3-2・巫女姿で手伝い~燕真は小魚~少年と子妖
-AM10:00-
博物館開場の時間である。館内係員用の制服に着替えた燕真が、駐車場入り口のゲートを開き、建物出入り口の施錠とカーテンを開け、受付カウンターに入って待機をする。もちろん、朝一から見学に来るような奇特な客はいない。
「燕真~。」
入り口脇にあるトイレに籠もっていた紅葉がヒョッコリと顔を覗かせる。遊び半分で博物館の仕事を手伝うことになり、トイレの中で、支給された仕事着に着替えていたのだ。
しかし、小柄な女子が着るような制服は用意していない。制服とは言っても上下があるわけではなく、背中にYOUKAIミュージアムと書かれたオレンジ色のジャケットだけ。
燕真は今着ている制服を含めて2着持っているが、紅葉には大きすぎる。粉木の制服には、デカデカと‘館長’という刺繍が入っているので、紅葉に貸すわけにはいかない。ちなみに、燕真に支給された制服には、燕真の希望に関係無く、左脇腹に‘閻魔’、右脇腹に‘大王’と刺繍が入っている。ゾクと勘違いされそうなので、この格好では町中を彷徨きたくない。
トイレから飛び出した紅葉は、巫女さんの衣装で身を包んでいる。燕真は、思わず見入ってしまった。
あえて粉木に「何故、巫女さんの衣装があるのか?」とのツッコミは入れない。・・・というか、ツッコミを入れることすら忘れてしまう。美少女、着る物選ばず。とてもよく似合っていて可愛らしい。・・・まぁ、そのまま何もせずに黙って座っていてくれれば・・・なのだが。
「巫女さんと言えばこれだよね!?」
「・・・はぁ?」
何のアニメの影響のだろうか?紅葉は、屈託のない笑顔を見せながら、駐車場で威勢の良い掛け声を上げて、ホウキを振り回している。「天は2物を与えず」とは良く言った物である。
-AM11時過ぎ-
ピーピーピー!!!
安穏とした平穏は、突如、崩れた!事務室に備え付けられていた警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急音を鳴らす!
文架市内には、妖気に反応して、ミュージアムの警報機を鳴らすセンサーが、数十カ所ほど取り付けてある。先日の出動も、この警報機の知らせによるものだ。・・・と表現すれば聞こえは良いのだが、数十カ所しか設置していないという方が正確だ。欲を言えば、電柱2本おきくらいにセンサーが設置してあれば、妖怪の出現をいち早く察知できるのだが、費用的な問題で、そこまでは完備されていない。
だからこそ、センサーの設置箇所は工夫がされている。市内で最大の龍穴がある亜弥賀(鎮守の森)神社を中心にして、そこに集まる大龍脈に沿うようにセンサーを点在させ、大龍脈に流れ込んだ妖気の濃さや拡散具合から、ある程度の妖怪出現場所の推測が可能になっている。
「出現場所は、文架大橋の東詰や!!」
粉木が、センサーからコンピュータに送られてきた情報を確認して、受付カウンターにいる燕真に指示を出す!
「了解!」
燕真はYOUKAIミュージアムのジャケットを脱ぎ捨てて、急いでホンダVFR1200Fに跨がる!タンデムには、巫女姿の紅葉が、「待ってました!」と言わんばかりに飛び乗った!
「ぃくょ、燕真!」
「おう!飛ばすから振り落とされるなよ!・・・・・・・・・・・・え?」
「レッツゴォ~!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さも当然のように相乗りをするこの小娘は、何様のつもりなのだろうか?
燕真は、溜息をつきながらバイクから降りて後ろに回り、タンデムに跨がっていたクソガキの両脇腹を握って抱き上げて地面に降ろし、再びバイクに跨がって発進をした!
燕真がサイドミラーで確認すると、置いてけぼりを食った紅葉は、プンプンと怒りながら腕を振り回している!
「こらぁ~~~!バカァ~~!!何でァタシを置ぃて行くンだぁ~~~!!
霊感ゼロ!!0点!!ねずみ男!!小魚顔!!
猫に食ゎれて死んでしまぇ~~っっ!!」
「霊感ゼロ」と、成り行きで付けられた「ねずみ男」は仕方がないし(ホントはイヤだけど)、「小魚顔」ってなんだ!?どんな顔なんだ!?また変なあだ名(?)が増えてんぞ!
