Ⅰ-1・粉木の説教~若き日の粉木~教団潜入
※外伝は、本編に奥行きを持たせる目的のストーリーです。読み飛ばしても後の展開に影響はありません。
―プロローグ―
これは、燕真と紅葉のコンビで初めて妖怪事件を解決してから、数週間が経過した頃の話。
色々と失敗をやらかした燕真と紅葉は、気まずそうにYOUKAIミュージアムへ戻って来た。
「じいちゃん、怒ってるかな?」
「説教は覚悟しなきゃだろうな。」
店の扉を開けようとしたが、施錠されている。自宅に居るんだろうか?燕真と紅葉は、隣に建つ粉木宅へ向かう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁ~」×2
玄関ドアを開けたら、怒った顔で腕組みした粉木が立っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・た、ただぃま・・・」
粉木は大きく息を吸い込んで一拍置いてから・・・
「バッカモォォォォ~~~~~~~~~~~~ンンンッッッ!!!」
「・・・・ぐっ!」 「・・・ひゃぁぁぁぁ~~~~~っ・・・・」
これは拙い。想定以上に怒っている。粉木の気迫に押された2人は、直立して目を閉じる。
「とりあえず、上がれっ!!」
「・・・・・・・・・・・はい」×2
言われるまま、見えない手錠で繋がれたかの如く居間へと連行されて、並んで畳に正座をする。粉木はキッチンで自分の分だけ茶を淹れて戻り、座布団に腰を降ろし、茶を啜りつつ2人を睨む。
「燕真っ!!」
「・・・・・はい」
「退治屋って自覚が無いんかいな!?今回の失敗は、オマエの責任やっ!!
まだまだヒヨッコとは言え、妖幻ファイターの端くれやろっ!」
「・・・反省してます。」
「今回は運良う被害が出えへんかっただけや!
一歩間違えたら、大騒ぎになっとった可能性もあるんやで!」
「・・・う、うん。マズったと思ってる。」
「お嬢!」
「ひぃぃっっ!」
「退治屋でもないのに、毎度毎度、勝手気ままに動きおって!
危険なことに首を突っ込んでいる自覚を、もう少し持て!」
「・・・ごめんなさい」
「また無茶やらかしよったら、出入り禁止やぞっ!!」
その後も、説教は小1時間ばかり続き、2人は「はい」と「ごめん」を繰り返す。粉木は説教をしながら、「叱る」以外で、若者達に学んでもらう為の言葉を探していた。
「わしが怒ってるのにはな、理由があるねん。」
「んぇ?」 「・・・・どんな?」
「あのな燕真・・・・オマンは大事な仲間やねん。」
「・・・・・・・・」
「ワシはな、仲間が死ぬのだけは我慢できへんねん。」
「じいちゃん・・・ひょっとして、仲間が死んじゃったことぁるの?」
「ああ。もう、だいぶ昔の話やけどな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
「これだけは、キチーっと言うとく。耳の穴かっぽじって聞け。」
「・・・ああ」 「なぁに?」
「2人とも、絶対にワシより先には死なんて約束せい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
「何で黙るんやっ!?何で直ぐに『はい』って返事せんっ!?」
「わ、解ったよ。約束する。」
「ゎたしもっ!!」
「絶対やでっ!破りよったら承知せんぞっ!」
「破らねぇよ・・・俺だって、まだ死にたかない。」
「ゃりたいこと、ぃっぱいぁるもんっ!!」
ここで説教が一段落。粉木は冷めた茶を啜り、隣室側に視線を移した。その部屋には小さな仏壇があり、朝食の時間帯には必ず線香の香りが漂っている。
燕真は拝んだことが無いが、誰を祀ってるんだろう?粉木は独身のはずだ。
「じいさん・・・」
「何や?」
「あの仏壇・・・・ひょっとして、さっき話した『死んだ仲間』を?」
「そうや。」
「・・・・・・・・・・・・」
「丁度ええ機会や・・・・ワシの昔話、聞くか?」
「・・・・ああ」 「聞きたい!」
粉木は、真剣な表情の燕真と紅葉を眺め、軽く微笑んでから語り始める。
