それぞれの思惑
「いや、いや、へへへ……すみませんソフィアさん、とんだ粗相をしちまってへへへ」
「本当よ、まったく……! 元気なのは何よりだけれど、よりにもエリスちゃんとの初対面にまでそんな有り様だなんて信じられないわ、もう!」
まさかの酔いどれたレベッカとの合流。
これには温和なソフィアもさすがにひとしきりの説教を行うことになったのであるが、それも済んでしまえばひとまずは同じテーブルに落ち着くことになった。
すっかり蚊帳の外感があるエリスだが、レベッカの隣に座る女性が興味深げにこちらを見てきているのを認識し、愛想よく微笑みを浮かべた。
故郷の村ばかりか、周辺地域の男達を魅了していた美貌と微笑である。本人は知らずして魅力を振りまくその笑顔に、対面の女はそばかすを掻いて呻いた。
「く、くっ……き、聞いてないよこんな美人だなんて……!」
「? あ、あの……?」
「しかもこの子でしょ、たった一人でスタンピードを食い止めていたなんてとんでもない若手実力者って……ひどいよこんな、あんまりだよ……こんなに若くて美人で綺麗で可愛い上に、実力と才能まであるなんて。ううう、羨ましいよう……!」
「え、ええと?」
ブツブツと、エリスはおろかソフィアにもレベッカにも聞こえないほどの声で──つまりはほとんど口を噤んでモゴモゴと言っているだけだ──呟く彼女、シモーネ・エミールは、まさしく目の前のエリスに嫉妬していた。
合流するにあたって前もって師匠のレベッカから聞かされていた、単身でスタンピードから人々を守り抜いた天才若手探査者の話。
しかも自身より5歳以上も若いということもあり、シモーネは実のところ半信半疑だったのだ。その後にヴァールが助けに入ったという情報もあり、WSO統括理事のジョークなのではないか、と。レベッカに叱責されてなお、彼女は内心にてそう信じていたのだ。
それがこうしていざ見てみると、実力以前の見目麗しさの時点でシモーネの劣等感は著しく刺激されていた。
シモーネとて一般的に見れば整った顔立ちと言えるが目の前の美少女は次元が違う……と、彼女自身には感じられた。青いロングヘアは絹のようにサラリとしており、同じ色の瞳は涼やかでかつ宝石のように煌めいている。
何よりその美しい顔つきときたら! 同性をも魅了してしまうほど魔性なのではないかとさえ、シモーネには感じられる。
ただでさえ羨ましいほどに美しい容姿をしているのに、その上探査者としての実力さえあるという。スタンピードを一定時間でも食い止めた時点で、少なくともすでにシモーネに匹敵している可能性は十分にある。その話が本当なのであれば、だが。
エリスと並び座るソフィア・チェーホワもまたエリスとは異なるタイプの美貌であり、二人揃って見るとなおのこと、同性ながら憧れと嫉妬を禁じ得ない。
元来、卑屈で嫉妬心の強い性格であるシモーネはすでに、目の前の合流した仲間達に圧倒され、敵意でこそないもののどこか隔意を抱き始めていた。
そうしたシモーネの内心など当然知る由もないエリス。何やら俯いてブツブツとつぶやく見知らぬ女性に、首を傾げるばかりだ。
そんなところにソフィアが水を向けた。レベッカとの話の中、当然の流れだがともに来たエリスを紹介したのである。
「──そしてこちらがエリス・モリガナさん。先日のスタンピードに単身立ち向かい、ヴァールとともにこれを撃破した有望な若手探査者よ。あの子がずいぶん期待しているから、レベッカちゃんもよしなに頼むわね」
「電話でもヴァールさん、ずいぶん持て囃してましたからねえ。さすがにこの目で確認するまで追従なんざできやしませんが、まあ期待させてもらいますぜ。なあ、エリスちゃんとやら。レベッカ・ウェインだ、よろしくなあ!!」
「あ、は、はい! 初めまして、お会いできて光栄ですレベッカ・ウェインさん! エリス・モリガナです、よろしくお願いします!!」
「ガハハハ、礼儀正しくて痒くなるけど悪い気分じゃないねえ! レベッカで良いぜ、私のことはよう!!」
相変わらず酒を飲みながらの豪快な名乗りと挨拶。華奢なエリスに比べ、縦にも横にも数倍の大きさを誇るレベッカはまさしく神話の巨人さながらだ。
それでいて彼女こそ、北欧最強と名高い女傑にしてソフィアの弟子、第一次モンスターハザードを解決に導いた英雄の一人なのだ。
あらためて大人物と会えたのだと、静かな興奮と感動がエリスを包む。
一方でレベッカのほうもまた、エリスの姿に内心で感心していた。衣服こそ田舎娘だが、その容姿はまるで貴族の令嬢か何かのように気品と優雅さに溢れている。
その上で、こちらを見るその顔つき、瞳にはたしかな信念を感じるのだ……探査者としての正義感、使命感。ソフィアやヴァール、何より自身にも通ずる"人々を護り通す"という信念を宿した目をしている。
なるほど、ヴァールが気にいるわけだ。かつての先輩、シェン・カーンや同輩、妹尾万三郎もこんな目をしていた。そしてこんな目をしている探査者は、得てして大成するのだ。レベッカはそう信じている。
だがまだエリスがそうであると信じるには早い。何より大事なこと、探査者としての実力と器を見図らねばなるまいとレベッカの目が光った。期待をするに値するのかどうか、話に聞くばかりでなく実際に見聞きして判断するのが彼女流である。
「……よっしゃあ、んじゃー近々いっちょ、試してみっかねえ?」
静かにつぶやく。その内心は誰にも悟られぬまま、彼女はまた豪快に笑いジョッキを傾けた。
北欧最強レベッカ・ウェイン。豪放磊落を地で行く彼女とその弟子シモーネ・エミールは、かくしてソフィア・チェーホワとエリス・モリガナに合流したのであった。




