは、足下に落ちていた妖刀ホエマルを拾い上げ、ブーツにセットしてあった白メダルを外して、ホエマルの握りにある窪みにセットする。
「ねぇ・・・お兄ちゃん・・・僕、英雄になれるのかな?」
「あぁ、ユータ・・・オマエは、もう立派な英雄だよ!」
ホエマルを握る手に力を込めるザムシード!最初は一歩一歩をゆっくり踏みしめるようにして、藻掻いているヌエに近付き、やがて、ホエマルを脇に構えながら全速力で突進をする!
「うわぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!」
すれ違うと同時に、ヌエの体に横一文字の剣閃が走った!
「ガォォ・・・ガォォォ・・・ォォッッッ!!」
妖怪ヌエは、闇の渦に飲み込まれながら爆発四散。周囲に撒き散らされた闇が、妖刀ホエマルに吸収され、握りの窪みにセットされていたメダルに『鵺』の文字が浮かび上がる。
「・・・ユータ。」
ザムシードは、両膝を落とし、項垂れ、悔しそうに、地面に拳を叩き付ける。
その背後では、「未練を断ち切る」ことができずに祓われた白い光が、空気中に蒸発をしていく。しかし、ザムシードは背後を振り返らない。振り返れないと表現した方が正確かもしれない。おそらく背後には、自分を見詰めてくれるユータ少年がいるのだろう。しかし、自身の剣で消滅をしていく少年が、「バイバイ」と手を振る光景は見たくはなかった。それを見て、望みを叶えられなかったことを認めるのが怖かった。
「なぁ、香山・・・
オマンと、あのボウズ。どっちが英雄に相応しいんやろな?
本当に勇気があんのはどっちやろな?
・・・ボウズと同一人物のオマンなら、解るやろ?」
蒸発する光を見つめながら、粉木が呟く。香山裕太は言葉を詰まらせて俯く。そして、紅葉と粉木が見守る中、白い光は完全に解けて消えた。
妖怪ヌエは封印され、戦いは終わった。紅葉も無事に取り戻せた。だが、燕真の中では何一つ終わっていない。何一つ納得ができない。
「うぅぅ・・・うわぁぁぁっっっっっっっっっっっっ!!!!」
変身を解除した燕真が、香山裕太に掴みかかる!
「オマエだぁ!!全部オマエの所為だぁ!!」
胸ぐらを掴んだまま、力任せに壁に押し付け、何度も揺さぶって、香山の背中を壁に叩き付ける!
「何が英雄だ!ふざけんな!!
何でもかんでも人の所為にすんじゃねーよ、クソ野郎!!」
無抵抗のまま俯いている香山目掛けて、拳を振り上げる燕真!粉木が燕真の腕に自分の腕を絡めて止める!
「それはアカン、燕真!そないことすれば、また査定もんやで!」
「ユータを祓って貰える金なんて、いらねぇ!
そんなもん、こっちから突っ返してやる!!」
紅葉が燕真と香山の間に入り、胸ぐらを掴んだままの燕真の手を握りながら、止めようとする!
「解ってるんでしょ、燕真!コィツもユータくんなんだょ!!
コイツをやっつけたって何にもならなぃんだょ!!
それじゃ、全部ユータくんの所為にしたコィツと同じだょ!!」
「関係無い!!コイツの腐った根性を叩き直してやる!!」
「そんなことしてもユータくんゎ喜ばなぃょ!!
ユータくんゎ、コィツゎ襲わなかった!燕真だって解ってるんでしょ!?
コイツゎユータくんを憎んでぃたけど、ユータくんゎコィツを憎んでなかった!
ユータくんゎコィツと違って、コィツも自分だって、ちゃんと解ってぃたから!」
紅葉は、戦いが終わるまで、自分が燕真を止める側になるとは考えてもいなかった。ユータが祓われた後、燕真が素っ気ない行動をしていれば、燕真に駆け寄り「約束を守ってくれなかった」と責めただろう。しかし、普段とは全く違う燕真の行動は、「やり切れない悔しさは、燕真の方がずっと強く感じている」と紅葉に伝わっていた。それを理解した紅葉は、自分でも驚くほど冷静だった。
燕真は、頭の中では、香山裕太を殴っても何の意味も無いことを理解している。自身の不甲斐なさも理解している。しかし、振り上げた拳を叩き付ける場所が無い。頭では解っていても、心が納得をしない。
「コイツをブン殴らなきゃ腹の虫が治まらないんだ!!」
「・・・・・解った・・・ただし、一発だけやで。」
燕真の気持ちは理解できるが、憎しみに駆られたまま拳を振りかざせば、今度は燕真が闇に傾倒してしまう。しかし、何もさせなければ、香山裕太は救われない。
「一発以外は許さんからな!」
燕真には、拳を一発振るうことで気持ちを整理させる。香山は拳を一発受けることで過ちを認め、贖罪をさせ、負の緊張感を断ち切る。これが、粉木の出した結論だった。
「一発で腹の中のもん、全部吐き出せ!!」
それまで腕を掴んで燕真を止めていた粉木は、燕真の拳を手で覆いながら燕真を見詰め、続けて香山に視線を移す。
「なぁ、香山・・・
オマンとボウズの葛藤は、オマン自身が長い年月を掛けて、整理を付けたらええ!
