水面下の隔意
寡黙かと思いきや、急に激情的な叫びさえ見せる電話の向こうのシェン・ラウエンに、ヴァールはどうにも戸惑いつつもしかし、合流までの打ち合わせを重ねて行っていた。
聞けばラウエンはやはりストックホルム周辺のスタンピードに対応するため、都市から離れられないとのことで、であればこちらから迎えに行くべきだと考えたのである。
「おそらくだが能力者解放戦線としても、ノルウェーでの決戦に先駆けてスウェーデンでそれなりの成果をあげたいという思惑はあるだろう。ストックホルム周辺でスタンピードが特に頻発しているというのは、あるいは我々の動きを予想してのことでさえあるかもしれん」
『……それは、どういう?』
「連中はここに至り、ワタシ率いる対解放戦線パーティとの直接的な決着を望んでいる節が見受けられる。そこに来てシェン・カーンの後継たる君がスウェーデンで活躍しているのも当然把握しているだろうし、なんならばワタシ達が合流しようとしていることも想定済みだろう。そこを叩くことで我々の意気を挫き、かつスウェーデンの首都に大打撃を与えるつもりだ」
『それは! ……赦せん話です、我らを狙って周囲にまで被害を及ぼそうなどとッ!!』
敵への怒りに燃えて叫ぶラウエン。
至極もっともな感情だろう……つまりは自身やヴァール達を狙い撃ちするために、大勢の人々を巻き込んでモンスターをけしかけているのだ。
星界拳とシェンの名を掲げ、何より探査者としての正義の信念を貫き戦うラウエンがそこに憤りを抱かぬわけもない。
もっと言うならば背後にてやり取りを耳にしていたレベッカもまた、激怒に顔を真赤なものに染め上げていたほどだ。
「ふっざけやがってあのカス野郎どもがぁ……!! 白黒つけてぇんなら今すぐにでも目の前に現れて向かって来りゃ良いんだよ、何を人様巻き込んでモンスターハザードなんぞ起こしてやがる!!」
「れ、レベッカさん落ち着いてくださいよ、どうどう……」
「ヴァールさん! さっさと行こうぜストックホルムへ、この期に及んでモンスター頼りで舐めたマネしてやがる連中なんざぁ、もう一分一秒だって生かしておけねえぜ! 血祭りだぁ!!」
『そちらの方の仰る通りです統括理事ッ!! ともに力を合わせ、彼奴らの素っ首叩き落としてくれましょうッ!!』
「血腥いところで息を合わせるな! 落ち着け、レベッカもラウエンも。なるべく早急にストックホルムへ向かうことに異論はないが、くれぐれも短慮は起こすなよ!」
未だ会ったこともなければ、直接やり取りをしたわけでもないというのに息の合った調子のレベッカとラウエンに、ヴァールはとうとう無表情のままだが声を荒げた。
こういう時、制止役にエリスや妹尾、トマスがいてくれれば良かったのだがとグループ分けの失敗を悟る──シモーネでは昂る師匠を止めるだけの胆力はない。それはこの数ヶ月でヴァールにも分かっていることだった。
とはいえ物騒な方向で一致団結する二人はともかく、ストックホルムを早々に目指すべきというのは賛成できるものだ。
ゆえにラウエンへと強めの口調で指示を出しつつ、ヴァールは受話器を戻して電話を切るのだった。
レベッカに向け、ため息混じりの苦言を呈する。
「レベッカ、君の明確な短所だそれは。赦せない敵への怒りのあまり、すぐに短絡的な感情をむき出しにする」
「い、いやそりゃあその、ですねえ」
「感情は自由だが、言行は弁えなければ能力犯罪者と大差なくなるぞ。我々はステータスという強い力を持つからこそ、短慮を慎み弁えなければならないのだ」
ジトリとした視線とともに説諭をくらい、レベッカもまずい発言をしたと頭を掻いて消沈した。
理性では分かっていた……敵がどれだけ悪辣下劣な輩であれ、それを武力で制圧する以上は理性的な態度が必要不可欠だと。
しかし元より感情的な傾向が強いレベッカは、普段は自省できていても時折こうして激昂のままに粗野な言動をしてしまうところがあった。
頼れる仲間であることはもちろん承知の上で、ヴァールもソフィアもWSO統括理事としてそこを見逃せる立場にはない。レベッカにもそれは分かるから、行き過ぎた態度について即座に謝意を示したのだ。
「すみません……つい、私らのせいでスタンピードがストックホルムで起きてんのかと思っちまって、つい」
「気持ちは分かるが、そのような時こそ理性的にな。そして、エミール」
「は……はい!?」
「君も実力的には立派に一人前の探査者であるならば、時に目上であれ師匠であれ、糺すべきと感じたならばそれを糺す勇気も必要だぞ。その点については、年下で後輩だがエリスを見習っても良いかもしれん。あの子は、そのあたり誰よりも真摯で真っ直ぐだ。ことによればワタシ相手にも一歩とて退かないほどに」
「ッ!! ……すみ、ません」
同時に、あまりにも目上の者に対して弱腰すぎる後進にも助言程度に口を出す。
しかし、実のところそれは、ヴァールには無論のこと他意はないものの……シモーネにとっては複雑なコンプレックスを見事に踏み抜かれる痛恨の一言だ。
エリスを見習え。そう言われたも同然だと彼女は受け取った。
あの、愛すべきかもしれないがそれ以上にどうしても憎たらしくて仕方ない女を。自分にないものをたくさん持っているあの女を、敬い持ち上げ見習い勉強しろと。お前は下なのだからと。
そう言われた気がしたのだ。
内心で噴き上がる不満をそれでも押し殺して、シモーネは殊勝な態度で頭を下げる。ヴァールにもレベッカにも、彼女の抱く感情に気づくことはどうしても難しかった。
他ならぬシモーネ本人が隠し続けている以上、それはどうしようもないことだったのだから。




