捨て置くしかできない亀裂
トレレボリを出立してストックホルムへ、車で可能な限り早く向かってほぼ半日以上。
件の首都が近くなってくる頃にはもう昼も過ぎて午後を迎え、途中の町で携帯食糧と水分だけを買い込んだ一行はそれを食みつつもなお、一心不乱に目的地へと向かっている。
「そろそろね……地図からすると、もうストックホルムが見えてきてもおかしくないけれど」
シモーネの運転する車の助手席、ソフィアが地図を眺めながらつぶやいた。後部座席にはレベッカが座っているものの、長時間の走行に飽きたようですっかり寝てしまっている。
弟子に丸投げして、まったく……と内心で思うものの、彼女は昔からこのくらい好き放題に振る舞ったほうが戦闘時、調子が上がるというのをソフィアもシモーネも知っているため、ここは好きにさせてやるべきかと判断して咎めないでいた。
さておき、ストックホルムだ。ずいぶんと近くまで来たと思われ、この調子ならばもう1時間とかけず都市部へと到達できるだろう。
快調な旅路だ。このまま理想を言うならば現地WSO支部施設へ向かい、シェン・ラウエンと合流して準備を整えきった上で周辺にて頻発しているというスタンピードに対抗できれば良い。
そしてその上でスウェーデンをも能力者解放戦線の魔の手から解放した勢いでもって、そのままノルウェーはノールノルゲへと進撃するのだ。
敵の本丸の位置がここまで絞り込めておいて、むざむざと二の足を踏むことはない。このへん、ソフィアは"その来歴"ゆえか攻め時と見れば時にヴァール以上に攻める質の性格だった。
「き、緊張してきました! シェン・カーンの直弟子? っていうんですかね、あるいは後継者? のラウエンって人、なんだかすごいんでしょう? 私とそう変わらない年齢みたいですけど」
「みたいねえ。ヴァールからの連絡メッセージにも、カーンくんさながらの武人の空気を感じたと書いてあったけれど……意識しちゃうのかしら? シモーネちゃん的には」
ハンドルを任され、またそれに足る巧みなテクニックで車を走らせるシモーネがしかし、ここに来て内心を軽く吐露した。
珍しいことだとソフィアは少しだけ目を見開き、優しくうなずき話を聞く体勢になる。ヴァールやレベッカはそれぞれの気質や立場から未だ、気付いていないだろうが……もしかしたら、この子は。
予てよりヴァールと交代で活動するなかでシモーネや周囲の仲間達を見ていくなかで、ソフィアは微かにだが感じていた。WSO統括理事の表側、政治家としての役目を担う彼女ゆえに気づけたほんの僅かな違和感。
どこまで踏み込むべきか悩んでいるうちにここまで来てしまったものの、このタイミングで直接話を聞けるのは僥倖かもしれない。
ソフィアは耳を傾ける。シモーネは、ぽつぽつと話し始めた。
「レベッカさんの盟友の、後を継ぐ者。立ち位置的には私と同じなんですから。正直、意識しないわけがありませんよ……だってこれで、揃うんですよ?」
「揃う?」
「統括理事、あなたの弟子の後継者ですよ。シェン・カーンさんにはラウエンさんが、妹尾教授にはトマスが。それにレベッカさんには私がいますし」
「ふむ……そしてヴァールには、エリスちゃんが?」
「っ」
その質問は、あるいはソフィアなりの意地悪に近いのかもしれない。ある意味俯瞰した立ち位置から今のパーティを見ることができている彼女だからこそ、すでにシモーネがエリスに対して嫉妬心を抱いていることも薄々、承知できていた。
それこそがソフィアの懸念だ。シモーネは元より自尊心が低い割に虚栄心の強い性格とは思っていたが、最近ではエリスの存在を悪い意味で意識してしまっていて、そうした性質を歪んだものに変えつつあるように思えていた。
今しがたパーティの若手、将来有望なメンバーとして挙げたなかにエリスを入れなかったことなどその発露だろう。
どこまで踏み込むべきか迷いつつもそこを指摘すれば、シモーネは哀れなまでに息を呑んだ。どうしようもない、エリスへの鬱屈を見せたのだ。
少しの沈黙。車内に広がるそれをあえて無視して、彼女は明るく言うのだった。
「…………いや、それはちょっとどうでしょう? とにかく、あなたの弟子の三人が、さらに弟子に取った私達は次世代の代表だと思うんです。つまり世界を牽引する中心メンバーです」
「私の周辺だけが世界を動かせるなどというのは思い上がりよ。けどシモーネちゃんやトマスくん、ラウエンくんも十分な素質はあると信じてるわ。もちろん、エリスちゃんにラウラちゃんも」
「……そんな次世代を担う者達がこうして三人揃っていたら、嫌でも比較しないわけにはいかないじゃないですか。負けるわけにはいかないじゃないですか。トマスはもちろんラウエンさんにだって、私はレベッカさんの弟子でありこれからの大ダンジョン時代を背負う英雄になる女だって知らしめてやらないと、頑張ってきた甲斐がないんです……!」
「シモーネちゃん……」
ひどい、凝り固まり方をしていた。
ソフィアの弟子であるレベッカの弟子であること。そのことを誇りに思うあまりにアイデンティティにしてしまっているのが、それこそ嫌でもわかってしまう。
そして同時に、トマスやラウエンはともかくエリスに対してのあまりに強いコンプレックスも、また。
この旅路のなかで、それなりにエリスとも仲良くやれていたように思っていたが。いや、実際に打ち解けるくらいはしていたのかもしれないが……けれど結局根底のところでシモーネは、ヴァールの後継者とさえ言えてしまうほどの立ち位置にいるエリスを認められなかったのだ。
それを理解して、ソフィアは瞑目した。これは無理だ、下手な介入は逆効果になると判断して。
(ここまで来てこれならもう、一刻も早く事件を終わらせて二人を引き剥がすしかないわね。人同士、好き嫌いはあって当然だもの。どちらが良い悪いではないけれど……エリスちゃんはシモーネちゃんにとって刺激が強すぎたかしら。思えばヴァールも私もレベッカちゃんも、すっかり気に入っちゃってるものね……)
最愛の相棒へと、自分達の失敗をつぶやく。ことここに至り、ソフィアはシモーネをそっとしておくことしか対処法はないと判断した。
無理に和解や腹を割って話させることはできない、それをすれば致命的な不和が訪れるだろう。だからこそ、決して最適解でないことを承知で最低限のフォロー以外は保留としたのだ。
やはり最優先は第二次モンスターハザードの解決であるがゆえに。
ソフィアは内心でこうなるまでにメンタルケアができなかったことを反省しつつも、同時に冷徹にそのような判断を下した。




