傷モノになったからと責任を取っていただかなくて結構です
サクッと幸せになるお話です。ざまぁは無しです。
(あー、本当に嫌になってしまう。今日もあの男が来ているのね)
伯爵令嬢のナターリアには、今、婚約者はいない。
侯爵家の次男、マルクスに求婚を申し込まれてそれを断ってから、しつこく付きまとわれている。
今日も、花束を持って家の門外で屋敷の中に通すように文句を言って、執事長を困らせているらしい。
(マルクスは、素行が良くないことで有名だわ。女遊びも派手らしい。どうでもいいけど……)
ナターリアは、今はまだ誰とも婚約するつもりもなかった。
(できれば……一途にお互いを思い合える人に出逢いたい)
そんな少女のような夢を密かに持ち続けていた。
「失礼致します。ナターリア様、本日は何といって追い返しましょうか?」
「そうねぇ、ここ最近は病気で寝込んでいると嘘をついていたけれど、これだと私、家から外に出られないのよね。わかったわ。もう一度、きっぱりと断ってくるわ」
ナターリアは、門まで出向き、お付き合いするつもりも、婚約するつもりもないのだとはっきりマルクスに告げる。
「……そうかい。わかったよ。じゃあ、今日で最後でいいからこの花束だけ受けとってくれないかい?」
門の外で、こんもりと綺麗なバラの花束を抱えたマルクスが懇願してきた。
(本当に最後なんでしょうね……)
ナターリアは少し疑いながらも、仕方なく門を開けてその花束を受けとった。
「ありがとう。ナターリア、受け取ってくれ……て!!!!!!」
ナターリアの両手が塞がったことをいいことに、マルクスは剣を抜き、怒りを露わにしてナターリアに切りかかった。
門のところに伯爵家の衛兵は立っていたけれど、男女の話し合いを邪魔しないように少しだけ距離をあけていたのが仇となった。
「ナターリア様!!」
衛兵は、すかさず応戦しマルクスを捕らえてくれた。
(痛い……)
ナターリアは左耳を押さえる。
地面を見ると血痕が飛び散っているのがわかる。
(……これ、私の血よね……)
そこで、ナターリアは意識を失った。
■■■
「ナターリア……大丈夫かい?」
「えぇ、もう痛みはないわ……でも、ごめんなさい。もうお嫁には行けないですわね」
ナターリアは自分の左耳を切り落とされてしまい、顔に傷を負った。
「幸い髪で隠せますが、さすがに傷モノと婚姻を結びたい者などおりませんもの」
「……ナターリア。結婚したくないならしなくてもいい。きっとこれから後ろ指を指されたり、誹謗中傷を浴びることもあるかもしれない。ナターリアが生きたいように好きに生きていきなさい。私は、お前の為ならなんだってするし、いつまでもナターリアの味方だから安心しなさい」
ナターリアの父も母も、婚姻が結べなくなったとしてもナターリアに変わらず愛を注ぐことを誓い、なぐさめてくれた。
「失礼いたします」
執事長が、ナターリアの私室にやってきて伯爵家当主である父親に何かヒソヒソと耳打ちをした。
(何か良くない情報なのね。私に聞かせたくないことかしら)
「お父様、どうなさったのですか? 私に関係があることでしたら教えていただけませんか?」
父親は少し困った表情をしながらも、状況を説明した。
「どうやらマルクスが……侯爵家当主とともに謝罪に来たらしい……私だけで応対するつもりだから、お前はここにいなさい」
(格上の侯爵家当主が出てきたのなら、優しい父は必ず応対しないといけないわね。……でも訪問する約束をとってから来るものよ。なんて非常識なのかしら!)
