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3-1・バイト解雇~紅葉の才能~燕真は0点

-------妖怪憑依の特性②-------------------


・妖怪は、強くて邪悪な念を媒体とし、恨みや憎しみなどの強い邪念を持つ人間、もしくは、強い念の残った物に寄りやすい。

・人に憑く場合は、完全に支配する場合と、共存をする場合がある。

・憑く人間の意志が弱いほど完全支配の傾向が強い。

-文架市 上鎮守町-


 鎮守の森公園に面する公園通りの対面、市内を二分する一級河川・山逗野川さんずのがわを背負った一角は大型ショッピングモール施設で拓けており、夕方頃までは多くの買い物客や車で賑わっていた。

 施設内には様々な店舗がひしめき、2階には多くの客が利用する広いフードコートがある。休日の昼間でならば、このフードコートには客がごった返すのだが、平日の19時を過ぎた今は閑散としている。


 ファーストフードの大手フランチャイズ店・マスドナルド・鎮守店。

 源川紅葉はレジカウンターで、お持ち帰り用のハンバーガーとフライドポテトを客に受け渡して見送ったあと、調理場の時計に視線を向けた。


「・・・7時15分かぁ」


 バイト上がりは7時半、あと15分ほどある。いつものことだが、7時を過ぎると暇になる。せいぜい2~3組の客が来る程度。この時間帯の客は、ドライブスルーがある別店舗に流れてしまう。

 実益を考えれば6時半~7時上がりで良いのだが、店長は、彼女が希望するバイト時間を聞き入れている。単純に、「彼女が可愛いから」という理由もあるが、それだけではない。平日の夕方や休日には‘彼女のスマイル’のリピーターが何人もいる。店長としては、彼女が「あっちのバイトの方が融通が利く」と別の店に行ってしまい、リピーターまで奪われては困るのだ。接客力もあり、仕事も卒無くこなすので、文句の付けようがない。時にミスがあるが、彼女がやや困り顔で謝罪をすれば大抵の客は受け入れてくれる。


「今日はデートか?」

「彼氏は迎えに来ないのか?」

「そんなのいませんよ~!」


 時々、店長やバイトの男共がセクハラ気味の質問をするが、彼女は嫌な顔をせずに笑顔を返す。年相応らしく芸能人やアイドルグループは好きだが、今のところ色恋沙汰には興味が無く、同性の友達と遊んでいる方が楽しいらしい。

 彼女に交際を申し込むと「凄まじい毒舌で再起不能になるくらいコテンパにフラれる」という噂があるが、おそらくは、誰かが流した根拠の無いデマだろう。これまで、2~3人のバイト君が彼女に告白をしたらしいが、何故か、その後、直ぐにバイトをやめてしまったので、真相の聞きようがない。


 結局、次の客が来ないまま、時計の針は7時30分を示す。紅葉は上がり際に、「ぉ手伝ぃすることぁりますか?」と店長やパートさんに訪ねる。片付けや掃除で8時まで残業になる時もあるが、たいていは「上がって良いよ」と返事が返ってくる。


「ぉ疲れ様でしたぁ~!」


 紅葉は、笑顔で一礼をして厨房を出て更衣室に入る。明日のシフトは9時から14時まで。ショッピングモールが開くのは10時だが、準備の都合上、入りは開店よりも1時間早い。友人とはバイト(別のバイト)の時間帯が噛み合わず、14時以降はフリーになる。鼻歌を歌い「明日のバイトが終わったら何をしよう?」などと考えながら、制服の胸ボタンを外し始める。


ギィン!!


 更衣室奧の闇の中、獲物を待ち続けていた不気味で大きな目が見開く!何も知らずに制服の袖から腕を抜こうとする紅葉を睨み付ける怪しい眼!それは、最初は息を殺してゆっくりと、やがて勢いよく、紅葉の背後に襲い掛かってきた!

 慌ただしい物音にハッとして振り返り、目を丸くする紅葉!


「きゃぁぁぁっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」




-翌朝8:30 陽快町・YOUKAIミュージアム-


 燕真がバイクを駆って到着。バイクを博物館裏に止める。退治屋としての招集が掛かったワケではない。彼は、この博物館に勤務をしているのだ。入門ゲートを開けるのはAM10時。準備時間を考慮したとしても少し早い。

 生活力に乏しい彼は、毎日、博物館の直ぐ隣にある粉木の自宅に寄り、朝食を頂戴しているのだ。


「おはよーっす」


 挨拶をして、粉木家の玄関に上がり込む。粉木から「どうぞ」との返事は無いが特に問題は無し。燕真と粉木の間には、勝手に上がり込むことを特に何とも思わない信頼関係が構築されていた・・・というか、この家の主は、その程度の無礼など気にしない。


「おす!」

「おはよーっす」

「チィ~~~ス!」


 台所に行くと、いつものように粉木が老眼鏡を掛けて新聞を読んでいる。燕真は食卓の粉木の向かい側に腰を掛け、足下にすり寄ってきた猫をなでる。テーブルの上には燕真用の食パンが置いてある。メインのおかずとなる卵料理は一緒だが、粉木はご飯と味噌汁と漬け物、燕真はパンとトマトジュースだ。ほどなく、可愛らしい笑顔の少女が、燕真の前に、皿に乗った黄身が半熟の目玉焼きを置く。


「半熟2個でぃぃんだょね、燕真!」

「おう、サンキュー!・・・てか、いい加減に『さん』をつけろ!俺は年上だぞ!」


 燕真は、いつものように、テープルの上にある塩を目玉焼きに降りかけてから、黄身を潰し、パンを付けて頬張った。・・・が、ちょっと待って欲しい。何かがオカシイ。周囲を見回して、今置かれている状況を確かめる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どぅ?美味しぃ、燕真?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ!」


 目の前で燕真を眺めている紅葉と目が合った。途端に、口に入れたばかりの目玉焼きを吹き出して咳き込んでしまう。

 昨日まで、この食卓にいなかったはずの源川紅葉が、さも当然のように目の前にいるではないか!つ~か、何の疑問も持たずに接していたが猫までいる!


「うわぁ!ゲロはぃた!!きったねぇ!!」

「ゲホォッ!ゲゲホォッ!ゴホォッ!・・・ゲ、ゲロじゃねぇ・・・ゴホォッ!」

「にゃ~ん」

「吐いたモンもキチンと食いや!残したら罰があたんでぇ!」

「ゲゲホォッ!ゴホォッ!

 ・・・・なんでオマエがここにいるんだぁぁぁっっっ!!!?」




-数分後-


 話によると、予定していたバイトが突然無くなってしまい、友人はバイト(紅葉とは別のバイト)があり、暇になったので遊びに来たらしい。


「ゃること無ぃから、博物館のお仕事、手伝ってぁげるょ!」


 先日の学校で助けた猫は、紅葉が飼う予定だったが、親に「がさつな性格の紅葉では面倒を見られないからダメ」と言われてしまい、結局は粉木の家で飼うことになった。流石は親、紅葉の性格をよく存じてらっしゃる。ちなみに猫の名前は、紅葉が、某有名なネコのゆるキャラから名前を取ってヒコと名付けた。


「暇だからって、何でここに来るかねぇ~・・・?

 なぁ、粉木のじいさん・・アイツのバイトって?」

「なんやよう解らんけど、マスドナルドちゅうところでバイトをしていたんやけど、

 昨日クビになってもうたんやて。」

「マッスルをクビにねぇ。」

「知っとるんか、燕真?」

「あぁ、アイツがバイトしてたってのは初耳だけど、マッスルは知ってるよ。

 マスドナルド、略してマッスル。

 マッスルバーガーとかマッスルフライポテト、聞いたことあんだろ?」

「おうおう、そう言えばコマーシャルで見た事あんのう。」

「・・・で、一体、何をやらかしたんだよ?」

「昨日たまたま視察に来ていたマスドナルドの社長に粗相をしおったんやと!