***約50年前********************
所得倍増計画~東京オリンピック(1964年)~いざなぎ景気~大阪万博(1970年)の高度成長期が終わり、日本がオイルショックに陥った時代。
行方不明者数が無視をできないレベルになっていた。失踪する理由が無い人達が、何の前触れもなく行方をくらましてしまう。しかも、常識では考えられない消え方をしていた。
幼子を待たせてデパートの試着室へ入った女性が、それきり出てこなかった・・・
走行中の路面電車から、運転手と乗客が全て消えた・・・
警察では失踪事件として片づけられたが、それらは全て、異世界から訪れた怪物の仕業だった。噂が広がって、人々は本能的に「只事じゃない」と恐怖した。怪物が持つ人智を超えた力の前に、人間は無力だった。
だが、救世主は存在した。
危機一髪で助けられた人達が語る「救世主」の話が、じわじわと広がった。それは、太陽のような朱色の西洋甲冑を思わせるマスクとスーツで素顔を隠しており、誰が名付けたのかは不明だが「アポロ」と言う名前らしい。
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若き日の粉木勘平は、情報屋を生業にしていた。悪い噂が絶えない有力者や、素行が派手すぎる有名人を尾行して、スキャンダルを掴んで新聞社や雑誌社に売りつける。当たれば大金を手にできるが、空振れば収入無し。要はフリーターだ。
郊外に建つカルト教団に行ったきり、行方不明になった者が数名いる・・・。
噂を聞きつけた勘平は、愛車のホンダ・ドリームCB250を駆り、当該の施設に向かう。まだ、ヘルメットが‘努力義務’の時代。全身で風を感じることを好む勘平は、ヘルメットなど被っていない。
「今日こそは正体を掴んだるで!」
大きい情報で金を稼ぐ為に、カルト教団の敷地に不法侵入をする。
人間の科学で説明をできない神隠しなんて有り得ない。カルト教団の悪辣な証拠を暴き出してやる。勘平は、この地で行われることが「人間の手で行われる犯罪」と思っていた。
窓から、中の様子を覗き込む。広い室内では、偉ぶった中年男性が経典らしき言葉を語っており、信者達は座って聴き入っている。中年男性が教祖様なのか幹部なのか、勘平には解らない。漏れ聞こえる経典の内容は、意味は解るが、教団に都合の良い解釈ばかりで腹立たしく感じる。
「若い娘達もおるんか?
どんな現実から逃れる為に、こんな胡散臭いカルトに駆け込んだのやら?」
十代後半~二十代前半くらいだろうか?信者達の中には、勘平と同世代か、それより少し若い娘達の姿もある。勘平は女性達を見廻して、そのうちの1人から視線を外せなくなった。
「気の強そうな女やな。ワシ好みだ。」
経典を終えた後、偉そうな中年男性は、複数の信者から数名の「選ばれし者」を決めて肩を叩く。選ばれし者は、嬉しそうな表情で中年男性を見上げた。粉木が「好み」と表現した女性も含まれている。
「行方不明なんて大層な噂になってるけど・・・
どうせ、選ばれた連中は、監禁されるか、外国に売り飛ばされてるんやろ?
『ワシ好み』が不幸に晒されるのは忍びあれへんな。」
中年男性と幹部らしき数名、そして選ばれし者が建物から出てマイクロバスに乗り込んだ。
「何処へ向かう気や?」
選ばれし者だけが、特別扱いで家まで送迎してもらえるとは思えない。勘平は、特ダネが掴めると確信して、愛車ドリームCB250を駆り、マイクロバスを追った。
-数十分後-
マイクロバスは、峠道から、車1台がギリギリ通行できそうな砂利の細道に入っていく。
「こんな所に道があったんか?・・・怪しすぎんねん。」
勘平は、舗装された一般道から細道を覗き込み、僅かに戸惑った後、意を決して後を追う。この隠された道の先に何が有るのか?バイクを走らせながら、草木しか見えない山頂を見上げ、何気なく進行方向に視線を戻した。
「なんやっ!?」
人が道のど真ん中に立っている。慌ててブレーキを掛け、砂利道でタイヤを滑らせながらバイクを停めた。
「引き返せ。この先に進めば後戻りできなくなるぞ。」
司祭か魔法使いのような奇妙なローブを纏った男。勘平は、絵本か外国アニメでしか、この様な格好を見たことが無い。カルト教団の関係者が、部外者の通過を妨げているのだろうか?
