1-1・襲われる少女~異形登場
科学が未発達だった時代、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす不可思議な力を持つ非日常的な存在を‘妖怪’と呼び、時には恐れ、時には敬っていた。
そして、時は進み21世紀・・・科学が発達した現代においては、妖怪の存在は実証はされていない・・・はずだった。
しかし奴等は科学の影に隠れ、その痕跡を残さないようにして、人知れず何処にでも存在をしている。
-文架市・鎮守町-
文架市の郊外にあるこの町は、人口の増加と都市の郊外化に伴い、鎮守の森を開発したニュータウンだ。
昼間は公園や河川敷は子供達の声で賑わい、向かい側に建つ大型ショッピングモールに出入りする車が行き交う活気に溢れた町だが、夜9時になると人通りや車通りは少なくなる。
町の一角には、主要道と新興住宅地を繋ぐようにして大きな公園(鎮守の森公園)があり、その公園の中心には開発から取り残された古びた神社=亜弥賀神社が在る。昼間は、その場所に在る事に「誰からも気付かれない」かのようにひっそりと建っているのだが、夜になり町を静寂が包み込むと、その神聖さと不気味さを発揮しているような錯覚さえ感じる不思議な神社だ。その所為なのか、昼間は多くの人々の憩いの場として賑わうこの公園は、夜になると近道に使う以外の人は殆どいない。
その日の夜も、いつもの様に、その場の雰囲気は張り詰めていた。
塾かバイトからの帰宅中なのだろうか?ボブカットの女子高生が、公園内の遊歩道を足早に歩いている。防犯上の観点から照明灯が遊歩道を照らしているのだが、それでも夜になると空気が変わるこの公園を通過するのは、あまり気持ちの良い物ではない。
長い遊歩道を7割程度進んだところで女子高生が顔をしかめて足を止めた。照明灯に照らされたベンチに座って、缶ビールを飲みながら騒ぐ2人の若い男が眼に入ったのだ。時折、女子高生の方を見ているようだ。
彼等の前を通過しなければ公園を抜けられないのだが、もし彼等が干渉をしてきたらどうしよう?このようなひとけの無い時間帯には係わりたくない連中だ。遠回りになるが仕方がない。来た道を戻って、公園を迂回しよう。
そう考えた女子高生は踵を返し再び足早に歩き始めた。
しかし、若者達は見逃す気は無いようだ。ニタニタと笑いながらベンチから立ち上がり、遠ざかっていく女子高生に声を掛けながら追う。
「にゃっはっは!ねぇ、お嬢ちゃん!こっち通んじゃねぇの!?」
「遠慮しないで、こっちにおいで!」
「別に襲ったりしないから安心しなよ!」
「そっちに戻るなら、ついでに一緒に遊びに行こう!」
-公園に面した大通り-
殆ど車通りが無くなった公道を一台のバイクが公園方面に向かって爆走する!
鬼の顔を模した装飾のカウル、背骨と肋骨を模した装飾を施したエネルギータンク、西陣織のカバーを貼ったシート、彼岸花を描いた九谷焼のサイドカバー。そのバイクは、一般的なバイクと比べてあまりにも異形なのだが、操縦者はバイク以上に異形だ。黒のライダースーツ、胸&腰&脛には日本系と中国系の鎧を足して2で割った様な朱色のプロテクター、左手首には腕時計型のアイテム、腰回りに和船を模したバックルの付いたベルト、ゴーグルタイプの仮面の下で輝く赤くて大きな複眼・・・まるでテレビで見た閻魔大王をイメージしたような姿である。
「反応が強くなってきた!公園の中か!?」
異形の者がハンドルを公園側に切り、車止めポールの間を器用に抜けながらバイクで乗り入れる!
ピーピーピー!
同時に、左手首には腕時計型アイテムから発信音が鳴る。
「・・・ん!?何だよ、こんな時に?」
バイクを止め、通信機を兼ねた腕時計型アイテムを顔に近付ける。
「どうしたんだ、粉木の爺さん?」
〈どうしたやないやろ!
