5-4・博物館の不審な客~鵺出現
-PM4時・YOUKAIミュージアム-
「チィ~~~~~~~~~ス!きったょぉ~~~~~~~~!!
ユータ君ぃるぅ~~~~!!!?」
学校での授業を終えた紅葉が訪れた。博物館の閉館は18時であり、紅葉が下校してくるのは16時、または17時なので、平日はバイトと言うより遊びに来る。
燕真視点では何も無い場所に手を振って駆け寄り、しゃがみ込んで、「寂しくなかった?」等と質問をしている。この博物館が、客の来ない博物館だから良いが、アカの他人が見たら、間違いなく「かなり痛い娘」と思うだろう。
「まぁ、実際に、色んな意味で、かなり痛い娘だけどな・・・。」
「なんか言った、燕真?」
「いや・・・独り言。」
今のところ、昨日の妖怪に動きは無い。その日も、閉館まで時間を潰して、いつもと変わらずに‘表面上の仕事’は終了になると思われた。しかし、1人の招かれざる客が訪れることで、状況は一変をする。
一台の自転車がブレーキを掛け、乗っていた青年が鋭い目付きで博物館を睨み付けた。
「・・・いる」
青年は建物から視線を外し、駐車場に掲げられている『YOUKAIミュージアム』の看板を見上げる。嘘か誠かの真相はともかく、妖怪の宿った品物が展示されているとの噂は聞いたことがある。青年は自転車を駐めて、博物館の扉を開けた。
-館内-
「大人300円です」
「・・・・・・」
燕真が青年から入場料を受け取り、入場券の半券を手渡す。青年は無言で半券を受け取り、受付カウンターの脇で妖怪関連の本を読んでる紅葉の方を見詰め、館内の見学を開始する。しばらくすると、紅葉が燕真の元に寄って来た。
「ねぇ、燕真・・・ァィツ、なんか嫌な感じ。」
「・・・あぁ。」
燕真は、その青年から何かを感じていた。紅葉のように、目に見えない物を感じ取ることはできないから、紅葉が青年から感じ取った物と、燕真が感じ取った物が、同一なのかは解らない。しかし、燕真は、青年の暗く濁った目は見逃さなかった。他人を正義や悪、白や黒で分けるのは好きではない。しかし、その青年を例えるなら、いつ黒に墜ちてもおかしくない灰色・・・そんなイメージだ。
「紅葉・・・気を付けろよ。」
「・・・・ぅん」
青年は、車ではなく自転車で来た。つまりは市内の人間だ。おおかた、紅葉の容姿に惹かれてやって来た変質者の類だろう。そうでなければ、市内の人間が、こんなインチキ臭い博物館に足を運ぶ理由など無い。ただ、「紅葉の見た目に騙されて入って来ちゃった」くらいならば気にすることは無いのだろうが、一歩間違えれば何かをしそうな雰囲気が気になる。
青年は、妖怪が宿った石、妖怪が宿った人形と見て回り、妖怪が宿った刀の前で足を止めて、ガラスケースに手を添えて眺めている。
「ねぇ、燕真・・・
ァタシ、ぁの‘ちくわ顔’に話してみょぅか?
ガラスに手を付くな!って」
「・・・バカ、やめとけ!・・・てか、ちくわ?」
「ぅん、カビの生えたちくわ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
燕真は「ちくわ顔」がどんな顔なのかは全く想像できないが、紅葉の所為で青年が「ちくわ」に見えてきた。
事務室にいた粉木が、何かを感じ取って顔を出す。
「じいさん、アンタは引っ込んでいた方が良いんじゃね~か!?」
「年寄り扱いすんなや!まだ、オマンよりは頼りんなるわい!!」
粉木と紅葉には、あちこちの空間が歪み、毛の生えた小さな虫が出現をして、館内を這いずり回るのが見える。
「・・・子妖?」
「あの男が連れて来おったんか?」
「え!?・・・何の話だ!?」
「ァィツがココに来た途端に、小っこぃ虫が発生してぃるの!
きっとァィツがやってぃるんだょ。」
「・・・マジで?」
「お嬢・・・先ずは自分が憑かれんように、それを優先的に考えや。」
「・・・ぅん」
近寄ってきた虫は、粉木は携帯用の祓い棒で、紅葉は手で叩いて消滅させる。本物の虫ではないと解っていても、手で叩くのは気持ちが悪い。
「じぃちゃん、ァタシも棒が欲しぃょぉ~。」
「スマンの、次までに用意しとくさかい、今日ゎ我慢してくれんか。」
「おいおい、俺はどうすりゃ良いんだよ!?見えないんだけど!」
燕真は、心配そうに、粉木と紅葉を交互に見る。粉木と紅葉も、燕真を見る。
「ねぇ、ぉじぃちゃん・・・子妖って、レーカン無ぃヤツにゎ憑けなぃの!?」
「自覚の有無に係わらず、少しでも霊感があれば憑けるんやろうけど、
霊感ゼロだと憑ける要素がゼロっちゅう事なんやろな。」
「・・・何の話をしてんだよ!?」
「燕真、念の為に聞くで。
気分悪いとか、意識が無くなりそうとか・・・そんな症状ありよるか?」
「・・・無いけど、なんで!?」
「燕真の顔や体、小っこいのが50コくらぃ動き回ってるょ!」
「・・・マジで!?」
「普通、そんだけ量山の子に集られたら、憑かれる憑かれない以前に発狂しよるで。
なんも無いちゅう事は、オマンはどんだけ集られても安全ちゅうこっちゃ。」
「便利だねぇ~。チート!チート!」
「チートという表現は正解なのか?あんまり嬉しくね~ぞ。」
燕真は、顔を触ったり、体のあちこちを見回すが、至って普通通り。「50匹の小っこいの」なんて一匹も見えない。見えないんだけど、気分の良い物ではない。
「なぁ、じいさん・・・取ってくれよ」
「憑かれる心配の無いヤツは後回しや。
今のオマンがする事は、他に移さんようにジッとしとく事や。」
紅葉も粉木も、最初は、博物館に来た男が、妖怪に憑かれていると警戒していた。しかし、紅葉は、子妖を潰しながら、この妖気の発生源が、別の場所にあると感じ始めていた。
数週間前、学校で初めて妖幻ファイターを見た時と同じ・・・闇の中に潜んで様子を窺っている暗く澱んだ気配。おそらく、博物館に来た客が引き金になって、その闇が目覚めたのは間違いない。それは、自分や粉木の直ぐ後ろから感じられる!