「なんや、オマエ?教団の関係者か?」
「関係者ではない。」
「なら、なんで、止める? この先には何が有るんや?」
「平穏を望むならば踏み込んではならない世界だ。」
「・・・へぇ~。」
大阪で生まれ育った勘平が東京へ来たのは、約2年前。生まれ育った街に愛着はあったが、天涯孤独の気楽な身なので、アパートを引き払って最低限の荷物だけ持って、夜行列車でフラリと新天地に来た。
だが、特に夢や希望を持っていたわけではない。むしろ、理想通りにはいかない現実を知り、危険を覚悟で、保証の無い今の仕事を選んだ。守るべき物を持たない勘平にとって、今の生活に「望ましい平穏」は無い。
「つまり、ワシは踏み込んでもええ世界言うことやな。」
「行くつもりか?」
「ああ・・・俄然興味が湧いてきた。」
「そうか・・・ならば、これを持って行け。」
「・・・ん?」
ローブの男が差し出したのは、蝙蝠モチーフの紋章が入ったカードケースだった。
「この先にあるのは、カードの賭博場・・・ってわけでもあれへんのやろう?」
「進退が窮まったら使え。」
「よう解らんが・・・くれるもんは貰うとくぞ。」
受け取ってポケットに突っ込み、バイクを数mほど進める勘平。「男が何者なのか?」を聞きそびれたことに気付いて、バイクを止めて振り返った。
「オマン・・・名は?」
だが、数秒前までその場に立っていたはずのローブの男の姿は、既に無かった。
「どうなっているんや?狸か狐にでも化かされたんか?」
念の為にポケットに手を突っ込むと、男から譲り受けたカードケースは間違いなく存在をしている。男との接触は、幻ではない。薄気味の悪さを感じる。だが、「興味と僅かな正義感」と「漠然とした危機感」で興味が勝った。
「ワシは平穏よりも、目の飛び出るような変化が欲しいんや!」
勘平は自分に言い聞かせて、バイクを先へと進める。ローブ男の介入でマイクロバスは見失ってしまったが、ひたすら曲がりくねった一本道が続くだけ。やがて、怪しいゲートを通過して、山の中の拓かれた一角に到着する。
「なんや、此処は?パンテオン神殿?」
勘平の眼前には、日本にはそぐわない西洋の神殿のような建造物が聳え立っていた。この地が開発をされて、テーマパークが建設された情報など無い。つまり此処は、アミューズメントではない。
「胡散臭さがプンプンすんで!」
この敷地を公にするだけでもスクープになりそうだ。カメラを構えて夢中になって撮影をする。だが、夢中になりすぎた。彼は、尾行の時点で、既に奴等から気付かれていることを知らなかった。背後から何者かに掴まれ、人間とは思えない力で抑え付けられる。
「なんやっ!?・・・ぐわぁっ!」
抑え付けた物を見た勘平は青ざめる。それは、毒蛾の意匠を持つ人型だった。着ぐるみとは思えない。正真正銘の人外。勘平は、この時初めて、「人間では解決できない事件に首を突っ込んでしまった」と把握した。
「は、放せ、われっ!!」
逃げ出したいのだが全く抵抗できない。勘平は、毒蛾人間に無理矢理連れられて、神殿の王座の間に引っ立てられる。そこは、壁の至る所に鏡が埋め込まれた異様な部屋だった。選ばれし者達も集められている。
不気味なシンボルが模られた王座には、誰も座っていない。例の中年男性が、不在の王座に向けて恭しく一礼をした後、選ばれし者達を眺めた。
「ようこそ、選ばれし者達よ!君達は‘魔’の力を持っている!
つまり、我が主の元で、世界を牛耳る資格があると言うことだ!」
歓声を上げる選ばれし者達。経典を学んで選ばれただけで、世界を支配する側になれる?そんな安易な力など有り得ない。勘平には、その光景が異様にしか感じられなかった。だが、毒蛾人間が実在していることを考えると、有り得ないことが起きていると納得するしかなかった。
「これより、選ばれし者達の更なる選別を行う!
・・・だが、その前に。」
中年男性が勘平を睨み付ける。
「資格無き者の末路を見せてやろう。」
「なんやとっ!?」
末路?殺される?慌てて抵抗を試みる勘平。しかし、毒蛾人間の力には全く抗えない。選ばれし者達に助けを求めるが、経典で毒された彼等は、「資格無き者」を冷笑しながら眺めている。その中には、勘平が「好み」と表現した女性もいる。彼女だけは冷笑ではなく、勘平の身を案じているように見えた。
「くっ!放せっ!!」
毒蛾人間によって壁に埋め込まれた鏡に押し付けられる勘平!正確に言えば、押し付けられるのではなとく、押し込まれていく!
「バ、バカな!・・・ひぃぃっっっっ!!!」
鏡を潜り抜けた先は、今までと同じ神殿の広間だった。だが、中年男性も、選ばれし者達もいない。鏡に入り込んだのは何かのトリックで、広間の隣に同じ構造の広間があるだけ?
そこは、人間界に非ず。左右が反転した異世界。殺人の証拠を一切残さずに人間を行方不明扱いにする異空間なのだが、勘平には状況が全く飲み込めない。
「ガッガッガッガッガ!」
毒蛾人間が反転した広間に入り込んできた。勘平は「命の危機が去ったわけでは無い」を改めて理解をする。