セルフ・マリオネット
突進してくるゴールデンアーマーに対して、軽やかに華麗なまでに宙を舞うエリス。
信じがたいタイミングでの回避──通常ならば間違いなく直撃、どうにかしても接触は免れないはずのタックルを完全に避けきったその動きに、他のモンスターを相手していたヴァールも思わず目を奪われ、叫ぶばかりだった。
「……《念動力》か!? まさか自分自身を操り、不可能なはずの動きを実現しているのか!」
「っ背後、取りましたぁっ!!」
「ナイフにスキルエネルギーを収束させていることといい、今の動きといい、なんという異才だ……これまでにないタイプの探査者だ」
アクロバティックな形で背後に回り込み、なおも果敢にゴールデンアーマーにナイフで斬りかかる。
一連の流れがすべて一つのスキル《念動力》によるものだと看破したヴァールは、初めて見るタイプの探査者に戦慄を禁じえなかった。
《念動力》はたしかに物体を動かすスキルだが、それをもって己の身体を強引に動かす使い方など想像の埒外だ。
自分自身を操り人形にするがごとき発想で、その後の反動もあり得るというのに、エリスは普段からそうした使い方をしているのか完全に慣れた様子でそのような芸当をしてみせた。
ナイフに《念動力》のエネルギーを集約させていることといい、何から何までヴァールの知るものとは別物なスキルの使用法。
だが、だからこそゴールデンアーマーにも通ずる手なのだろう……逆説的には素のエリスではやはり、手に負えない相手だということだ。
「────────!!」
「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」
敵も素早く反応し振り向く、刹那をエリスのナイフが疾走した。逆袈裟に切り上げられる、逆手にしたナイフ、エネルギーブレード。
通常のナイフであれば、傷一つつけられないどころか半端なナイフであれば折れているだろう。ヴァールの《鎖法》をもってしても貫くのに手間のかかる防御力もまた、このモンスターの難敵たるゆえんだ。
しかし──エリスのナイフ、《念動力》のエネルギーを纏った刃はそのような防御さえ関係無しだった。
甲高い不快な音を立て、強引にゴールデンアーマーの鎧を引き裂いたのだから。
これにはさしものヴァールもいよいよ驚き、唖然とした声色で叫んだ。
「なんだ、あの威力は……!? いくら強化していたとしても、あれではワタシのギルティチェインをも上回りかねんぞ!」
「────────」
「っ、とどめぇっ!!」
一撃で、たった一撃で堅牢な金色を断ち切る刃の強度はまさしく桁外れ。動きを見るにエリスは本来、まだゴールデンアーマーを相手取れるほどの実力ではないというのにこの圧倒的な威力!
あるいはヴァール自身の最強技、ギルティチェインでさえ凌ぐ殺傷力の高さ。あまりにも常識離れした光景だ。
モンスターの鎧の中身、空洞を満たす暗黒気体が放出される。
ゴールデンアーマーにとっては鎧を破壊され、この気体が表に表出することこそ致命傷だ。中身の暗黒こそが本体であり、ある種のガス状生命体であるがゆえに……それを剥き出しにされ中空に霧散してしまえば、光の粒子となって終わるしかない。
しかしてエリスも必死だ、一撃を放った後も続けざまに二撃、三撃と斬撃を放つ。
意識に身体が追いつかない分を、先程同様《念動力》で無理にでも動かしつつだ。間違いなく今現在の彼女の、本来のレベル以上の動きをスキルは引き出していた。
そして、放つとどめ。
「終わりですっ! 犯した罪に、等しき罰を!」
「──!?」
裂帛の気合とともに叫ぶ、彼女の信念と正義。
どんな相手であれ、たとえモンスターであってもなくても関係ない。罪を犯したものには、それに対して同量の罰が与えられるべきだという、想い。
今回、このモンスターは地上に出て人々の安寧と平和を脅かした。その罪に対する罰を、彼女は探査者として与えたのだ。
奔る閃光、エリスのナイフ。
それに伴うエネルギーブレードの軌跡が青白く跡を残して、ゴールデンアーマーの首を横一閃に薙ぎ、刎ねる。
決着だ。全身の至るところから命そのものと言える暗黒ガスを放出させながら、モンスターは光の粒子となって消え果てる。
あとに残る静けさ。周囲のモンスター達もとうにヴァールによって駆逐され尽くしている。
この地での戦いが、終わったのだ。
「ふ、う────はあ、はあ、はあ、は、あ」
「エリス! ……エリス・モリガナ。よくやったが、怪我や異常はないのか? ゴールデンアーマーを単独で相手するなど、よくも無茶をする」
「は、い、いえ。大丈夫、です。少し、緊張が緩んで、疲れが……」
「無理に喋るな。ゆっくりと息を整えろ」
大地に両膝をつき、疲労困憊に荒く息をするエリス。全身には痛みが走り、身体の奥底、中心核から何か得体の知れないものが抜け出ていくような錯覚をも覚える。
そんな彼女に近づくヴァールが、同じようにしゃがみ、その震える肩を抱き寄せた。背中を擦り息を落ち着かせるよう促しながら、その横顔を見る。
少し疲れている様子だが、命に別状はなさそうな顔色。
蒼く輝く長い髪が汗に濡れて頬にまとわりつくのを指で取り除いてやりながら、ヴァールはそっと、この素晴らしい探査者な無事なことに安堵の息を漏らすのだった。




