カーン+レベッカvsワルド
激突する二人と一人の能力者……シェン・カーン、レベッカ・ウェインとワルド・ギア・ジルバ。
揃って1945年時点での大ダンジョン時代においてはそれぞれ最高峰の実力者であろう三者が、この決戦で雌雄を決しようとしていた。
「殺しゃしねえけど死ねやコラァァッ!! 《剣術》、ヘビースマッシュゥッ!!」
「図体だけの小娘がっ!! 妹尾の若造もろとも100年早いわあッ!!」
渾身の力をもって振り下ろしたレベッカの剣技。丸太めいた印象の分厚く大きい、斬るというより叩くためにあるような剣が無造作に振るわれる。
非能力者ばかりか能力者であっても一撃で死ぬ……こそないものの、半殺しに近いダメージは負うだろう。それほどの勢いと威力のそれを、しかしワルドは片手に持った剣で軽々と受け止めた。
それだけで伝わる実力差。ともに現時点での人類の上澄みというのは間違いないだろうが、それでも両者の差にある絶対的な差を感じ取り、レベッカは瞬間的に歯噛みした。
込み上げる悔しさ、けれど今は個人的な感情に流されるべき時ではない。たとえ一人では敵わずとも、今ここにいるのはもう一人。
それこそ自分以上の実力を誇る、シェン・カーンがいるのだ!
「であればその100年、我が星界拳が埋めてみせるぞワルド・ギア・ジルバッ!!」
「ぬうっ!? 挟撃か、カーン!」
「星界ィィィ龍ゥゥゥ拳!! シャァァァオアアアァァァァァァッ!!」
奇声にも近しい雄叫びをあげて、レベッカを食い止めるワルドの背中へとカーンが襲いかかった。
星界拳の基本にして彼の得意技、星界龍拳を放ったのだ。
目にも止まらぬ速度の蹴りが複数発、まっすぐに突き抜けるように対象を穿つ。
レベッカや妹尾と異なりレベル的にも技術的にも近しい位置にいる男の技は、たしかなダメージとしてその体に浸透し刻み込まれた。
「ぐ、うがはっ──!?」
「レベッカくん! 合わせろッ!!」
苦悶に呻くワルドに構わず、カーンは即座にレベッカに連携を呼びかけた。
本来、今の奇襲もそもそも二対一という構図もカーンからすれば不本意なものだ。武術家として、このような手段は卑劣ですらあるとも思う。
だが、そうした拘りをも捨てて今回、決死の覚悟でカーンはあらゆる手を躊躇なく使うと決めていた。
自身のプライドに拘泥して妹尾を蔑ろにすること……これこそが真なる恥。自らが興したシェン一族の子々孫々にまで顔向けできない失態であろうと信じるがゆえに。
護るべきはプライドに非ず、世界の秩序と人々の命、そして囚われし友人の未来。
そのために己の五体を駆使することこそ星界拳の本懐、いつの日か現れるはずの"完成されしシェン"へと至る思想なのだ。
「応さっ!! 蹴りか剣か選びな、オッサン!!」
「な……めるな、舐めるなッ!! カーンならばいざ知らず、貴様ごとき小娘ぇえっ!!」
「カーンさんに小突かれたくらいで私相手に狼狽する! そんなザマで何が最強の能力者だってんだ! テメェにゃやっぱりソフィアさんの相手は務まらないね、それこそ100年早いのさァ!!」
「貴様ッ!! チェーホワの犬風情が、この俺を愚弄するかァァァッ!!」
そんな想いを知ってか知らずか、レベッカと即座に連携に応じた。カーンの攻撃に体勢を崩したワルドを前面から押し切るべく剣に力を込め、同時に己か背後かの二者択一を迫る心理的な圧と挑発をもかけていく。
力任せのゴリ押しが得意と思われがちなレベッカだが、実のところこうした心理的な追い込みもそう苦手ではない。体格の良さや普段の言動の粗雑さから誤解されがちだが、彼女の本領は搦手をも交えての撹乱戦法にある。
つまりは地頭の良さや野性的な勘、センスによる才能的な心理誘導も得意なのだ。
こうした気質は今この時ではなく数十年後、一線を退き政治的な場に戦場を変えた時にこそ真価を発揮することとなるのであるが……さしあたりワルドとの戦いにおいては、その片鱗が輝きを放っていると言えるだろう。
挑発をものの見事に喰らい、憤怒に染まるワルドの顔。己を侮辱する者は何人たりとも許さぬとばかりに、背中のカーンを完全に無視して前方のレベッカへと剣と槍を振るう。
そう、槍だ。片腕だけで彼女の斬撃を受け止めていたのであれば、もう片腕は空いているのが必定。カーン相手に振るうか一瞬迷っていたのも瞬間的な激怒ですべてレベッカに向けることが定まり、彼は全力でそれを、怒りのままに差し向けた。
すなわち両腕を縦横無尽に振り回しての大乱撃。
レベッカのみならずカーンでさえ吹き飛ばしかねない暴力の嵐を、彼は前方へと解き放ったのだ!!
「ぬぅううううおおおおおっ!! 《剣術》、《槍術》! ──ぶち壊せすべてをォォォォォォッ!!」
「ぐうっ……が、あああっ!?」
「レベッカくん!?」
まさしく一騎当千、そんな言葉がよく似合う圧倒的前進。
すべてを飲み込む剣と槍をただただ振り回すだけの純粋極まる威力が、レベッカに直撃し。
────彼女の巨躯を全身斬り刻み、あっという間に血塗れの半死半生へと至らしめていた。




