インターミッション2
一方その頃。オーストラリアはアデレート付近、委員会と呼ばれる組織のとあるセクションが本拠地としている地下施設にて。
能力者大戦を隠れ蓑に人為的スタンピードを連続して引き起こしていた、アーヴァイン・マルキシアスは苛立たしげにウイスキーを呷り、管を巻いていた。
「おのれソフィア・チェーホワ……! やつのせいで我々の計画も完全にご破算だ、目的未達も良いところではないか、これでは!」
「ご機嫌斜めだな、大将? まあどうでも良いが俺にも一杯よこせ、ひとまずはひと仕事終えたのだから呑むくらいさせろ」
アーヴァインはじめ、グループに属する者達が集い語らう談話室も、今となっては数人が利用するのみだ。その上で今は彼ともう一人、ワルド・ギア・ジルバしかいなかった。
他のメンバーは急ピッチで用意を進めている真っ最中だ……最終決戦の、である。
先日にワルドが単身、能力者同盟が誇る三幹部を襲撃してその中のひとり、参謀役の妹尾万三郎を捕縛して連れ帰ったのは記憶に新しい。
これはアーヴァインの依頼によるものだった……大戦終結間近を迎え、せめて最後に憎き同盟に一矢報いたい。そう思っての先制攻撃と果し状の意味を込めてワルドを向かわせたのだ。
アーヴァインが空いたグラスに酒を注ぎ、ワルドへと手渡す。
それを勢いよく喉に流し込んでから、自称"最強の能力者"は不敵に笑った。
「いよいよ雌雄を決するか。と言って、俺は単なる雇われだがな。とにかくあのチェーホワと真の最強はどちらか、白黒つけられればそれでいい……妹尾とかいう若造もそのためにわざわざ攫ったのだからな」
「ふん、戦闘狂め。それで妹尾万三郎はどうしている? 何かチェーホワの正体について聞き出せたりはしたか」
「いや? あれもまだまだ青いがそれでも肝の据わった戦士だ、多少痛めつけたところで弱音一つ吐かん。そんな無駄なことをするくらいなら、動けん弱者を甚振るよりもチェーホワに直接聞いたほうが手っ取り早いだろうさ」
鷹揚にうなずき、ただ迫る戦いの時を心待ちにしているだけのワルドに舌打ちを一つ。アーヴァインからしてみれば、この雇われの男は戦力としては一級だがしょせんそれだけの男でしかない。
ただチェーホワと戦いたいから依頼を受けただけの輩が、しかしこの決戦においてはこちら側の切札となるのだ。暗澹たる有り様。
ため息を噛み殺し、彼は内心毒づいた。
(バトルジャンキーめ! ……目的意識も何もない、気分次第で次の瞬間にはこちらにも牙を剥きかねん狂犬なぞにチェーホワとの決着を任せなければならんなど、情けない話だ!)
つくづくメイリィとエーノーンを先に捕縛されたのは痛かったと内心にて嘆く。せめてその二人、いや最低限どちらか一人がいればそれだけでもずいぶん状況は変わったろう。
だが現実は二人ともが揃って捕縛、逮捕された。もはやその時点で自分達には目的遂行能力などなくなったのだろうと、自覚するには十分すぎる話だった。
負けたのだ。完膚なきまでに。
それでもなお決戦を挑むのは、せめてやつらに一矢報いたいという意地と……やはり、ソフィア・チェーホワという極めて意味不明な存在の正体に、欠片だけでも近づかんとするためだ。
「本当に何者なのだ、あの女は……どこからともなく現れ、瞬く間に能力者同盟を結成して国連と協力体制を構築した化物。能力者としても随一の実力を持ち、あのシェン・カーン、レベッカ・ウェインでさえ及ばないと聞くが」
「表舞台に現れてもう5年以上は経つというのに、一切見た目が変わらんというのもおかしな話だな? 普通、あの年頃の娘であれば5年もあれば否応なしに成長するだろうに。どうでもいいことではあるが」
「人間かどうかも怪しいものだ……神や悪魔、あるいは妖精の類とでもいうか? そんなバカな!」
吐き捨てるアーヴァイン。彼にとって神や悪魔など幻想の存在はしょせん造り物。時の権力者が都合の良い形で権威を示すために捏造した、単なるまやかしに過ぎないというのが持論だ。
それゆえに年を取らない、不老のようにさえ思えるソフィアの"変わらなさ"は、ワルドの言葉を一笑に付すとしてもどうにも拭い去れない不穏さ、不自然さを強く感じさせるものであった。
一方でワルドはそのあたり、特に何も思うところはない。彼にとって重要なのは強いか、弱いか。それだけだ。
彼は己の強さを絶対視している。ステータスをも一部として、ワルド・ギア・ジルバそのものの強者性を心底から信じているのだ。
名前 ワルド・ギア・ジルバ レベル306
称号 不撓不屈
スキル
名称 剛力
名称 頑健
名称 格闘術
名称 気配感知
称号 不撓不屈
効果 戦闘時、腕力と耐久力、敏捷性に補正
スキル
名称 剛力
効果 腕力に補正
名称 頑健
効果 耐久力に補正
名称 格闘術
効果 格闘技の習熟速度に補正
──この時代においてはおそらく、ヴァールを除けば彼だけであろうレベル300オーバー。カーンをも超える戦闘経験を、ワルドという男は積み重ねてきていた。
スキルこそ一般的な探査者の域を出ないが、称号である《不撓不屈》によるパワー、ガード、スピードそれぞれへの補正もある。まさしく最強を自負するに足るだけの実力が、彼には備わっているのだ。
だからこそワルドは試したかった。そんな最強の自分を差し置いて世界最強とまことしやかに囁かれているソフィア・チェーホワの実力とやらを。
そして正面からぶつかり合い、これを下すことで自らが真の最強なのだと示したいのだ。
「楽しみだ。ああ……楽しみだぜ、ソフィア・チェーホワ」
うっとりと一人、笑う。
能力者として、戦いに取り憑かれた狂戦士の闘志は完全にソフィアへと向けられていた。