燕真は、紅葉が言い放った暴言が気になって仕方がないが、雑念を振り払って目的地に意識を集中させた!
-上鎮守町・文架大橋東詰-
到着をすると、パトカーや消防車が道を塞いで、事故処理や、慌ただしい消火活動が行われている。事故現場には入れない為、燕真からは規制線内で上がってる炎と煙をしか見えない。
野次馬の話によると、突然、橋方向に左折をした大型ダンプトラックが、炎を上げて、中央分離帯に突っ込んだらしい。救出活動を行おうとしたが運転席に運転手の姿は無く、今も行方が解らない。
燕真が粉木に詳細を伝えると、「戻ってこい」との指示が出た。燕真の出動直後に、センサーの妖怪反応も消えてしまったらしく、「この場に残っていても意味が無い」とのことだ。
-PM1時過ぎ-
燕真が博物館に戻ると、宿題やクラブ活動を終えて、昼食を済ませた小学生達が集まっていた。妖怪グッズに便乗して扱っている人気妖怪アニメの玩具を一通り眺めて、時には人気妖怪アニメのアイテムが入っているガシャポンをして、駐車場を公園代わりにして遊ぶのが、彼等の日課である。
子供達や、その親からは、「この敷地のオーナーは、子供好きのお爺ちゃん」として大変慕われている。時には粉木が駐車場で遊んでいる子供達を集めてオヤツを配り、時には子供がなけなしの小遣いで自主的に買ってきたオヤツを、粉木が分けて貰い眼を細めて嬉しそうに食べる。子供達の親から「いつもありがとう」と差し入れや旅行土産を貰う事もしばしばある。彼等はそんな信頼関係を結んでいた。
燕真は、子供が嫌いではないが扱い方が解らず、その輪に加わることはないが、彼等の年の差を超えた友情や信頼関係には理解を示していた。
今は、粉木が日向ぼっこをしながら、子供達を笑顔で眺め、紅葉が子供達の輪に入って、携帯型ゲーム機で人気アニメゲームの通信プレイをやっている。一緒になって騒ぎながら遊んでいるその姿は、まるっきり子供だ。
「やれやれ、あんなにはしゃいじゃって・・・巫女さん仕様が台無しだな!」
受付カウンターの燕真は、紅葉達を眺めながら軽く微笑む。一方的に置き去りにした件は気にしていないようだ。「小魚顔」の暴言が気になるが、子供達と戯れる姿を眺めていたら、次第にどうでも良くなってきた。
まぁ、小学生相手に、一切の手心を加えず、マジになってゲームに熱中しているのは、些かどうかと思う。その無垢な笑顔で誤魔化せるのは大人だけ、子供には通じないぞ!・・・と言うか、何度も言うが、そういう所さえ無ければ、非の打ち所はない。
それまで、ガキ丸出しで大騒ぎをしていた紅葉が、ふと、視線に気付いて顔を上げる。生活道路を挟んだ向こう側・・・10歳前後の男の子が、こちらを見詰めている。仲間に入りたいのだろうか?
「ねぇ、一緒に遊ぼぅょ!こっちぉぃで!!」
紅葉が立ち上がり、道路の向こう側にいる少年に手招きをする。しかし、少年は首を横に振り、その場から動かない。
「恥ずかしぃのかな?」
「お姉ちゃん、どうしたの!?」
「もう一回対戦しようぜ!」
「次は負けないよ!」
「ぅん、でもちょっと待ってねぇ!」
紅葉が、子供達に‘次の対戦’をせがまれながら、道路の向こうの少年を連れて来る為に敷地を出て道路を渡ろうとすると、慌ただしくクラクションを鳴らしながらスピードを超過気味のダンプトラックが通過していく。
駐車場で遊んでいた子供達と粉木はクラクションに驚いて道路を眺め、館内にいた燕真も顔を出す。
「なんだぁ?」
「けったいな車やのう!」
「ぅるさぃなぁ、もぅ!そんなにピーピー鳴らさなくても解るのにぃ!」
しばらく、不満そうに、ダンプのテイルランプを眺める紅葉だったが、やがて、子供達の「続きしようぜ!」の声で我に返る。道路の向こう側を見ると、もう少年の姿は無かった。
「・・・・・・・・・・・ぁれ?何処に行っちゃった?」
首を傾げながら駐車場に戻ってくる紅葉を見て、顔をしかめる粉木。紅葉の巫女衣装の襟合わせ辺りに、5ミリくらいのカマキリのような虫が這いずっている。「カマキリのような」と表現したが、それはカマキリではない。現世の虫に非ず、異界の生物が産んだ虫=子妖だ。何処で本体と接触をしたのかは後回し、今はそれどころではない
(・・・このままでは、お嬢が憑かれる。)
粉木はジャケットの内ポケットに手を忍ばせ、携帯用の祓い札を握る。
モゾモゾモゾッ
「ひゃっ!」 パチン!