オマン、OBOROに乗ったまま公園に入ったやろ!?
こっちの発信器で解ってんで!〉
「・・・それがなんだ!?」
〈その公園は車輌乗り入れ禁止や!〉
「ハァ!?今、それ言う!?こっちは急いでんだよ!」
〈急いでてもアカ~ン!公園の外にバイク止めて走って行きや!
入り口付近は駐停車禁止やから、ちゃ~んと駐車場に止めや!!
・・でないと駐禁取られんで!〉
「今はそれどころではないだろ!!文句があるなら後から聞くからさぁ!」
〈文句があるなら、『次回からは道路沿いで襲ってくれ』って妖怪に言いうか、
オマンが市長になって規則を変えや!〉
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・解ったよ!メンドクセェ~なぁ!」
異形の者は、深い溜息をついて、「やれやれ」のゼスチャーをしながらカウルを道路側に向け、バイクを引いて公園から出る。
-鎮守の森公園内-
女子高生に追い着いた2人の若い男達は、薄ら笑いを浮かべながら通せんぼをするように寄ってくる。彼等は、自分達を見て逃げた女子高生を少しばかりからかう程度のつもりだった。女子高生の反応次第では、多少の悪さくらいは考えていたのかもしれない。
「な、なんですか?通して下さい!」
「な~んで逃げちゃうの?」
「ボク達傷付いちゃったなぁ~~!」
「いいから通して下さい!」
「良いよ!でも代わりに今から飲みに行こうよ!」
「・・・・・・うぅぅ」
「変なことしないからさぁ~!にっひっひっひ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・お!?拒否らない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「遊んでくれんの?」
「今日は2人だけ・・・ですか?」
「ん!?」
「今日はアナタ達2人だけ・・・ですか?」
「おぉ!遊んでくれんの!?」
「なになに!?もっと呼んだ方が良いの?
こっちも友達呼んだら、そっちも友達を呼んでくれんの?」
若者達は女子高生の‘まんざらでも無い’反応に色めく。
「いえ・・・そうではなくて・・・。」
「だったらなに?」
「遊んでくれるんじゃないの?」
「噂では、普段は4~5人で集まっているって聞いていたので・・・。」
「え!?なになに?もしかして、俺達に会うのが目的で此処に来たの?」
「・・・・・・はい」
「な~んだよ!それなら最初っから言ってよ!何か用なの?」
「だったらなんで逃げたの!?」
「さっきのベンチの場所では、人の目に付く可能性がありましたので・・・。」
「・・・人の目?」
「なんで・・・?」
ハナっから自分達と会う為にこの公園に来た。人目が気になる。
若い男2人は、少々怪訝そうに首を傾げながら女子高生を見詰める。女子高生は俯き加減で、先程までに比べて眼は虚ろで顔色は青白い。女子高生の背中がモゾモゾと動く。
メリッ・・・メリッ・・・メリッメリッ・・・
「おぉ・・おぉぉ・・・」
異変を感じた若い男の1人が女子高生の後ろに回り込むと、女子高生の背中に漆黒の歪みのような物がある。
「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!」
「ひぃ・・・ひぃやぁぁぁっっっっ!!!」
「ば、化け物だぁぁっっ!!!」
メリッメリッメリッメリッ・・・ズバァァッ!!
女子高生の背中にある漆黒の歪みから巨大な8本の虫の足が出現!口から糸を吐き出して、若い男達を絡め取る!
「残念・・・2人しかおらんのか!!アテが外れたワァァ!!
マァ良い・・・我が満腹には足りぬが・・・
オヌシ等2人・・・ワシの贄にしてくれるワァ!!」
女子高生は、虚ろな表情のまま、背中から生えた巨大な8本足を動かしながら、太い糸で自由を奪われた2人の若い男に近付く!
