敗戦、そして
能力者同盟幹部三名、襲撃を受けて負傷。
シェン・カーン、レベッカ・ウェインは二人とも命に別状はないにせよ入院し、妹尾万三郎は襲撃犯の手に落ち、攫われたという。
その報せは当然ながら同盟トップたるソフィア・チェーホワの耳に入り、即座に彼女はオーストラリアへと向かった。
──ソフィアとしてでなくヴァールとして。現状彼女のみが世界で唯一持つスキルの一つ、《空間転移》を使用しての瞬間移動である。
《鎖法》、《空間転移》、《アルファオメガ・アーマゲドン》と他に類例のないスキルを、三つも保持する彼女の正体は今はまだ語られるべき時ではない。
ただ確実に言えることは、どのような状況であれその力は善良なる人々のために振るわれるということだけだ。
ともあれ、ヴァールは即座にカーン、レベッカの入院している病院を訪ねた。
多少の怪我はあるものの、特に重篤なことにはなっていないらしく、いわゆる検査入院の側面もあるとのことで二人ともピンピンしていたのだが。
その分、いいようにしてやられたことへの悔しさが怒りとなって、二人を激憤させていたのも事実だった。
病室内で、レベッカとカーンが吼える。
「ンの野郎ォォォッ!! ぜってぇ許さねえ、次あったら背骨へし折ったらァァァ!!」
「不覚ッ!! 友との語らいに腑抜けてしまった、これでは星界拳の名が泣くッ!! ……この始末、せめて妹尾くんを救い彼奴の手足をへし折ることで晴らさねばなるまいッ!!」
「…………まあ、ひとまずは元気そうで良かったが。うむ」
友であり、あるいは思想面での教え子とも呼べる三人を襲った不幸。
妹尾についてはまだ予断を許さないが、それでもレベッカとカーンはほとんど問題ないようで安心する思いのヴァールであったが………
それはそれとして、あまりに激怒しすぎている彼と彼女については、少しは落ち着けと言いたくなっていた。
それぞれ敗北し、挙げ句妹尾を攫われたことに対してプライドを傷つけられたところはあるのだろうが、ここで興奮しても仕方がない。
それ以前に病院内で騒ぐな、大人しくしていろと。
呆れも顕にヴァールは二人にそう告げるのだった。
「騒ぐな、落ち着け。この病室はお前達しかいないが隣室や通路の人々を驚かしてしまうだろう。そもそもお前達も休息が必要だ、大人しく英気を養え」
「ですがねえ、ヴァールさん! こうしてる間にも万三郎のやつぁ、拷問の一つにでもかけられてるかもしれねえんですぜ!!」
「彼もレベッカくんも一廉の戦士。もちろん私とて万全であれば遅れを取るとも思えませんが……それでもあのワルドという男は異様なまでの強さでした。妹尾くんの身が心配なのは正直なところです」
「だからといってここで騒いでどうなると言っている。一端の戦士たらんとするならば要所は弁えろ。カーンは多少分かっているだろうがレベッカ、君はまだまだそこが課題だな」
「ぐむ……っ!! め、面目ねえ」
冷静極まるヴァールの指摘に、カーンはもちろんレベッカでさえも冷水を浴びせられたように鎮静するしかない。
人であるならば当然持つだろう感情の起伏、興奮、あるいは怒りや憎しみ。そうしたものにとんと無縁なのがこのヴァールという存在だ。
普段はソフィアの人格の影に潜み、ひとたび争いごととなれば交代して表出、無感情無表情に圧倒的な力で敵を屠っていく。
襲撃犯ワルド・ギア・ジルバは己を最強の能力者と言ってのけたが、それはまさしく過言だろう。このヴァールという存在こそが、1945年現在の大ダンジョン時代における真の最強の能力者であった。
そんなヴァールに諭され、落ち着く二人。
そうしてカーンがここに至るまでの経緯を語れば、彼女はやはり冷静沈着にふむ、と顎に手をやりつぶやいた。
「妹尾はワタシを呼び出すための餌で、ワルド・ギア・ジルバなる輩とその雇い主のアーヴァイン・マルキシアス率いる委員会は雌雄を決するつもりでことを起こした、と。連中もどうやら業を煮やしたようだな」
「って、言うと?」
「世界平和条約と能力者人権宣言の発表に伴う、能力者大戦の終結はもはや確定事項だ。それまでに多少強引にでも、ワタシを引きずり出してあわよくば仕留めたいのだろう。よほどソフィア・チェーホワに謎めいた脅威を感じ取っていると見える」
終戦は間もなく訪れる。数年続いた能力者を兵器として扱った非人道的世界大戦も、国連と能力者同盟の尽力の甲斐あってようやく終わりを迎えようとしているのだ。
だからこそ委員会は勝負を急ぎたいのだとヴァールは推論を立てた。
連中の目的、スタンピードを人為的に引き起こすことで社会的混乱を招いた後に何がしたかったのか……そこについては未だ定かでないが、ことここに至ってはもはや無理筋だろう。
ゆえに最後に、自分達の邪魔をしてきた能力者同盟のトップたるソフィアだけは仕留めたい、と。そういうところではないかと当たりをつけたのだ。
「そういうことであれば、こちらとしても都合が良い。どうでもいいテロ組織になどいい加減、構っている暇も惜しいのだ。一息に決められるチャンスがあるのならばこちらも存分に活かさせてもらおう」
「! 打って出るんですね、ヴァール様!」
「無論だ、妹尾も救出せねばならん。行くぞ……決戦だ」
力強くカーンとレベッカに、最終決戦を仄めかす。
ヴァールにとっても、この事件の終わりは近いという確信はたしかにあった。