ナターリアは、マルクスの顔は二度と見たくなかったが父親と母親に全てを委ねて、自分だけが守られている状況も受け入れがたかった。
「お父様、私も一緒に参ります」
「……そういうと思ったよ。じゃあ、今日は私よりも絶対に前に出ないと約束してくれ、ナターリア」
「わかりましたわ」
伯爵はこれ以上、大事な娘が傷付けられるのを見たくなかったため、身体を張って守ってくれようとしてくれた。
■■■
「この度は、うちの愚息が大変失礼を致しました。謝ってすむ問題ではないと承知しております」
「怪我を負わせてしまったこと……深く反省しております」
(どうかしらね。自分の女にならなかったら手をあげるなんて最低じゃない)
「……わかりました。謝罪は受け入れますので、今後、我が娘、ナターリアに近づくのは止めていただきたく存じます」
ナターリアは父親がはっきりと、侯爵家当主に言い放ってくれたことに感謝していた。
「いえ、そのことについてなのですが、私はこの愚息にナターリア嬢に傷を負わせてしまった責任をとらせたいと考えております」
「……なんですって?」
私は、思わず腹が立って聞き間違いであってほしいと聞き返してしまう。
「いえ、もう嫁の貰い手はなくなってしまったと思いましてね。我が息子が責任をとってナターリア嬢を我が家に迎えいれた方が良いということを申しているのです」
(この親子、本当にお馬鹿なのかしら。付きまとわれているのが嫌で困っているのに、何をおっしゃっているのか意味が理解できませんわ)
「それは……ちょっと……」
父親も困っている。こんな娘を傷モノにした上、嫁にもらうと言われても更に傷つけられることは安易に予想がついているのだろう。
ナターリアははっきりと自分の口で、その申し出を断る。
「私は傷モノかもしれませんが、このまま加害者であるご子息のマルクス様と婚姻を結ぶことはできません。私はこのままどなたとも婚姻を結ばずに別の人生を歩みますので、どうかお忘れになってください。では、失礼致します」
ナターリアは、最低限のことだけ言うとそのまま応接室を去った。
■■■
数日後。
「ナターリア……本当に行ってしまうのかい? 何もそこまでしなくても……」
「お父様、お母様、私はこの地に留まらない方が良いのです。そうすれば、誰も私のことなど忘れて噂などすぐに消えてしまいますわ。痴情のもつれで傷がついた……なんて噂になっていることは知っておりますもの。これ以上、お父様、お母様の肩身を狭くしたくありません」
「ナターリア。帰ってきたくなったらいつでも帰ってきていいのだからね。私たちは毎日、ナターリアの事を思っているからね」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
ナターリアは旅装束を着て、隣の国に旅に出る事にした。
(誰も知る人がいないところがいいわ。うふふふ、もうすでに傷がついているのなら、冒険者になっても楽しいかもしれないわね)
ナターリアは、令嬢としてではなくて隣国で冒険者になってみようかなとぼんやり考えて、伯爵家を出立した。
■■■
それから五年後。
ナターリアは、隣の国、リート王国の冒険者として生計を立てていた。
もともと伯爵家でも剣術も体術も習っていたので、中型の魔物くらいなら一人で狩れるほどの実力は持っていた。
(マルクスが来た時も、花束ではなくて剣を持っておくべきだったわね)
ナターリアの辛い記憶もいつの間にか、笑って流せるほどになっていた。
あまり顔の傷が目立たないように、人目をさけるために湖が近くにある森の中に小さな小屋を建てて、そこで一人気楽に生活していた。
(あまり、傷を見た人を不快にさせては……いけないものね)
ナターリアの傷を見た人は、いろいろな憶測で可哀そうな女性扱いをしてくれる。
でも、ナターリアにはその優しさが逆に辛かった。
そんなある日。
森に薬草採取と小型の魔物の魔石を獲ってくるという依頼を受けて、いつものように慣れ親しんだ森の中を歩き回っていた。
「うわーーーーー」
誰かの叫び声が聞こえた。
「誰かが襲われているんだわ!」
ナターリアは声のした方に慌てて駆け出す。
そこには、うずくまっている一人の男性と中型のイノシシ型の魔物が二頭いた。
どうやら、男性の背後から不意をついて襲ってきたようだ。
ナターリアは、すぐさま佩いていた剣を抜くとその中型魔物に向かっていった。
この五年、彼女もそれなりに冒険者と生きているうちに強くなってきていたため、難なく二頭の魔物を討伐することができた。
「大丈夫ですか?」
ナターリアは、中型魔物の息が絶えたことを確認すると、その男性に近寄った。
細身の男性の手の中には薬草袋があり、この森で薬草を摘んでいる時に襲われたことがわかった。
「ええ、ありがとうございます。薬草に気をとられていて魔物の接近に気が付いていませんでした」
「無事で良かったですわ」
「実は、この森は初めてだったのですが、見た事のない薬草に目を奪われておりました」
「そうなのですね。お気をつけ下さい。中型の魔物は比較的、出てきますわよ」
その男性に手を差し伸べて、ナターリアは立ち上がるのを手伝う。
「ここにも汚れがついていますわ」