 ・・・そうやなぁ、お嬢!?」


 紅葉は、キッチンに向かいながら頷く。着る物選ばずと言うべきか、改めて見てみると、制服姿や私服姿も良いが、エプロン姿もかなり可愛らしい。・・・「黙ってさえいてくれれば」の話だが。


「従業員に手を出す事で超有名な、社長なんだけどさぁ。

 昨日、視察の時にァタシに目を付けたみたぃで、言い寄ってきたんだよね~。」

「それで、断ったらクビになったってか?訴えたら勝てるんじゃね~か?」

「ん~・・・そうぢゃなくてね。

 断ったのしつこいから、

 ムカ付いて近くにぁったパィプ椅子で10発くらいブン殴ったの。

 そ~したら、店長に二度と来るなって言ゎれちゃったぁ~。・・・テヘッ♪」


 僅かに表情をしかめて小さく舌を出して「テヘッ」をする紅葉。その表情はもの凄く可愛らしい。どれくらい可愛らしいかと言えば、「テヘッ」の瞬間に背景が白く輝くエフェクトがかかって、可愛らしい天使さんが登場して、矢でハートをズキューンと撃ち抜かれて、ハートマークになった目が飛び出るくらい可愛らしい。・・・この女が喋りさえしなければ。


「テヘじゃね~だろ・・・。訴えられたら負けるぞ。

 よ・・・よく、クビだけで済んだなぁ。」

「ぁ~ぁ!クソォヤジのセクハラを拒否しただけでクビなんて、信じらんなぃ!」

「俺はオマエが信じらんね~よ!

 ・・・なぁ、粉木のジジイ、アンタからも何とか言ってくれよ!」


 燕真は、半ば呆れ顔で粉木老人に同意を求めるが、粉木は、まるで‘何をやっても許せてしまうくらい可愛い初孫’でも眺めるかの様に、目尻を下げて、鼻の下を伸ばして、紅葉を眺めている。


「・・・・・・・・・・・スケベジジイ」


どうやら「テヘッ」にハートを撃ち抜かれちゃったらしい。




-AM9:00-


 YOUKAIミュージアムの開館までは、まだ1時間ある。集客力のある博物館ならば、もう準備を始めるのだろうが、ここは例外だ。朝一で訪れる客などいない。・・・と言うか客など来ない。

 3人は朝食を終え、粉木宅の居間でコーヒーを飲んだりテレビを見ながら、開館までの時間を潰す。


 退治屋は一般人を巻き込まない様に心掛けている。本体捜索の過程で情報を聞き出したり、妖怪から救出した被害者を保護することはあるが、退治が終われば二度と接点は作らない。それなのに、既に終わったはずの事件に係わった民間人が、こうも簡単に踏み込んできて良いのだろうか?燕真は不満なのだが、年輩のパートナーが受け入れているようなので、ハッキリとは批難が出来ない。


 粉木自身、紅葉を受け入れたわけではなく、この状況は芳しくないと思っていた。しかし、それより、少女の存在が粉木老人の興味を強く引いていた。

 彼女は、妖怪の位置を正確に言い当てた。ある程度経験を積んだ者(燕真は経験を積んでも無理っぽい)なら、実体化した妖気の気配を追えるし、実体化前の影を「この付近にいそうだ」と予測することもできる。だが、彼女が言い当てたのは実体化前の正確な位置だ。類い希な霊力の持ち主が長年の修行を積んだとして、そこまで感覚を研ぎ澄ますことが可能なのだろうか。粉木にはできない。長年の記憶を辿ってみても、これまで一緒に仕事をしてきた仲間達の中に、実体化前の本体の動きをあれほど正確に把握した者はいなかった。

 少女の索敵力は、人間が才能を修練で開花させた能力よりも、自分の縄張りに入った瞬間に殺気立って威嚇する妖怪や、妖怪の力をツールにして索敵を行う妖幻ファイターに近い様に思える。


 彼女が子妖に襲われたことも気になる。妖怪にとって同族であり敵でもある妖幻ファイターが成敗に来ているにも係わらず、妖幻ファイター討伐よりも何の変哲もない娘を優先的に襲う事例など、今まで聞いたことが無い。


 同様に、本体が戦闘不能になるほどのダメージを負っていた(第1話)にも係わらず、彼女の友人に憑いた子妖が消滅をしなかった(第2話)ことも気になっている。他の生徒に憑いていた子妖は最初の討伐時に全て消滅した。少なくても、学校からの引き上げる前に、粉木が確認をした生徒達には憑いていなかった。例外的に友人の子妖だけが残ったのだ。本体の支配力を受けずに子妖が生き残るなど、本体以外からの妖力供給が無ければ不可能なのだ。


