ストックホルムへ
翌日、早朝。予定通りにヴァール、エリス達はトレレボリを出発し一路、ストックホルムへと向かい始めた。
未だ陽光も指す前からの行動だ。そのためパーティメンバーはともかく非戦闘員のラウラは眠気眼、トマスが運転する車内にてエリスの肩を借り、夢現をうとうとしていた。
「ふにゃ……むにゃむにゃぁ……」
「ラウラの嬢ちゃんにゃ悪いことしてるぜ、まだ4時にもなってねえのにもう出発だ。早め早めに向こうに行きたいのは分かるが、ちと強行軍すぎやせんかねえ」
「それだけ、ヴァールさんは件のラウエン氏と早期に合流したいのだよトマスくん。そうして町のスタンピードを抑えてしまえば、いよいよ残るは敵の本拠地だからね」
「ノルウェー北部、ノールノルゲのどこか……範囲としてはかなり広いですね。拠点の目星はついているのでしょうか?」
車内には眠るラウラの他にエリスと妹尾がいる。助手席に妹尾が座り、後部座席にエリスとラウラが座る形だ。
ヴァール、レベッカ、シモーネは別の車だ──今現在、トマスの運転する車の前を軽快に走っている。そちらはシモーネがハンドルを握っていた。
そんななか、まだ15歳、あどけない幼さの残る少女ラウラが、時刻の早さゆえに起床できていないのも当然のことだとトマスが言う。
弟子からの言葉を受けて師匠の妹尾は、そうまでして早急にストックホルムへ進行しようとするヴァールの思惑を語った。
1957年の新春頃に起きた、この第二次モンスターハザードもそろそろ半年に差し掛かろうとしている。もはや春など遠く、夏を迎えようとしているのだ。
それだけの期間を戦い続けた甲斐はあり、北欧のスタンピードは終結しつつある──フィンランド、バルト三国の解放戦線は完全に沈静化され、残るはスウェーデンとノルウェーを残すのみだ。
やはり決戦は近い。そして敵も、完全に雌雄を決するつもりでいる。
だからこそヴァールもソフィアも急ぐのだ。最後の仲間であろうシェン・ラウエンと合流して戦力増強を図り、万全の体制で敵の本拠地ノールノルゲへと至るのだ。
しかし一言でノールノルゲと言っても広い。ノルウェーの北側地域を指すその土地は、全体の実に3割以上もの面積があるとエリスは事前に調べ上げていた。
まさかそのすべてが敵の手に落ちているとも考えにくいのだが、虱潰しに調査していくのも手間がかかるだろう。
そのあたり何か、敵の手を割り出すつもりなのかと聞いてみる。
ひとつうなずいて助手席の妹尾が、背後のエリスを一目見て語り出す。
「これまで各国にて、先んじて敵の動きを調査してくれていたエージェント達が今、ノールノルゲ全土を総出で調べ上げている。現地探査者や全探組職員も駆り出してね。完全に包囲網が形成されているんだ、心配せずともすぐに割り出せるはずさ」
「そうなんですね……できれば人のいない、周囲に害の及ばない場所での決戦となれば良いのですけど」
「敵はそのへん、見境がないからね。釣り出されてスタンピードを引き起こしているモンスター達はそういうものだから仕方ないにしても、能力者解放戦線の連中も大概、箍が外れているのは知っての通りだ」
「あの火野源一とか顕著ですわなぁ。エリスちゃんをああまで執拗に付け狙うようなやつは、そのためならなんでもしかねないってのは分かる話ですよ、教授」
「火野、源一……どうしてか私ばかりに執着する、異様な殺人鬼」
能力者解放戦線メンバーの異常さを、最もわかりやすく発露させているだろう例の男・火野源一の名を受けてエリスはその美しい顔を曇らせた。怒りと戸惑い、そして疑問の色が濃い。
これまでに追いかけ、追いかけられ、そして幾度となく戦うなかで……名前をひたすら叫んで狙い撃ちしてくるあの男を、エリスは一切受け付けず理解できていない。
そもそもの発端からして、あの男は故郷の親愛なる隣人一家を惨殺した赦せない殺人鬼だ。
その時の怒りは未だエリスを突き動かすもののひとつであり、だからこそ彼のおぞましい振る舞いに恐怖し怯えてもなお、正義の信念から一歩も引かず立ち向かえている。
そこに加えて、なぜだか他の仲間を差し置いて自分にばかり向かってくる執念。何やら勝手なことを喋ってくるのは分かるのだが、まともに聞いても何を言っているのかまるで分からない言葉の羅列の数々。
理解しているらしいレベッカなどは、憤怒に顔を染めてあの男を痛罵するのだが……エリスとしては、そのような反応をするほどのことを言われているのかさえ判別がつかない。
田舎の村娘として純真素朴に育ったからこそ、彼女には火野の下衆さ下劣さが、理解できないでいるのだ。
そんな様子の少女に、トマスも妹尾も黙り込むしかできない。下手なことを言えば、火野と同性の立場からしてあまりにエリスに悪い。
火野の欲望まみれの発言から、どことなくエリスへの情念に見えてくるものはあるのだが、それを教えたとて良い方向には向かわないようにも思える。
何より程度は違えどみな、レベッカと同じだ。
まさしく聖女然としたエリスに。優しく気高く強く、そして人を惹きつける美貌をも備える素晴らしい女性に……穢らわしい輩のおぞましい欲望の仔細など、知らせたくはないのだ。
エリスを嫌うシモーネでさえそうなのだから、火野がパーティ内でどれだけ嫌悪されているかが窺えようものだった。