ナターリアはその男性の外套の裾に付着している土もパンパンと手で払った。
「あのう……もう差し支えなければ、ぼくの薬草採取の時にご同行いただくことは……可能でしょうか?」
「え? 私ですか? もちろん、構いませんよ」
ナターリアは、冒険者だけれどダンジョンに潜ったりはしないのでパーティーを組むことなく、一人細々と生きていけるだけの仕事しか請け負ってこなかった。
「こんな私で宜しければ、どうぞお連れくださいませ」
ナターリアには、慣れた土地での活動だったので、そのまま男性のお願いを快諾した。
■■■
その男性は、アーノルドと名乗った。
薬草を調べて研究しているらしい。
いつも森の中で手持ちのサンドウィッチを食べたり、薬草の知識を教えてもらったりお互い有意義な時間を過ごしてきた。
そんなある日。
アーノルドが森の湖の前で突然、膝をついてナターリアの手をとった。
「ナターリア。……実はあなたのことを一目見た時から……好きになってしまっております。薬草探しでご同行を願い出たのも……あなたと少しでも一緒にいたいと思った邪な気持ちから提案したのです。でも、あなたとずっと一緒にいられたらいいなという気持ちが膨らんでしまって……この気持ちを押さえきれなくなりました。ナターリア……どうかぼくと結婚していただけませんか?」
「え? 私ですか……」
ナターリアは戸惑った。実はナターリアもアーノルドに好意を持って、いつの間にか恋をしていたからだ。でも、彼女は自分が傷モノと理解していたので、一生自分の気持ちを告げるつもりはなかった。
「アーノルドさん、実は私……傷モノなんです。その申し出は嬉しいのですが……ほらね」
はにかんだ顔をしながら、ナターリアは自分の失った左耳を髪をかき上げてアーノルドに見せた。
「そのことなのですが……実は、その耳の事、気が付いておりました」
ナターリアはなるべく見せないように努めてきたけれど、どこで見られたのかしらと疑問に感じた。
「実は、風の強い日に……あなたは気づいていないようでしたが、髪からその耳が見えたんです」
「そうなのですね……ご存じだったのですね。……ですから、こんな顔に傷のある女性を選ばなくても、もっと素敵な女性とご結婚された方が良いのではないでしょうか?」
ナターリアは、自分もアーノルドが好きだとは言葉に出せなかった。
傷モノだから、いつか困らせて迷惑をかけることがあるかもしれない。
「ナターリア、これを受け取って下さい」
アーノルドは、指輪……ではなく、薬草をナターリアの手のひらにのせた。
「ぼくは、ずっと回復薬が作れないかと、長年研究して参りました。そして、この森で見つけたこの薬草で傷を治す回復薬を作ることに成功したんです。だから、ぼくにあなたの傷を治させてくれませんか?」
「……本当にこの傷を治せるのですか?」
ナターリアは、まさかこの切り落とされた耳が治せるとは考えたこともなかった。
それを目の前の男性は、治せる薬を開発したと教えてくれる。
「これは……あなたの為につくった回復薬です。これを使ってもとの耳になったら……ぼくのお嫁さんになってもらえませんか?」
「……もし、耳が戻ったなら……私、結婚します」
そして、回復薬を受け取ったナターリアは、その綺麗な緑色の薬を左耳に直接かけてみる。
「ナターリア。ぼくと一緒に湖に行きましょう?」
「えぇ」
まだ、耳が治っているのか、元の形になっているのかどうかナターリアにはわからなかった。怖くて手で触るのもためらった。
「せーので覗きこみますよ」
「「せーの」」
ナターリアは自分の顔を湖の湖面に映してよく見てみる。
今日は風が穏やかだから、湖面が揺れることはなかった。
「あぁ……本当に私の耳だわ!! 元に戻っている!!」
「良かったです、ぼくもナターリアの喜ぶ顔が見られて嬉しいです。では、改めて、ぼくのお嫁さんになってもらえますか?」
「ええ! もちろんよ!! 本当は私もあなたのことが好きだったの!」
ナターリアはアーノルドの首に手をまわして、抱きついた。
それから、何度も何度も夢じゃないかと湖面を覗きこむ。
揺れていなかった湖面は何度も覗き込むナターリアの涙が落ちて、ユラユラと揺れていた。
■■■
その後、ナターリアは心配をかけた両親に結婚することを手紙で伝え、この二人が出会った森でアーノルドと生涯、末永く暮らした。
お幸せに!
読んで下さりありがとうございます。
作中には細かく表現をしていなかったのですが、マルクスはどうなかったかといいますと……
【マルクスのその後】
ナターリアは謝罪を受け入れはしていますが、マルクスはきちんと法に則り裁かれることになります。
爵位を落とされ辺境の地で兵役を科されて、監視されながら生きていきます。辺境の地から出ることを許されていないため、男ばかりの要塞で国の為に一生働くことになるという結末です。
ナターリアの事件が公になったことで、派手な女遊びをしていた時にも暴力を働いていたことが発覚し余罪が追及された上で、裁かれました。
楽しんで頂けましたら、↓の★★★★★評価、ブックマークをして下さると嬉しいです。
星5つから1つで評価をしていただけますと励みになります。
どうぞ宜しくお願い致します。