未来へ繋ぐ鉄鎖の楔
先制はもちろん能力者同盟。そのなかでも最高戦力にあたるソフィア・チェーホワの裏人格ヴァールが行った。
彼女のメインスキル《鎖法》はとにかく汎用性が高い……一対一でも一対多でも集団戦でも乱戦でも、使い道がどんな形であれ必ずあるタイプの効果だ。
とりわけ今のような、モンスターの群れに対して仕掛けるケースがヴァール自身にとっても一番しっくりくる、そして慣れ親しんだ用途である。
すなわち前方、放射状に広がる景色を射程として一網打尽にする広範囲高火力攻撃だ!
「鉄鎖乱舞────鉄鎖収束!」
「ごぎぇっ!?」
「ぐるぉぉぉああっ!」
「ぎゃぉえぇぇぇぇ」
右腕から射出される無数の鎖のその先端が、次々にモンスターの群れを無差別に襲い貫いていく。
いとも容易く十数匹を葬り去るその威力と効率性、実力に……彼女の後を駆ける能力者達は、改めてその力に息を呑んだ。
常人にとってどころかこの時代、未だレベルの低い能力者が多い状況にあっては、100匹近い群れともなれば同じ数の能力者て対抗してもなお命を捨てる覚悟で臨まなければならないだろう。
今回の決戦とはつまり、能力者同盟にとっては半ば決死の覚悟での戦いでもあったのだ。それを、ヴァールはたった一人で覆しつつある。
後を追うカーンとレベッカが、畏怖に震えながらも笑みをこぼした。
「相変わらずすさまじい力だ……! 届かないのが悔しいがしかし、味方にいてくださることがこんなにもありがたく心強いことはない!」
「スキルで鎖を出すってのがもうとんでもねえ! こんなすげえ人がこれからの世の中、大ダンジョン時代を引っ張っていくんだ! へへへ、ワクワクするねぇオイっ!」
ともにソフィアに傾倒し、弟子にも近しい立ち位置にいる二人。この場にいない妹尾もそうだが、それゆえに師匠めいた目の前の少女の圧倒的強さと頼れる背姿がひどく印象に残る。
今日をもって委員会との決着がつき、数ヶ月後に能力者大戦終結のための条約と人権宣言が行われれば……そこから先の世はまさしく大ダンジョン時代社会となるだろう。
ソフィア・チェーホワ率いる能力者同盟が真に国連の一組織として組み込まれ、彼女を指導者として新たな国際社会の秩序が作られる予定だからだ。
能力者と非能力者が共存する社会構築。そしてその先にある彼女だけが背負う、重く深い使命と責務。
ソフィアの双肩にかかる途方もないナニカの重圧を、薄っすらとであるが三幹部達は理解していた。
だからこそ、カーンとレベッカはその背を追う。今現在、誰よりも彼女に近いからこそ、負けていられない。
いつか必ずその期待に応え、追い越していくために……二人は、鎖を放つヴァールに飛びかかるモンスターに応戦した!
「星界龍拳ッ!! ソフィア様には指一本とて触れさせん!」
「ウゥゥゥルァァァッ!! 来やがれ雑魚ども、まずは私らが相手だァ!!」
「カーン、レベッカ……助かる!」
当然、ヴァール自身にも十分対応可能なタイミングでの襲撃だったが、だからといって助けが入ったことを感謝しない道理もない。
ヴァールは迅速に《鎖法》を解除。モンスターを貫き終えた鎖を一度消しつつも二人へ感謝を告げる。だがまだこれからだ、敵はまだまだいるのだから。
次なる敵の群れへとまた、鎖を放たんとした、その時。
モンスター達に混じって一人、人間がいるのを見て取り、彼女は困惑の声をあげた。
「なんだ? あの群れの中に人間がいるのか……どういうのだ、委員会の輩か!?」
「! あれは、あの男は!」
「────見つけたぞ、ソフィア・チェーホワァッ!!」
周囲のモンスターさえも巻き込んで叩きのめす嵐のような勢い。有象無象の区別なく走り寄ってくる男の姿に、ヴァールは唖然としカーンは目を見開いて叫んだ。
と、同時に男が天高く空を飛ぶ。常人には考えられない、20m近い大跳躍! その信じがたい飛距離に、即座にヴァールは気づいた。
かなりの高レベル能力者だ、そしてそれが自分めがけて落ちてくる……左手に剣を、右手に槍を携え強い殺意を示しながら。
モンスターさえ倒しながら進撃してくるのはともかく敵であるのには間違いない。再度、放とうとしていた《鎖法》の鎖を右腕に巻き付け、彼女は男の攻撃を真正面から受け止めようと腰を落とした。
レベッカの叫びもまた、聞こえる。
「あの野郎ぉッ!! ワルド・ギア・ジルバ!!」
「剣と槍の無双を見よ、そして死ねチェーホワ!!」
「《鎖法》、鉄鎖防壁! この鎖、断てるものなら断ってみせろ!!」
この男が妹尾を誘拐した輩か、と瞬間的に思ったのはそんな程度のことだ。身体はすぐさま防御行動を取り、勢いをつけて振り下ろされた剣と槍の二重攻撃をたしかに受け止めガードしていた。
強い衝撃をその身に感じる。これまでにない、カーンやレベッカにも見られない威力。なるほど、たしかに最強を自称するだけはあるとヴァールは納得する。
──だが、まだ足りない。あまりにも足りない。
「悪に走ったのが惜しい程度には強い。だが、それだけだ」
「何……っ!?」
「この程度ではワタシを打ち破るには足りん。ワルド・ギア・ジルバとやら……お前では無理だ」
己の求める能力者の強さにはまったく到達できていない、その一点をもってヴァールは落胆とともに言い放つ。お前など最強ではない、と。
必殺のはずの一撃を、容易く受け止めた挙げ句に門前払いのようにいなされてはさしものワルドも目を見開かずにはいられないでいた。




