自分以外のもののための強さ
炸裂した星界拳奥義、星界盤古拳。
渾身の力をも振り絞った先、まさしく全身全霊を込めて放ったカーンの最後の一撃はみごと、ワルドの胸を直撃し、その威力を余すことなく伝えきっていた。
「ぐ────あ、ば、かな。か、カーン……貴様ほど、の……男、が」
常人ならば即死ものの威力を受けて、しかしワルドは一命だけは取り留めている。とはいえ全身が総毛立ち震え、右腕と口からは大量に流血しているほどには重傷だが。
もはや戦う力はない──双方ともに。奥義を放ったカーンさえも、脚はガクガクと震え、力なくその場に片膝つくしかしようがなかったのだ。
それでも、勝ったのはカーンだ。それはワルド自身も認めざるを得ない。だが意外なのも事実。
彼ほどの武術家が、最後には見苦しくも第三者の手助けまで借りて勝利を欲するとは。そんな想いがつい、ワルドの口をついて出る。
カーンはそんな彼にも、弱々しい笑みをこぼしながら答えた。
「他者の力を借りるとは……か? 悪いが、今回ばかりは話が別だ。貴様は、強すぎた……」
「な、んだ、と」
「妹尾くんを……友を、救い出すため。平和な時代を実現するため。そ、そのためならば……!」
「私ら、の、拘りなんざ……ちっぽけすぎるってんだ、よぉ……っ!!」
「小娘……!!」
高潔な武人であろう彼のイメージとはまるで違う姿と行動に、つい、そうさせた張本人たるレベッカを見やる。
カーンや自分以上に傷だらけ、血塗れの女の巨躯。そして顔まで赤黒く染まっているが……その顔は、ひどく満足げだ。
大義のためにこだわりを捨て、普段ならば絶対に取らない戦法を取った。勝つために、手段を選ばなかった。
すべては友のため、世界のため。そして恩師と、彼女が信じ創り出さんとする新時代のために。二人は己を曲げたのだ。
どうしたことか、ワルドにはその姿こそが輝き、煌めいて見えた。己を曲げた者など侮蔑にも値しないはずが、どうしてかやけに敬意を表したくなる。
なぜか。と、意識の薄れゆくなかで彼は考える。こんなにも己と違う類の強さの、正体とは如何に。
「…………自分、以外の、何かのために。つ、強く、なれる……の、だな。お前達、は」
「……そうだ。ワルド・ギア・ジルバ」
「ふ、ふふ……そんな、力も、あるか。世界は、広い、な……っ」
────自分以外の誰か。自分ではない何かのために、強くなれる力。
なるほどそれは自分にないものだと、ワルドはどこか清々しい心地で意識を手放していくのだった。
ズドンと大きな音を立て、地に倒れ込む最強の敵。
満身創痍のカーンとレベッカは、息を荒げながらも顔を見合わせ、お互いにサムズアップで応え合う。
恐るべき敵だった。ワルドへの畏怖とそれを打倒した達成感が共通して二人の胸にはある。
「と……とんでもねえ野郎だった、コイツ……! このレベッカ様が、て、手も足も出ねえで……し、終いにゃカーンさんに、ぜ、全部任すしかなかった、なんざ、よう……」
「最強の能力者ではない。そればかりは、ヴァールさんがいる限りあり得ないのだが……少なくともそれに次ぐほどの強さであったのは間違いない。つまりは、世界で二番目に強い能力者か」
「ヴァールさん、なら、こ、こいつのこと、余裕で倒せたんだろうな……へっ、へへへ。せ……世界は広いや」
勝てはしたものの、実力そのものは完全にワルドのほうが上だった。悔しいものはありつつも素直にそれを認め、カーンとレベッカはその場に座り込んだ。
もはや一歩も動けない、そう錯覚するほどのダメージ。二人がかりでやっと倒せてこの始末では、どちらが勝ったかまるで分からないほどだ。
だが……と、カーンはヴァールのことを思う。
彼女からしてみれば、ワルドほどの強者であってもまるで不足している様子だった。最強の能力者を自称するワルドの一撃を難なく受け止め、あまつさえ露骨に眼中にない状態で軽くあしらう、まさしく一蹴さえしたのだ。
やはり最強はヴァールなのか。しかしそう確信を持てば持つほどに、彼女自身はそう考えていないことに慄然としたものを抱かずにはいられない。
出会いたての頃。カーンに道を示し、シェン一族を興しいつの日にか"完成されしシェン"を輩出すべく盟約を結んだ際の、彼女の言葉を思い出す。
『遠い未来、世代を重ねるごとに強くなっていく能力者達の中に必ずや、ワタシの求める者が現れてくれる……それがあるいは最後の希望だろう』
希望……名前だけ告げられた、"断獄"なるモンスターをいつの日にか打倒できるだけの実力を持った能力者。それがヴァールの、そしてソフィアの最後の希望だという。
どういった事情ゆえなのか。断獄とはなんなのか、いかなるモンスターなのか。そのあたりは何一つとして説明はないが、それでもカーンには一つだけ、信じられることがあった。
すなわち未来を目指し、世代を積み重ねることで能力者達は少しずつ、けれど確実に高みを目指して成長するということだ。
突出した個人さえ含め、全体がどんどんと時代とともに成長していく。そうしてやがては自分達さえ超える能力者が、当たり前のように現れてくれる。
そんな世界を目指しているソフィア・チェーホワを、彼は心底から信じているのだ。
「いつか、いつの日か……我々もこのワルドも。遠い未来では井の中の蛙でしかない時代が来てくれるのだろう、な」
「あん? ……へっ、違いねぇ。そうやって私らは乗り越えられていくのさ。少なくともソフィアさんもヴァールさんも、そいつを望んでる」
遠い空を見上げ、つぶやけば。同じ想いのレベッカもまた、空を見上げる。
妹尾を助け出すための、体力を取り戻すのに少しばかりの休息。その間に二人は、はるか果てしない未来を自然と、夢見ていた。




