聖女
名前 エリス・モリガナ レベル116
称号 聖女
スキル
名称 念動力
名称 気配感知
名称 環境適応
「……《聖女》だと? この称号は、一体」
「一番初めに、ステータスに目覚めた時点でもう私の称号はそれでした。他の探査者の方はみんな《ノービス》からのスタートなのに不思議だと、近くの全探組の方もおっしゃっていましたね」
フィンランドは一地方におけるスタンピードを、現地探査者の少女エリス・モリガナと協力して鎮圧することに成功したWSO統括理事ソフィア・チェーホワの裏人格ヴァール。
戦いで消耗したエリスを介抱しつつも森を抜け、柔らかな陽の当たる平原に出たところで一旦、《鎖法》の鎖で構築した椅子に二人座って休憩している時の一幕である。
先程のゴールデンアーマー戦において、百戦錬磨の己をして唖然とさせるスキルの使い方をしていたエリスのステータスが気になったヴァールは、彼女に頼み込んで探査者証明書を見せてもらった。
それが上記の通りである。スキル構成自体は一般的な探査者とそう大差ないのだが、称号に看過しがたい異様な表記を見て取り、彼女は再度唖然とすることとなった。
すなわちそれこそが《聖女》の称号。
これまで立場上のこともあり、業務のなかで数多の能力者のデータを見てきたヴァールをして初めて見るものだったのだ。
称号 聖女
効果 任意の相手にこの称号を継承させる。継承後、元の保持者の称号が《元聖女》になる
「他者に、この称号を引き継がせる効果? そしてその後、元保持者の称号が指定されたものに変動する……だと。エリス、疑る訳では無いが他に効果はないのか?」
「お気持ちは分かりますが、これが本当にないんです。字面だけ立派な、いわゆる外れ称号だと知り合いには言われてしまいました。あはは」
「……どういうことだ? なんのつもりで、このような称号が」
証明書に細かに記載されていた《聖女》の効果の異様さたるや。自身になんらポジティブな何かを引き起こすでもなく、ただ他人に継承させるだけ、しかもその後の自身の称号を変化させるだけ、というもの。
完全に理解しがたい称号効果だ。ヴァールもこれにはすっかり困惑して、苦笑いするエリスにも構わず天を仰いで呻くしかない。
彼女は当然理解している。この世に無駄なスキルなどなければ称号もないと。しかしこの《聖女》についてはまるで"製作者"あるいは"企画者"の意図が読み込めないものだ。
思い浮かぶ存在に、内心で疑問符を絶やさず浮かべる。いくらか推測立てられるところはあるが、確証など当然どこにもない。
つまりどこまでいっても、現時点でヴァールにはこの称号の謎を解き明かすだけの材料はない。
「まさか"サブプラン"の一つとでも言うのか……? しかしこのような効果で、御方や後釜は一体何をさせようと」
「? ええと、ヴァールさん?」
「…………いや、なんでもない。すまないな、初めて見た称号につき、少し戸惑ってしまった」
「いえ、お気持ちは分かります。私も正直、《聖女》という響のよさはともかく効果については何かしらこれ? って感じですし。ふふっ」
楚々として笑うエリスは、どこかもう一人の己──ソフィアにも通ずる清らかさだ。
そこに何やら頼もしさと懐かしさを覚えながらもヴァールは考えを打ち切った。考えても仕方ないことをいつまでも考えるほど現状は呑気でも悠長でもない。
この地のスタンピードは解決した。だが未だフィンランドの各地ではモンスターが地上に進出して暴れ倒し、多くの被害を生み出していた。
彼女の盟友レベッカ・ウェインも弟子のシモーネ・エミールを引き連れてすでに鎮圧行動を開始している。他にも現地の探査者やヴァールが自ら救援要請を行った探査者達も続々と北欧での第二次モンスターハザードに対抗すべく動いているのだ。
であれば、WSO統括理事たる己も力を尽くさねばならない。戦力的にも人格的にも素晴らしい現地協力者を見出だせたのならなおさらだ。
きょとんと見つめる、エリスを見る。
「ヴァールさん……?」
「エリス。まずは君の故郷に戻り、その傷を癒そう。それからの話になるが、もし君さえよければ、ワタシに協力してほしい」
不意の話に目を丸くするエリス。目の前の、ヴァールと名乗るソフィア・チェーホワをじっと見つめる。
見た目はいつぞや新聞の写真で見たWSO統括理事その人なのだが、どうも本人曰くの二重人格というものらしい。そこについては半信半疑だが、今しがたの戦いからも彼女がソフィア本人であることはさすがに理解できる。
つまりは大ダンジョン時代随一の英雄、12年前に起きた世界大戦を終結に導き、同時期に起きていたモンスターハザードをも解決した存在にして時代を牽引する大物だ。
そんな人物が一体、こんな田舎の村娘に何の協力を? ……心の奥ではにわかに察しがついていながらも、エリスはそんなまさかという想いを消せないでいる。
しかしてヴァールは、そうした内心を見透かしたかのように続けて言うのだった。
「此度の第二次モンスターハザード、その解決のためにワタシとともに戦ってほしい。どちらが上でも下でもない、対等な立場として……仲間として、一緒についてきてほしいのだ」
「わ、私がですか!? そ、そんな足手まといにしかならないと思いますけど……」
「そんなことはない、君は素晴らしい探査者だ。実力も申し分なく、何よりその心根こそが必要だ。恐怖に屈せず悪に立ち向かう、その気高い正義の信念がな」
それは、ある意味ではヴァールの一方的なラブコールだ。彼女はエリスこそが今の時代、そしてこれからの時代に必要不可欠な"新世代"だと見込んだ。
ゆえに、彼女とつながりを持っていたかったのだ。モンスターハザード解決というのももちろん本音だが、それ以上にエリスという極めて将来性に満ちた天才を、囲い込みたかったのである。
「……少し、考えさせてください」
対するエリスはこう答えるしかなかった。
今は戦いの直後、何をおいてもひとまずは村に戻り、傷と体力を癒やしてからの話としたかった──