「・・・ユータくん!!?」
紅葉の大声に釣られて、燕真と粉木が青年から眼を逸らした瞬間、ガラスが砕け散る音が博物館内を支配した!ガラスの割れた音の方向に視線を向ける燕真!青年が、カラスケース内に陳列されていた刀を手にしている!
「これが有れば・・・アイツを!!」
そこからの青年の動きは速かった!紅葉を睨み付けて襲い掛かる!
「紅葉を殺害して自分だけの物にするつもりか!?」
燕真は、咄嗟に紅葉を突き飛ばしながら庇うように立ち、姿勢を低くして、青年が抜刀をする前にタックルをする!
「邪魔をするなぁっ!!」
青年は、燕真の背中に、奪った刀の鞘を何度も叩き付ける!
「紅葉、早く逃げろっ!!」
燕真は、懸命に青年を抑えて、背後の紅葉を逃がそうとする!しかし、紅葉はその場から動こうともせず、背後の空間を見つめている!
「ユータくんっ!!」
「グズグズすんなっ!!サッサと逃げろってんだ!」
「邪魔をしないでくれ!!早くしないとソイツが!!」
青年が燕真に押さえ付けられて藻掻きながら、必死になって手を伸ばす!其処は、突き飛ばされた紅葉がいる場所ではなく、何も無い空間だ!
しかし、何も無いはずの空間が暗く歪み、その中から、人間の大人よりも一回りほど大きい獣が出現をする!猿のような顔に、虎のような手足、蛇のような尾・・・昨日、駅西に出現をした妖怪だ!
「ガォォォォォォォッッッ!!」
「これは・・・鵺や!!」
「・・・ユータくん!!」
「・・・・・・・・え!?」
妖怪・ヌエは、燕真と青年に目掛けて腕を振り回す!吹っ飛ばされた燕真達は、床を転がり、壁に激突した!
「・・・イッテェ~!」
「・・・ク、クソォ、邪魔をしたオマエが全部悪いんだ!!」
男は、吹っ飛ばされた時に手から投げ出された刀を拾って、博物館の外に飛び出して逃走をする!
「ガォォォォォォォッッッ!!」
妖怪・ヌエは、大声で嘶きを上げて、館内に残された燕真達を睨み付ける!
燕真は、状況が全く把握できない。男の狙いは紅葉ではなかった?紅葉は、妖怪を見て「ユータ」の名を叫んでいる?男は妖怪を切ろうとしていたのか?
「一体どうなっている?」
何1つとして把握ができないが、今やらなければならないことは決まっている!『閻』と書かれたメダルを抜き取って和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!
「幻装っ!!」
燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!
妖刀ホエマルを装備して、妖怪・ヌエに突進をしていく!ヌエは一声上げて構え、ザムシードが振り下ろしたホエマルの刀身に左手を宛てて薙ぎ払い、右拳をザムシードの腹に叩き込んだ!そして、僅かに蹲ったザムシードを蹴り飛ばす!
吹っ飛ばされたザムシードは、博物館出入り口を突き破って、駐車場を転がった!
「・・・クッ、なんてパワーだ!!」
起き上がり、足下に転がっていた妖刀ホエマルを拾い上げて構えようとするザムシード!しかし、ヌエの突進速度は、ザムシードが体勢を立て直すよりも速かった!ザムシードの懐に飛び込んだヌエの強烈な張り手が、再びザムシードを転倒させる!蛇の尾がザムシードの足に絡みつき、虎の足がザムシードを踏み付ける!
「・・・グハァッ!!」
駐車場に出て、戦況を見守る紅葉にとって、その光景は、彼女が思い描いた物とはあまりにも違っていた。
ワンサイドバトル!ザムシードは手も足も出せず、一方的に嬲られ続けている!
「燕真っ!!!」
ヌエの重々しい攻撃の一発一発で、ザムシードの意識が飛びそうになる!地面に両膝を着くザムシードの腹を蹴り上げ、浮き上がったところに拳を叩き込むヌエ!
「うわぁぁぁっっ!!!」
ザムシードは、全身から火花を散らせながら弾き飛ばされた!
猿の知恵+狸のしなやかさ+虎のパワーと敏捷性+強力な蛇の尾を持つヌエという妖怪・・・その凶悪さは、これまでの妖怪達とは違う!