終戦の兆し
世界大戦の間隙に乗じて、各地でダンジョンからモンスターを引きずり出して人為的なスタンピードを引き起こしていた謎の集団。
その中でも幹部格らしい男女、レノ・エーノーンとハオ・メイリィを激闘の末に制し捕縛した能力者同盟は、二人に行った尋問を経て初めて"委員会"という組織の存在を知覚した。
規模も由来も不明、構成員であるはずのエーノーンとメイリィでさえ、立ち位置的には下部セクションのさらに末端、人為的スタンピードを引き起こすためだけに作られたグループの中での幹部だと言う。
これには報告を受けたソフィアも絶句し。事態が、そして敵対者が想像以上に複雑かつ厄介な手合だとここに来て気づいたのである。
1945年、2月。巷ではいよいよ世界大戦終結に向け、国連主導での世界的平和条約と能力者人権宣言が用意されつつある頃合い。
大戦終結の立役者とも言える英雄ソフィア・チェーホワは、自身の執務室にていつもの教え子三人を交え、話し合いを行っていた。
「委員会……そんなわけの分からない組織が、わけの分からない規模で暗躍しているだなんて。しかも今回の件に関わっているのは組織内の一グループに過ぎないとか」
「大変憂慮すべき話ですね、ソフィアさん」
沈痛な面持ちで委員会の存在を口にするソフィアに、妹尾万三郎もまた厳しい面持ちで答えた。カーンやレベッカも同様に、難しい表情でいる。
集団である以上、何かしら組織らしい規模でいる連中だろうとは思っていたがこれは桁違いだ。
何を目的として蠢いているのかは知らないが、少なくともスタンピードを人為的に引き起こしているメイリィやエーノーンのような手合は、組織においては掃いて捨てるほどにいる人材でしかないのだと……他ならぬ捕らえた二人が自供していたのだから、頭を抱えるしかない。
「あの殺人鬼ババアに時代錯誤なウエスタンオヤジも、戦闘力は厄介な連中だった。そんなのを率いてスタンピードを主導してやがるアーヴァイン・マルキシアスって野郎でさえ、委員会の中じゃ精々グループリーダーってところなのが腹立たしいね。ったく」
「あのような危険な能力者達を、多数擁しているだろう委員会とやら。一体何が真の目的なのか……まさかいたずらに社会を崩壊させたいだけでもないだろう。その後に成したい何かがあるはずです、ソフィア様」
「そうですね。間違いなく何かしらの野望、野心の下にその組織は動いているはず。とはいえ捕らえたレノ・エーノーンおよびハオ・メイリィも、そのあたりについてはおろか上部グループの構成員も知らないというのが不気味かつ周到です」
顎に手を当て考えるソフィア。
委員会の目的が一体どこにあるのか。そもそもどういった理念の元に動く組織であるのか、彼女にとっても気にならないわけがない疑問点だ。
とはいえ現状、圧倒的に情報が不足している以上考えるべきはそこではないのも事実だった。
目処が立ちつつあるとはいえ事態は未だ危急、能力者大戦も終結していなければ、グループの幹部を捕らえたと言っても首魁の居場所も本拠地も割れていないのだから。
目下のところはその傘下グループとして人為的スタンピードを引き起こしている首魁、アーヴァイン・マルキシアスなる男の所在地や、グループそのもののアジトを調査するほうが優先度が高い──目まぐるしく回転する脳内は即座にそう結論付け、三幹部達に指示を出すべく彼女に口を開かせた。
「私はこれより能力者大戦終結に向けての平和条約の作成、および能力者の人権保障を謳う宣言の製作に向けて国連事務総長および事務次官と話を詰めます。その間にあなた達には連中のアジトの調査をお願いします」
「分かりました。とうとう戦争が終わるんですね……」
「これでひとまず落ち着くと良いんだけどなあ。私ら的にゃ、マルキシアスとやらが率いるアホどもを捕まえきらねえと、とてもじゃないが宴会の一つもできないけどね」
「とはいえ、とても大きな一歩だよこれは。だからこそアーヴァインを追う我々の任務もまた、責任重大ではあるのだけど」
ソフィア自身は国連に組み込まれた能力者同盟のトップとして、前線でヴァールに戦いを任せる以上に政治の場で議論するという、別口の戦場がある。
それゆえにカーン、レベッカ、妹尾にこそ委員会の足取りを追わせるようにしたのだ。
三人の能力者同盟幹部達は快くそうした指示を受けつつ、ようやく世界大戦の終わりが明確に見えてきたことに安堵の息を吐いた。
そもそも戦闘に興味のない妹尾はもちろん、武術家や戦士としてモンスター相手には気炎を吐くカーンやレベッカもこの数年の戦いには辟易し始めていた。
何しろ人間の能力者ばかりを相手にしてきたものだからいい加減、心苦しく思っていたのだ。人殺しこそしていないが、それでも同胞を傷つける感覚は言いようがなく不快だ。
だからこそ今、訪れようとしている平和を諸手を挙げて喜びつつも……それを邪魔している委員会はアーヴァイン・マルキシアスに対しては、なんとしてでも早急に打倒して捕まえなければならないと心に誓っていたのである。