「ふぅ~ん・・・てっきり男共が悪い奴で、
女子を助けるのかと思っていたけど・・・逆かよ!?」
「ヌゥゥ!?」
不意に‘食事の時間’を妨げる声が投げ掛けられる!8本足を背負った女子高生が声のする方を振り向くと、閻魔大王をイメージしたような異形が、木にもたれ掛かって腕時計型アイテムで会話をしながらこちらを眺めていた。
「なぁ、粉木ジジイ!」
〈だぁ~れぇ~がぁ~子泣き爺じゃ~~~。〉
「いたぜ、蜘蛛かなにかに憑かれた女の子がバカ共を襲っている!
こりゃ、完全に正気を失ってるな!
どっちかっつ~と、バカな野郎共より女子を応援したいだけど、
それでも男共を助けなきゃダメか!?」
〈当たり前じゃ!ボケェ!!〉
「・・・ま、当たり前か!・・・解ったよ!」
〈怪我さすなよ!〉
「解ってるよ!」
異形は、片手の拳を、もう一方の手の平に当てて打ち鳴らし、腰ベルトに帯刀したある木笏(聖徳太子が持っている木の札みたいな物)=裁笏ヤマをナイフを抜刀して構える!
「オヌシも妖怪か!?・・・コレは我のエサだ・・・誰にも渡さぬゾ!」
「んなもん、くれるって言われたっていらね~よ!」
女子高生は、見た目に似つかわしくない不気味な雄叫びを上げながら、背中から生やした8本足を振り回して突進!異形が裁笏ヤマ(木笏)に手の平を当てて呪文を唱えると、裁笏ヤマは光を帯びる!
「はぁぁっっ!!」
異形は、8本足のうち最初に襲ってきた2本を裁笏の刀身で払いつつ、すれ違いながら背中にある足3本を切断!斬られた足は地面に落ちると、まるで闇に溶け込むようにして消滅!女子高生は低い唸り声を上げるながら仰け反る!その隙を突いて、女子高生の背中にある足の中心部に裁笏ヤマ(木笏)の腹(平らな部分)を叩き込んで、呪文を唱える!
「オーン・退散!!」
「おぉぉ・・・おぉぉぉぉぉっっっっ!!!」
呪文に反応して、裁笏ヤマを包んでいた光が蜘蛛の足に吸い込まれ、女子高生が低くて苦しそうな唸り声を上げた後、憑いていた8本足(5本しかないけど)の大きな蜘蛛が背中から飛び出した!
「さぁ、仕上げだ!!」
異形は左手首の腕時計型アイテムから模様の無いメダルを取り出して、指で頭上に弾いてから手の平で掴み、裁笏ヤマ(木笏)の握り部分に空いている窪みセットして、大きな蜘蛛を切り裂いた!
「オーン・封印!!」
「おぉぉ・・・おぉぉぉぉぉっっっっ!!!」
蜘蛛は闇のような渦を巻きながら裁笏ヤマに吸い込まれて消え、握り部分にセットしてあるメダルが変色して、あたりは静寂を取り戻す。
「ふぅ・・・コレで完了!楽勝だぜ!!」
先程まで8本足を背負っていた女子高生は、憑き物が取れた表情を取り戻し、その場で意識を失っている。
餌にされかけた若者2人は、涙眼になりながら呆然と異形を眺めている。若者達に巻き付いていた太い糸は、蜘蛛の消滅に伴って跡形もなく消えていた。
「あ・・・まだ完了してないか!」
異形は若者達に歩み寄り、力を加減したデコピンを叩き込んだ!
「バーカ!
運良く女の子の方が憑かれていたおかげで、女の子は大事には至らなかったし、
今回は仕方なく助けたけど、2度と女の子を怖がらせるようなことはすんな!
次にやったら、オメー等が食われるのを待ってから妖怪を成敗すっからな!!」
「は・・・はひぃ・・・」
「ごめんなさぁ~~~い」
異形は、泣きべそをかきながら走り去っていく若者達を見送り、意識を失っている女子高生をベンチに寝かせ、公園から去っていく。