刀持ち出した事も、オマンなりの偽善を考えれば許してやれる!
これは、お嬢を人質にしよったぶんや!
オマンが、どんなに偽善を説いても、それだけはアカン!解るやろ!?
観念して、歯食いしばって一発だけ殴られや!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・・うん」
香山裕太は、観念して頷き、歯を食いしばって燕真を見つめた。粉木は、燕真の拳を覆っていた手を外し、紅葉に相槌をして、一歩引き下がる。促された紅葉も後退する。
「うわぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」
手が痛くなるほどに拳を強く握り締め、香山裕太の頬に叩き込む燕真!
殴られた香山は、反動で壁に叩き付けられて、その場に座り込む。
「う・・・ぅぅ・・・・ごめん・・・なさい」
俯いたまま涙を流す香山。先程までのくすんだ表情とは違い、憑き物が取れたように穏やかになっており、その表情からはユータ少年の面影が見て取れる。 彼もまた、自分の行動が正しい物では無く、行き場のない悔しさを他人に転嫁しているのだと気付いていた。気付きながら認めたくなかったのだ。
「オマエが・・・」
燕真は、「オマエが初めからそうなっていれば、ユータはあんなことにはならなかった」と言い掛けたが、その言葉は飲み込んだ。今の香山裕太ならば、ユータ少年とキチンと向き合える。ユータ少年は香山裕太の中で生きている。そう思えたからだ。
「ねぇ、燕真?」
紅葉が呟く。
「・・・ん?」
「結局、英雄って、どうやればなれるのかな?」
「さぁね・・・考えたこと無いからワカンネ~し、
俺は、そんな面倒臭いもんには成りたくもない。」
人智を越えた力を持っていて、悪い奴を片っ端から倒して世界平和に貢献すれば英雄になるのだろうか?悪い奴を倒した直後は皆が崇めてくれるだろうけど、一生英雄として扱われるには、一生悪い奴を倒し続けなければならない?他人は持ってない凄い力を自分だけが持つってのは狡くないのだろうか?そもそも論として、人智を越えた力を大っぴらに行使して注目を集めるのは、人助けの為?それとも承認欲求を得る為?
「スポーツ選手が頑張ってたら、いつの間にかヒーロー扱いされてるみたいにさ、
そう言うのって、成りたくて成るんじゃなくて、
本人じゃなくて、他人が決めるもんなんだろうな!
あの幽霊小僧は、俺にとっては英雄だ。」
「・・・そっか。」
「・・・多分・・・な。」
紅葉が燕真を見て笑い、右手人差し指と、左手の五本指を立ててこちらに向けた。
「・・・6点加点・・・これで、合計68点かよ。相変わらず辛い点数だなぁ~」
燕真は苦笑いをしながら紅葉を見詰める。あとどれだけ頑張れば100点になるのか見当も付かないが、紅葉の手厳しい評点には、もう慣れている。
「・・・合計15点!」
「ん!?15点の加点?これで、合計77点てことか!?
いつの間にか、だいぶ点数上がったんだな!」
「ちがぅょ!全部で15点だょ!」
「・・・・・・・はぁ!?」
「えんま、15て~~~ん!」
「え!?え!?62点から、いきなり15点!?
