チェーホワ宣言
アーヴァイン・マルキシアスを捕縛したことで事実上、人為的にスタンピードを引き起こしていた委員会は崩壊した。
後の取り調べでアーヴァイン達はあくまでこの、委員会という組織の中での一セクションでしかなく、つまりは国際秩序を乱す組織は未だ健在であることが判明するのであるが。
ひとまずは1945年初夏、この戦いをもってソフィア率いる能力者同盟の戦いに一区切りがついたのだ。
そしてそれはすなわち、能力者大戦の終結に向けてすべての障害が取り除かれたことをも意味する。
とりもなおさずそこから数カ月後の1945年、夏。スイスはジュネーヴ、国連総会と世界各国の総決議をもって平和条約が締結。世界は戦後を迎え、終戦は成ったのである。
「──世界に、人類に突然与えられたもの。スキル、レベル、そして称号。それら総称してのステータスを得た者、能力者。10年前に我々に訪れた変化は、同時に発生したダンジョンやモンスターも併せての大ダンジョン時代を迎える形で、社会を大きく変貌させました」
国連本部、総会を終えての終戦記念式典の場にて。能力者同盟盟主ソフィア・チェーホワは、壇上に立ち演説を行っていた。
その場にいる国連関係者や各国首脳だけではない……マスコミや生中継のラジオやテレビさえも通じて彼女は、世界中のあらゆる人に伝えようと訴えかけていたのである。
「ダンジョンやモンスターの脅威に対抗するため。そう思えてるかのごとく能力者だけが、それらに立ち向かう資格を得た。ですが我々人類には当然ながら意思があり、意欲がある。それゆえにこうなるのは必然だったのでしょう──そうした力を、各々が国を利するための兵器として使ってしまった。世界全土を巻き込んでの、大戦へと発展してしまったのです」
それは、人類が犯そうとしていた罪に対しての理解と、それゆえの糾弾だ。
しかしてソフィア・チェーホワのそうした物言いに、何を小娘が偉そうにと思うものは、もはやごく少数である。
世界中の誰もが知っていたからだ。能力者であるというだけの理由で人間を兵器としてしまった罪深さ。
そしてそこから彼らに手を差し伸べて、また兵器として使おうとしていた国々をも決死の想いで止めてくれた彼女達のことを。
能力者同盟とソフィアの名は、大戦を終結に導いた偉人としてすでに広く知れ渡り、圧倒的な支持を得ていた。
ゆえにこの演説を聞く誰もが、そのカリスマと来歴、成し遂げた功績をもって素直に受け入れたのだ。彼女にここまで言わせてしまう、能力者大戦はまさしく罪深い所業であったと。
けれど、そんな忸怩たる想いを抱える人類に対してさえ、ソフィアは慈愛と優しさをもって微笑んだ。
凛とした声で、けれど慰め癒やすように……戦いに疲れ切った世界へと、告げたのである。
「我々は罪を犯したのでしょう。能力者を使って人同士殺し合う、人道に外れた愚行を成した……ですがそれも今や終結を迎えたのです。であらば、我々はそれらを受け止めて今後、より良い未来を目指して進んでいかなければなりません。それが大戦で無念にも散ってしまった、ありとあらゆる命に対しての礼節であり、我々人類が成すべき責務であると信じます」
現実のこととして、能力者大戦は起きてしまった。あってはならない人殺しの戦いが、数年もの間続いてしまったのは変えようのない事実だ。
だからこそそうした過ちをもって人類は、せめて未来を良いものにしていくべきなのだ。そう解くソフィアを見て、能力者同盟三幹部達もまた深くうなずいた。
シェン・カーン。レベッカ・ウェイン。そして妹尾万三郎。決戦を終えて数カ月、ようやく傷も癒えた彼ら彼女らもまた、この式典に参加していた。
誰よりもソフィアの近くでともに過ごし、大きな影響を受けた三人だからこそ、彼女の演説に強く同意できる。
本当の勝負はあるいはここからだ。この世界大戦を最後の人類間の戦争にできるか否か。それがここから試されていく。
武力ではないところを問われる戦いの予感に、三人も未来に想いを馳せずにはいられなかった。
「ゆえに! 今ここに、私ソフィア・チェーホワはありとあらゆる類の正義と信念に則り宣言しましょう! これより先の未来に、これまでの過去と同じことを繰り返させないために!」
「ソフィア・チェーホワ……!!」
「この世に生きるすべての能力者には、人として生きる権利があります! 誰しもがそうあるように、ステータスを得た人類もまた、人間としてその自由意志と選択の権利を尊重されるべきなのです────ありとあらゆる人間が、等しくその権利を持つように!! 能力者にも、人権があるのです!!」
ソフィア自身の強い意志。熱意が叫びとなって式典会場だけでなく世界そのものへ木霊する。
能力者の人権を認める、それはこの時代にあって先進的な宣言だった。数カ月後、国連が採択する世界人権宣言にも強い影響を与えたと後世に伝わる宣言──"チェーホワ宣言"。
この宣言をもって、人々は改めて能力者の権利と自由意志を定義し直すこととなり、100年先にも続く大ダンジョン時代の基本理念を構築することとなる。
能力者大戦のなかで一切の権利を認められなかった能力者達が、一個の人間として社会参加できるように世界そのものが動くきっかけとなったのだった。




