疾風を断つ豪脚
サバイバルナイフを両手に持ち、遮二無二突っ込むエーノーン。一見すると自暴自棄にも似た吶喊であったが、一応彼には秘策があった。
彼自身が持つスキルの一つ、《疾風》の力をフルに使うのだ。
名前 レノ・エーノーン レベル96
称号 スピードスター
スキル
名称 疾風
名称 剣術
名称 気配感知
称号 スピードスター
効果 保持者の敏捷性に補正
スキル
名称 疾風
効果 移動速度アップ。加えて発動後10秒間、超高速で動くことができる
上記がレノ・エーノーンという男の、能力者としての力のすべてだ。とりわけこの《疾風》というスキルは、彼のアイデンティティーに近い重要なものであった。
元々は《俊足》という、移動速度をアップさせるスキルだったのがある日突然変化したのだ。
歩いたり走ったりする際に効果を発揮する元スキルから、さらに踏み込んで《疾風》は自身の行うあらゆる動きが視認できなくなるほどの速度になるという効果も加わった。
発動後10秒という限定条件がついたものの、極めて強力なスキルだ……このスキルを得て以降、エーノーンにとって自身の代名詞のようなものにさえなっていたのだった。
「星界拳の威力、その身にしかと刻み込めッ!!」
「《鎖法》、鉄鎖乱舞! 容赦はせんぞ、レノ・エーノーン!」
片や蹴りを繰り出す構えのシェン・カーン、片や鎖を顕現させたソフィア・チェーホワ──否、ヴァール。
どちらもエーノーンなど瞬く間に叩きのめしてしまえる実力者だ。だがだからこそ一矢報いて見せようかと、彼のテンガロンハットの奥、瞳は淡く戦意が滲んで光っていた。
自分ならできる。自分の、《疾風》を使いし業でなら。
強い確信とともに、彼は交戦するその寸前、己の持つ最大最高の切札を切った!
「《疾風》──アクセラレート・オーバードライブッ!」
「進化スキル……! ちいっ、鉄鎖乱舞!!」
スキルを発動。10秒間のみ、彼はまさしく疾風となってカーンとヴァールに迫った。肉眼では視認できないほどのスピードで、特にカーンからすれば、風が吹き抜けるような感覚しか残らないほどの速度だ。
しかして相対する二人に怯む様子はない。たとえどれだけの速さでも、どれだけの強さでも……世界を混沌に陥れようとする者に対して、一歩も退くことはしない!
すかさずヴァールが《鎖法》を使用し、その右腕から前方にかけて放射状の鎖を複数本、放った。
彼女が用いる基本的な技の一つ、鉄鎖乱舞だ。
通常は複数のモンスターをまとめて絡め取り貫く用途なのだが、この場合は超スピードで動くエーノーンの進路を狭め、次の行動を分かりやすくするために用いられていた。
連携前提の技──畢竟、ともに戦うシェン・カーンに繋げるためのものである。
「謝謝、ヴァール様! 星ィィィ界ッ龍ゥゥゥ拳ンンンッ!!」
当意即妙に鎖の意図を読み取り、即座にカーンは技を放った。星界龍拳、彼が独自に編み出した武術である星界拳の中でも基本中の基本的な技だ。
それはすなわち始祖たる彼にとっては十八番、最も放ちやすく最も威力の高い技であるとも言える。
カーンもヴァールとはすでに10年にもなる付き合いだ。戦いにおいてはともに肩を並べることはここに至るまでほとんどなかったが、それでも彼女の意向は多少でも分かる。
わざわざお膳立てをしてくれたのだ、ここで極めなければ星界拳士にあらず。否、武人にもあらず!
敵が疾風となるのなら、己は風ごと断ち切る豪脚を繰り出そう。星界龍拳からさらに連撃の、派生技へと移行する。
雄叫びとともに、カーンの右脚が唸る鞭をも超えるしなやかさで飛び交った────!
「我が脚、我が技はッ! 風をも穿つ断空が技なりっ!」
「な、に────がはっ!?」
「疾風、それすなわち星界拳ッ! とくと目にせよこれこそが! 星ィィィ界ッ! 断ッ空ッ脚ゥッ!!」
まさに空気を裂く豪脚。能力者として常人の何倍にも強化された肉体から繰り出す脚は当然のごとく空気の壁を破った。
視認できないエーノーンの姿も、ヴァールのおかげで把握できていた。放射状に広がる鎖に進路を狭められた袋小路、星界拳にて狙い撃ちするにはあまりにも容易なターゲットだ。
星界断空脚。元より手数と速度を重視する星界拳にあって、現状ではその極地とも言える神速の足技。
心身ともに充実しきったカーンにより、過不足なく完璧なまでの練度でもって放たれたソレは、一陣の風となったエーノーンを捕捉した。
鳩尾に深く突き刺さる脚。
自ら突っ込んでいった勢いの分まで深くダメージを受けた男は、血反吐とともに呻いた。
「が、ぐ、う……こ、りゃ、勝てん、わ、な」
「敵ながら見事。風となりし者、レノ・エーノーンよ。せめて敬意とともに、我が星界拳は貴様を打ち倒そう」
「…………へっ、へへ。そ、う、かい」
「今は眠っていろ。次に目覚めた時は取り調べだ、洗い浚い話してもらうぞ」
カーンの敬意とヴァールの冷淡な言葉。それらを受けてエーノーンはただ、苦笑いとともに意識を手放した。
そして彼の打倒と捕縛、その後の尋問をもって……能力者同盟はいよいよ、委員会の存在に気づくことになるのであった。