「・・・まさか、な。それは無いやろ。」


 粉木は、一瞬だけ紅葉に疑惑を持ったが、それは直ぐに思考の奥底に引っ込めた。紅葉が妖怪に憑かれていれば、上記の‘前代未聞’は説明が付く。しかし、妖怪に憑かれる人間は何らかの闇や暗い思念を抱えているはずだ。人が人に感じる腹黒さや邪念がそれだ。だが、表情に屈託が無く、頭に浮かんだことを隠さずにそのまま喋るタイプの紅葉からは、妖怪が好む雰囲気などは全く感じられない。目に見える状況だけではなく、粉木の長年で培われた勘も、紅葉には瞑い要素は微塵も無いと答えている。   むしろ、今はまだ高校生だけど、これから社会人になって身に着けるであろう汚い処世術すら、彼女には身に付けて欲しくないと考えてしまうほどに、今の紅葉は無垢に思えてしまう。


「なぁ、お嬢・・・オマンの家、格式の高い神主さんとか、坊さんの家系か!?」

「・・・なんで?全然違ぅょ!」

「おかんは、何しとる人や?」

「ママゎスーパーのパートをしてるよ。」


 粉木は、これ以上聞いても何の進展も無いし、徒に話を広げても不審に思われるだ けと考えて追求をやめた。・・・が、またしても、まだ退治屋になって日の浅い若者が、何の考えも無しに話を広げやがった。


「そういや、オマエ。妖怪の位置とか、思念の位置とかが見えるんだよな?

 何で見えるんだ?そう言うの良くあることなのか?」

「ょく・・・でゎなぃけど、たまにね!

 ポワ~ンとなってぃて、なんとなくミョ~ッとしてぃるの!

 ぃるってのを解ってぃて気持ちを集中させれば、

 もぅ少しシャキィ~ンて感じかな?」

「ぽわ~ん・・・みょ~・・・しゃき~ん・・・・何だそりゃ?」

「燕真ゎどんなふぅに見ぇるのぉ!?」

「え!!?」

「だってほら、ヒコちゃんの念・・・見えたんだよね?

 ザムシードになる前に言ってたじゃん!」


 確かに猫の思念は燕真にも見えたが、それはザムシードに変身してからの話で、変身前の燕真には全く見えていない。だが、確かにザムシードに変身する前に、その場のノリで「見える」と言ってしまった。


「え!?・・・あぁ、アレね!・・・う、うん・・・見えた見えた!

 ぽわ~んで、みょ~で、しゃき~んみたいに!!」

「あれぇ?

 ヒコちゃんの念は、もっとこう、ムニーッみたいな感じじゃなかったっけ?」

「あぁ!そうそう、それだ!むにーだ!!」

「ほぉ~~~~・・・初耳やな!

 妖幻システムを使わんでも見えたんか?霊感ゼロの燕真にも?

 そない強い念やなかったさかい、余程の霊力があらな見えへんでぇ!

 わずか数日で、えろう霊感上げよったなぁ!」


 粉木には、直ぐに「燕真は美少女の前で虚勢を張ったのだろう」と解った。俗に言う霊感が無い部類の人間でも、絡新婦じょろうぐもが攻撃的になった時の学校内の雰囲気の変化は、「空気が重い」「暑苦しい」程度には感じただろう。しかし、燕真は、一切何も感じていなかった。そう言う意味では才能はゼロ。そんな燕真が、猫の思念を感じ取れるわけがないのだ。


「こう・・・むにーとなって・・・・・・」

「霊感・・・ゼロ?」

「そや、ゼロや。」

「・・・・・むにーって」

「燕真・・・0点・・・なんだ?」

「せや、れい点や。」

「ヒコちゃん思念が見ぇたのゎ?」

「そないもん、ハッタリや。」

「・・・・・・・・・・・・・むにー」

「ぅゎぁっ!かっこ悪ぅっ!マジ引くんだけどぉ~?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「何でそんなのが妖幻ファイターに?」

「さぁ・・・それがワシにも、よぉ解らんねん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 燕真は、余程「霊感ゼロ」を暴露されたことがショックで、呆けながら脱力して畳に寝転がった。

 こんなハズではなかった。どこで間違えてしまった?紅葉と行動を共にするのは絡新婦を退治するまで。その後はアカの他人になるのだから、少しくらい美少女の前で良い格好をしたい。その程度の軽い気持ちで見えない物を「見える」と言っちゃった。ただそれだけなのに・・・。

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