「!!!!?」
「な、なんだぁ!?」
子妖が、首筋に辿り着いた瞬間、紅葉は背筋をピンと伸ばして、反射的に首筋を叩いた。叩かれた場所に小さい闇の渦が発生して空気中に解けるように消滅をする。
「どうしたんだ!?突然悲鳴なんて上げて!」
「ごめん!虫がぃた!」
「虫?」
「ぅん、今、手で潰しちゃった!キモイ、サイアク!ほらっ!」
紅葉が首筋を叩いた手を燕真に見せる。だが、虫の残骸は無い。首筋を触るが、やはり残骸らしい物はない。
「ぁれぇ~・・・ぉかしぃなぁ。」
「オカシイのはオマエの頭だ!どれ、見せてみろ!」
「ヒドォ!燕真にそれを言ゎれたらお終いってカンジなんだけどぉ~。」
紅葉が叩いた場所に顔を近付けて眺める燕真。綺麗な首筋やうなじである。鼻を楽しませてくれる良い香りは、紅葉が使ってるシャンプーの香りだろうか?まだ十代の少女の独特の匂いも良い。どうやら彼女は、香水や化粧品で肌を偽るタイプではないらしい。思わず生唾を飲む。
「どぅ?・・・ぃた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、燕真?・・・ぃたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ!」
慌てて首筋から視線を外して咳払いをする燕真。僅か数秒間だが、思い掛けず目を奪われてしまったのが恥ずかしい。
「む、虫なんていね~よ!」
「ぁれぇ~?ぉっかしぃなぁ~~?
前にもこんな事、ぁったんだけどさぁ~・・・。」
「気のせいだ、気のせい!」
「ん~~~~~~~~~・・・そっかぁ~~~。」
「おおかた、風に乗ってゴミかなんかが飛んできたんだろ!」
「・・・・・・・・ぁ!!」
紅葉が燕真の顔を見上げると、その頬を小さな虫のような物が動き回っている。紅葉は、反射的に燕真の頬を平手で叩いた。
「いってぇっ!!・・・何すんだよぉ!!?」
「だって、燕真も頬に虫が居たから・・・ほら!」
「どこだよ!?」
「ぁれぇ?また、ぃなぃ!」
紅葉が燕真に手のひらを見せるが、先程と同じように虫はいない。単に、燕真がビンタをされただけ。燕真は頬を摩りながら「この女は何でこうも粗忽なんだ?」と大きく溜息をついた。
一方の粉木だけは驚いた表情のまま、紅葉を眺め続けている。最初はただの目の錯覚かとも思ったが、2度も続くと確信するしかない。
(素手で子妖を祓いおった?いったい何なんや、・・・この娘は?)
ピーピーピー!!!
粉木の疑惑を掻き消すかのように、事務室の警報機が妖怪の出現を知らせる発信音を鳴らす!
「・・・またかよ!?」
「今日は忙しいこっちゃなぁ!」
粉木が事務所に駆け込んで、センサーから送られてきた情報を確認をする。
「燕真、出現場所は、陽快町3丁目(ミュージアムは1丁目)!此処から直ぐや!!
詳細は解りしだい報せるよって、先ずは向こうてくれ!!」
「了解、直ぐに出る!!」
燕真は、バイクが駐めてある博物館裏に行こうとするが、それよりも早く、紅葉が博物館前に駐めておいた自転車で乗り出して行ってしまった。
「3丁目だねぇ!ぉっ先に~~~!!」
「おい、バカ!!!ちょっと待て!!」
燕真が紅葉を呼び止めるが、紅葉はお構い無しに自転車で突っ走って行ってしまう!燕真は、舌打ちをしながらバイクに跨がり、紅葉を追い始めた!
「あのバカ!!一体なんのつもりなんだ!?」