三手に分かれて
火野とニルギルドが、ラトビアはグルベネを南西に進み首都リガを回避する形で一路、リトアニアへ進む頃合い。
彼らを追うようにエストニアからラトビアへと車で出発したエリス、ヴァール、レベッカ、シモーネの四人は、そこから1時間ほどで国境を越えていた。
とはいえ風景としては延々と、町並みが広がっているなかでの国境越えだ。
エストニアのバルガとラトビアのヴァルカ──この二つの町は歴史上、元は一つの都市だったのが国境制定により分裂したという経緯がある。
つまり町のなかに国境を隔ててエストニアとラトビアを跨げるという、珍しい土地なのであった。
「なんだか不思議な感じですね。事実上一つの都市のなかで、領土権のある国が分かれているなんて」
「それぞれの国がそれぞれに積み重ねた因果というものがある。軽々にあれこれとコメントするべきものではないが……なかなか見ない光景ではあるだろうな」
車を運転するシモーネの隣、助手席にレベッカがいる。そのさらに後部座席に並び座る形でエリスもヴァールは軽くやり取りをしていた。
能力者解放戦線を追う旅路、特にこれからラトビアの首都リガへと向かい火野とニルギルドを迎え撃つ作戦行動中なのだが……四六時中気を張っていても仕方がないということで、今この時は多少なりとも気軽な雰囲気が流れている。
予定ではここからヴァルカを南下し、人気のない廣野に出たあたりで再びヴァールの《空間転移》を使用。一気にリガの近辺までショートカットをすることになっている。
間違いなく現状では世界でただ一人、彼女だけにしかできない力業だろう。何しろこの短縮をもって彼女らのパーティは、火野とニルギルドを追う側から彼らを迎え撃つ側に回るのだから。
「リガからグルベネへと伸びる二つのルートがある。片方にはレベッカとエリスとエミールの三人を、もう片方にはワタシが独りで受け持ち火野とゲルズに対応する」
「連中がどのルートを使用してるかが割れた時点でエージェントから連絡が来るから、そしたらヴァールさんがやっぱり《空間転移》で私らを集める。リトアニアルートを選んだ場合はさらにそっちに用意されてる助っ人、妹尾教授とベリンガムの下に向かうぜ、エリスちゃん、シモーネ」
ヴァールとともにレベッカが作戦の具体的な内容を若手達に説明する。
彼女とそれ以外の三人で二手に分かれるといういささかバランスに欠ける配置だが、空間転移を行使できる都合からヴァールは単身で身軽に動きたかった。
強いて言うならばレベッカならば、そんなヴァールについていけるだろうがその場合、エリスとシモーネというタッグでルートのもう片方を受け持つことになる。
さすがにそれは不安が残ると、レベッカのほうからヴァールに打診があったのだ。
『シモーネもエリスちゃんも頼りないとは言いませんが、二人で組ませるのはちぃとばかし心配なんですよヴァールさん……特にシモーネがね、エリスちゃんを変に意識しやしないかってとこでして』
『エリスのほうもまだまだ、他の探査者と組んだ時に自発的に動けるほどの経験は積めていないだろう。その状態でシモーネに投げるのは二人ともに酷だな。分かった、その方向で行こう』
──とは、出立前に密やかに二人で打ち合わせたことだ。
レベッカはシモーネの、後輩や年下を悪い意味で意識しすぎる悪癖を。ヴァールはエリスの経験の浅さをそれぞれ懸念したがゆえ、こうした配分になったのだ。
そしてそうした実情は、当然エリスもシモーネも知ることはない。ただヴァールが単独行動のほうがやりやすいからこうしたのだと認識していた。
「連中の逃走経路が確定した時点ですぐさま、妹尾とベリンガム含めた全員が集結できるよう迅速に動くつもりだが……場合によってはしばらくの間、お前達にやつらの相手を任せねばならない可能性もある。先に言っておく、すまんな」
「謝らんでくださいよ、むしろ望むところだってんです! 能力者解放戦線のアホども、ましてやエリスちゃんの故郷を襲ったような連中なんざこれ以上野放しにしてられませんからね!」
「え、えうー……わ、私としてはできる限り統括理事にお早い合流をお願いいただきたいかなーと。レベッカさんが一緒なら安心ですけど、エリスはまだまだひよっ子さんだしちょっとかわいそうかなーって。あくまでエリスはですけど」
「私から見りゃお前さんもひよっ子だよ……二人とも、無理すんじゃねえぞー」
気炎を吐くレベッカと、裏腹に気弱で自信なさげなシモーネ。対照的な師弟だが、これでそれなりに仲が良いほうなのだから何やら不思議な二人組みだ。
今回もシモーネのネガティブな部分にレベッカは呆れつつ、けれど優しく笑いかけた。エリス同様弟子もまた、まだまだ未熟な若手だ。少しずつ育っていけば良いのだから、今はとにかく無理をせずに手伝ってくれればいいのだ。
そして同様の思いはやはりヴァールにもあった。
特にエリスに対して、無表情ながら優しく話しかける。
「レベッカの言う通りだ、エリス。無理はせず、逃げるべき時には迷わず逃げろ」
「はい、お言葉に甘えますヴァールさん……ですがどうにか、こんな未熟な私でもできることを精一杯頑張ってやりたいとは思いますよ。必ず、能力者解放戦線を止めるために」
「焦るな、気負うな。仲間を頼り、ともに肩を並べるなかでやれることをやってくれれば良いんだ」
正義感と信念を前面に出すエリス。それでいて無理はしない、できる範囲でやってみるというその言葉にヴァールは満足にうなずいた。




