刺客
ハオ・メイリィおよびレノ・エーノーンの捕縛を契機に明るみとなった、委員会の名前と存在。
しかして今回の件における首謀者とも言うべき同組織傘下グループのリーダー、アーヴァイン・マルキシアスの足取りは連中の本拠地とともに依然、謎に包まれたままだ。
1945年春頃。この頃になるといよいよ能力者大戦もその大半の参加国が国連の指導を受けつつも能力者達を解放しており、世界平和への機運が頂点に達しつつあった。
実際これより数カ月後の8月には能力者人権宣言とともに国際平和条約が締結され、約3年続いた世界大戦に終止符が打たれることとなる。
一方でその準備のため、能力者同盟盟主ソフィア・チェーホワが政治の場に駆り出されたことで、上記アーヴァインとアジトの捜索はシェン・カーン、レベッカ・ウェイン、妹尾万三郎の三人が主体となってこの時期、活動していた。
三人一組になって津々浦々の情報を虱潰しにあたって回り、少しでも敵の居場所を突き止めようと世界を旅していたのである。
後の世には第一次モンスターハザードと言われることとなるこの事件、この騒動。
解決の立役者はもちろんソフィアでありヴァールであったのだが、同様にカーン、レベッカ、妹尾の三名もまた、大いに貢献していたのである。
「参ったねえ、どーも。こうも外ればかり引いてるんじゃ甲斐がねえや」
イギリスはコーンウォールの酒場にて。能力者同盟に寄せられた委員会の情報を辿ってこの地を訪れたレベッカが、ビールを呷りつつもぼやいた。
今回で10箇所、世界中を船旅なり車旅なりで巡っては委員会らしき怪しげな集団を追っているのだが、正直なところ成果は芳しくない。
実際、スタンピードを引き起こそうとしていた委員会の一団に出くわしたことは何度かある。
カーンや妹尾とのトリオで連中を倒して捕縛したものの……しかして最初に捕まえたメイリィやエーノーンクラスの幹部でないいわゆる下っ端のようで、なんら本拠地につながる情報を得られていないのだ。
その他は大概が聞き間違いか見間違いといった情報ミス。中には別口の犯罪組織が関わっていて余計に話がややこしくなりかけたりと、なかなかに捜査は難航していた。
同じく酒を飲んでいるカーンが、いかめしい顔をしつつも腕を組む。
「うーむ。別働隊の者達も似たり寄ったりな状況と聞くが、さてどうしたものだろうか? このままでは一生、同じことを繰り返しているだけのような気がするのだが」
「同意同感、私らは迷子探しのお巡りさんじゃないんだよ。こんな広い地球にたった一人のワルとその住処を探り当てろなんて、無理に決まってる」
「しかして野放しというわけにもいかないよ、レベッカくん。カーンさんはお分かりでしょうが、やつらは次の大戦の引き金にさえなりかねません」
「うむ、それは間違いない。委員会……彼奴らは何をおいても最優先に叩き潰さねばならない者どもだ」
レベッカ、妹尾それぞれに意見はあれど、カーンの主張には概ね同意してうなずいた。
委員会。それそのものは早急に壊滅させねばならない危険な連中であることは間違いない。ないのだが……ただ闇雲に探しうろつくだけでは、到底届くことはない気もするのだ。
何か、決定的な足がかりとなる情報があれば。
鬱屈とした感情を持て余し、酒を呷るレベッカ。妹尾もカーンも、それに倣って盃を傾ける。
そんな時だった。
三人に気づかれることもなく一人の男が近づいていた。ローブ姿にフードを目深に被り、気配も静かに語りかける。
「委員会を探しても無駄だ、チェーホワの飼い犬ども」
「…………あん?」
「能力者同盟も国連も、委員会には辿り着けない。辿り着こうとすればどうなるか、今から分かるからだ。哀れな三匹の愚者を贄として、な」
「……何者だ、キサマ」
「委員会の手の者か?」
静かに、けれど明確な敵意と殺意を見せる男に、レベッカは即座に殺気立ち、カーンと妹尾はすぐさま警戒の色を滲ませる。
三人とも、多少の酔いは自覚しておりこれはまずいか、と冷汗を内心にてかきながらの、戦闘態勢への移行であった。
対する男はまったくの無風。三人の殺気や闘気を受けてもなお、一切怯むことなくむしろ、嘲笑さえ浮かべている。
その余裕の姿に、カーンだけは背中に冷たいものを走らせていた──武術家としての過去の経験上、こうした振る舞いを見せる人物は大概が厄介な輩が多い。
強さ的にも、言動の危うさ的にもだ。
そもそもまさか、こんな人通りの多い酒場で仕掛けてくるとも思っていなかった自分自身を呪っていると、男は軽く笑ってそんな彼に応えた。
「委員会と言えば委員会かもな。いわゆる雇われでね、今は委員会に属して依頼を遂行中だ。依頼内容は……分かるだろ? お前らの前にこうして姿を見せたなら」
「…………我々を、始末するとでも? よもや暗殺者を差し向けるとも思いませんでしたが、たった一人で何を」
「自意識過剰なやつだな? お前らなんぞ眼中にもないさ」
「ん、だと……っ」
妹尾をせせら笑う姿に、レベッカがいよいよ怒りを露わにしていく。彼女にしても目の前のローブの男は只者でないと分かっていたが、避けられない戦いというものもある。
それに何より、この薄ら笑いを力ずくでも消し飛ばしたくてたまらないのだ……今にも斬りかかりそうなレベッカを、あえてさらに挑発するためか、男はいよいよジェスチャーさえつけて言った。
「目的は、ソフィア・チェーホワただ一人。可愛らしい子犬が多少吠えようがそんなのはどうでもいい、飼い主さえ躾ければなんとでもなるからな」