マイナス47点!?減点、ひど過ぎね!!?」
慌てる燕真を見て、紅葉はクスクスと笑う。1(ひぃ)6(ろー)点にあと一歩の15点。この配点理由は燕真には内緒だ。
-1週間後・燕真のアパート-
昨日の夜に東京から戻ってきた燕真は、久しぶりのYOUKAIミュージアム出勤になる。東京出張の理由は、本社に行って、専用の新規メダルを製造してもらう為。
本来ならば、妖怪を封じ込めたメダルは、上司経由で本社に送られて、相応の臨時賞与に代わる。『絡』や『鎌』のメダルが、その後、どの地域の退治屋に支給されたのかは解らない。だが、『鵺』メダルだけは、賞与など要らないので手元に置きたかった。この件に関しては、粉木が苦労をして根回しをして、燕真の要望を叶えてくれた。
基本的に妖幻システムは共通仕様なので、普通なら新規メダルの製造に使用者が呼ばれることは無い。だが、閻魔大王の力を与えられたYウォッチは、最新の妖幻システムなので数が少なく、且つ、燕真の才能が特別(霊感ゼロ)なので、適合させる為に本社の開発部に呼ばれたのだ。
『鵺』メダルは、新たなる武器・弓銃カサガケに生まれ変わった。ユータが宿っているわけではないことは、燕真も理解をしている。だが、『鵺』メダルが手元にあることで、共に居た時間が無駄ではなかったと思える。
「ユータ・・・オマエが倒した妖怪のメダルだからな!」
しばらく『鵺』メダルを眺めてからYウォッチに収納。ヘルメットを被り、YOUKAIミュージアムに向かってバイクを走らせた。
-粉木邸-
到着をした燕真が粉木邸の玄関扉を開けようとするが、鍵が掛かっていて開けられない。
「留守?それとも、もう博物館に行ってる?
もしかして、今日から俺が出勤すんの忘れてんのか?」
YOUKAIミュージアム正面に廻り込んでみると、既に出入り口のシャッターは開かれている。
扉を開けて館内に入り、奥のカウンター内に立っている爺さんに挨拶をして、幾つも並んでいるテーブルと椅子の中から一番近くの椅子に座る。すると、メイド姿の紅葉が笑顔で寄って来た。朝っぱらからコスプレって・・・以前から解っていたが、相変わらずメデタイ思考の持ち主だ。
「チィ~~~ス!燕真!!飲み物ゎトマトジュースで良ぃょねぇ!?
「おう、サンキュー!」
「ぉ店の看板メニューにしたくてピザトースト作ったけど、
初挑戦だからちょっと失敗しちゃった!
味見してみてょ!」
「お嬢が一生懸命に作ってくれたんや、有り難く頂戴せい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
出勤した燕真を待ち受けてたのは、とんでもない失敗作のピザトーストだった。盛り過ぎたチーズが流れ、ベーコンはカリカリを通り越して炭と化してる。そして目玉焼きの黄身がガッツリ焼けている。これは確実に分量ミス&調理時間のミスだろう。
しかし、せっかく作ってくれたのに拒否をするのは悪いので、大人の対応で「サンキュー」と礼を言い、少し躊躇ってからピザトーストを食べる。見た目と比べて、全体的な具のチョイスは悪くない。チーズの分量、焼き時間が何とかなれば、そこそこの食い物にはなりそうだ。
「どぅかな、燕真?ぉ店で出しても良ぃかな?」
「まぁ、もう少し改良すればな!」
ピザトーストを半分ほど食べてから、トマトジュースに口を付ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何かがオカシイ。周囲を見回して、今置かれている状況を確かめる。
目の前にはメイド姿の紅葉がいて、奧のカウンターにはウェイター姿の粉木が立っている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ!」
眼を点にして、口に入れたばかりのトマトジュースを吹き出して咳き込んでしまう。
「うわぁ!血ぃはぃた!!きったねぇ!!燕真、死ぬの!?」
「ゲホォッ!ゲゲホォッ!ゴホォッ!
・・・血じゃねぇ・・・ゲゲホォッ!ゴホォッ!」
燕真は、慌てて屋外に飛び出して、看板を確認した。『喫茶・YOUKAIミュージアム』と書いてある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁぁぁっっ!!!?」
再び扉を開けて店内に入り、よ~~く見廻すと、テーブルと椅子が幾つも並んでおり、メイド姿の紅葉が立っていて、カウンターテーブルの奧にはウェイター姿の粉木がいて、カウンター上ではコーヒーメーカーが湯気を立てている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・あの?」
「お嬢の提案でな、修繕を期に、装いを大幅に変える事にしたんや!」
「変えすぎだろう!!!
従業員が1週間ぶりに出社したら、
会社の趣旨が根底から変わっているって、どんな状況なんだ!!?」
「喫茶店は1階だけ、2階はこれまで通りの博物館や!」
「気にしなぃ気にしなぃ!
さぁ、燕真も、朝ご飯済ませたら、着替ぇて、ぉ店のぉ仕事手伝ってょ!」
「気にするなってのが無理な話だ!!
あ~~~~~もうっ!!勘弁してくれよぉ~~~~~~~~~~~~~!!!」
店内に燕真の声が虚しく響き渡る。