12年前と、今と
──そこからのヴァール率いるWSOの行動は迅速にして果断だった。
今回の人為的スタンピード事件を第二次モンスターハザードと定義付け、解決のための特殊部隊を即座に結成し、そして自らとレベッカを責任者として据えて大規模に動き始めたのだ。
同時にヴァールは緊急時につき、普段は使用しない自前のスキル《空間転移》を行使。スイスのWSO本部とフィンランドのWSO支局を行き来しつつ、世界中の探査者へと協力依頼を呼びかけた。
そうして北欧内の探査者のみならず世界中から増援を用意して、まさかの統括理事自らもフィンランド現地の捜査を行うフットワークの軽さを見せつけてきたのである。
「と、統括理事自らが動かれるんですか!? ふ、普通あーゆー立場の人って、さっさとデスクに引きこもってふんぞり返りながら指示だけ出してるようなものだと思うんですけど」
「アホかァ! あのなシモーネ、そんなヌルい方じゃねぇからこそのWSO統括理事なんだよあの人は。もちろんヴァールさんだけじゃねえ、表のほう、ソフィアさんのほうもだけど大概ワーカーホリックだぜ。滅多なこと言うもんじゃねえや!」
「は、はいー!」
同じく対・第二次モンスターハザード部隊の責任者に任命された探査者レベッカ・ウェインが、フィンランドはネシ湖の畔にて弟子のシモーネ・エミールを叱りつけていた。
戦闘明け直後のことだ……数体、モンスターがこの近辺を彷徨いているという通報を受けて駆けつけた彼女達が、問題なくそれらを駆除したのである。
頬のそばかすをポリポリと掻きながら、シモーネは周囲を見た。誤魔化しのクセだ。
レベッカ相手にヴァールや、そのもう一つの人格であるソフィアを茶化すようなことを言うべきでなかったと人知れず後悔する。
眼前に広がる光景は、美しい湖の広々と凪いだ水面。つい先程まで、こんなに素晴らしい景観の場所で自分達は血で血を洗うように、モンスターとの戦いを繰り広げていたのだ。
情緒も何もないと内心、ため息を溢す。
20歳で探査者になって4年、レベルはすでに100もそれなりに超えてこの時代の探査者としてはかなりの上澄みにいる。
ダンジョン探査も、モンスターとの戦闘経験も同年代や同世代のなかでもかなり蓄積しているほうだ──そんな彼女をして、どうしても今この状況は違和感を覚えずにはいられないものだった。
師匠につい、愚痴めいた文句を言う。
「にしても、慣れませんよ……ダンジョンの外でモンスターと戦うなんて。そりゃやることはいつもと変わりませんけど、下手に逃がしでもしたら大変なことになりかねないってプレッシャーがすごいってゆーか」
「あん? まあ、第一次モンスターハザード以来、スタンピードはそんな頻発するもんじゃなかったしな。アレ以降に覚醒した探査者はみんなダンジョン探査がメインだし、開けた場所で、逃がしちゃまずいような戦いもなかなか馴染みはないか」
「ましてや、なんでしたっけ能力者解放戦線? なんだか知りませんけど、裏で糸引いてる連中は人間なんでしょ? 人間相手にスキルを使うかもしれないなんて、ゾッとしませんよう」
「ン……そいつぁ、そりゃそうだね。まさか私もまたぞろこんなことに駆り出されるたぁ思ってもなかった。能力者大戦を最後に、人間とやり合うことなんざもうなくて良いって願ってたんだがね」
ダンジョンの外での戦い。人間相手の戦い。
いつもの仕事とまったく異なる環境のなかで力を振るうことを求められているシモーネの本音は、レベッカとしてもうなずくより外ないものだ。
誰あろう彼女自身が、12年前に心底から厭うた事態がまた起きていたからだ。
かつてと変わらず北欧最強の呼び声高いレベッカだが、そんな彼女をして能力者大戦および第一次モンスターハザードでの経験は、もう二度と味わいたくないと思うような悲惨なものでもあった。
人間同士の殺し合い。モンスターに罪なき人々が殺される様。ソフィアとヴァールの指揮下にて、盟友達とそうした地獄を止めるべく戦ってきたというのに……またしても同じ過ちが繰り返されている。
気づけばもう40歳も見えてきた。肉体的にはともかく、精神的にはそろそろ疲れることも多々増えてきたレベッカには、こうした現状はどうにも堪えるものだ。
弟子が本音を漏らしたから、というわけではないのだが師匠もまた、ボソリと小さくつぶやく。
「……時代も流れて、過去は過去になったってことかね。私もそろそろ、身を退くってことも考えていきたいもんだ」
「レベッカさん?」
「いんや、なんでも。まあとにかくだシモーネ! ソフィアさんやヴァールさんが先頭切って踏ん張ってんだ、私らだってやって見せなきゃ申しわけが立たないぜ! おうさっさと帰って報告だ! たしかあの人も今、どっか出撃しとったなァ!」
「は、はい! ええと田舎のほうでモンスターが村を襲ってるようで、その対応に出向かれました! 現地の探査者が一人で踏ん張ってるみたいで、その救助です」
心に浮かんだ、ある種の弱音を今は噛み殺して話を切り替える。自身の進退、行く末を考えるのも今は目の前の騒動を片付けてからだ。
同じ空の下、ソフィアとヴァールも同様に戦っているのだ。負けていられない……と。どうしても12年前に比べ、意気込みに衰えがあることを自覚しながらもレベッカは手にした剣を鞘に納めた。




