次の世代へ、できる限りを尽くして
光へと変わっていく巨大モンスター、苛性ソーダ・スコーピオン。体内にて生成した劇毒を周囲に無差別なまでに撒き散らすという極めて厄介な怪物が、妹尾万三郎とヴァールのコンビネーションによって倒されたのだ。
これにはエリスやレベッカはじめ、パーティメンバー一同安堵に吐息を漏らす。あのような化物、万一にでも討ち漏らして逃がしてしまうのは大惨事へと発展するのが目に見えていたからだ。
「あ、危なかった……ですね。あんな蠍、どう考えてもここで倒しきらないと大変なことになっていました」
「ああ、まったくだよったく……参るねどうも、このレベッカ様が足を引っ張るなんざ」
「そんなことありませんよ、レベッカさん。何よりご無事なこと、本当に良かったです」
「そうですよ! レベッカさんは足を引っ張ってなんかいませんって!」
苛性ソーダ・スコーピオンはじめ周囲のモンスターも今は一匹とていない。火野源一とイルベスタ・カーヴァーンが引き起こした今回のスタンピードも、どうにか被害を最小限に抑えられた形になる。
勝利と言って良い結果に肩の力を抜くエリスだが、反面、彼女に助けられた形で介抱されているレベッカの表情は優れない。
シモーネ相手にもそうだが、まだ新米にも等しい後輩達に助けられたことにショックを受けていたのだ。
その二人の激励と言うべきか慰めの言葉を耳にしつつ、北欧最強と永らく謳われている探査者は一人、つぶやく。
「年ってのは取りたくないもんだ……12年前ならまるで問題なかった動きが、最近じゃどんどんしんどくなってきやがる。思えば私と同年代の探査者連中も最近じゃみんな引退し始めてるし、なんか考えちまうよなあ私も」
「そんな、レベッカさん……」
「何を、弱気になってるんですか……年だなんて、まだ36歳なのに」
それは、エリスやシモーネには初めて見る弱気な姿だった。常に豪快で豪放磊落な女傑、神をも恐れぬ強気な姿勢……それこそが彼女らにとってのレベッカ・ウェインだった。
だのに、今目の前にいるのは巨躯を丸めて自嘲する弱々しい姿だ。どこかしみじみとした様子に、どうにも今さっき突然抱いた迷い悩みでもなさそうだとエリスには直感できた。
実際、年齢的にはピークを過ぎているのだろう。一般的な探査者では30歳を超えたあたりから一線を退き、後進育成やあるいは全探組、WSOの内部職員として働くケースが多くなってくると聞く。
無論、レベッカは今も北欧最強の名に恥じない実力者だ。最近の訓練ではエリスもずいぶん互角に渡り合えるようになってはきたが、それでも実戦ともなるとやはり彼女には遠く及ばないと感じ入ることは多い。
けれどやはり、老いという誰にとっても避けられない現象は絶対的なものだということなのだろう。女傑たる彼女を、こうまで落ち込ませるほどに。
かける言葉が見つからずに唇を噛むエリス。その後ろから、妹尾がやって来てレベッカに声をかけた。
「おいおい、ずいぶん弱気だねウェインくん。いやまあ、気持ちも言いたいことも私にはよく理解できるけど」
「教授か……今のは見事だったよ、あんたも普段は一線退いてるって話だが、全然まだまだ現役同然じゃねえか」
「鍛えているからね。それでも君と同じさ、寄る年波には勝てない。エリスくんやシモーネくん、トマスくんのような若手相手には敵わないと思わされる場面も多いよ」
軽い口調だがその表情、眼差しは優しい。昔からの同志、妹弟子とも呼べるレベッカに対して、兄さながらの諭すような物言いと声色だ。
彼もまた同じだ……40歳を目前に、今ではダンジョン探査も控え気味になりもっぱらモンスターの研究と学会での発表、ならびに大学での教鞭に精を出している。
今回のこの騒動で出動するまでははっきり言って、半ば引退状態だったのも事実だ。
ゆえに今のレベッカの胸中も多少理解できるのだ。彼もまた、経年での衰えを実感し、葛藤しつつも受け入れようとしている一人なのだから。
ヴァールやトマスもやって来てパーティが集うなか、彼はレベッカへと手を差し出した。立ち上がらせるための、激励を放つ。
「けれどねウェインくん、今はまだ悩み迷うタイミングじゃないよさすがに。私達は私達なりに能力者解放戦線を追うこの旅路のなかで、彼らを撃破するのとは別にやるべきことがある」
「分かってるよ、教授……できる限りのことをして、シモーネやエリスちゃん、トマスやラウラちゃんみてえな後進に伝えてつなげていく。私らのやってきたことを、積み重ねてきたものを。そうしてこの子らもまた、それを受けて自分らなりの何かを積み上げていくんだよな」
「そうとも。それは遠く離れた中国の地で、私達の素晴らしい先達であるシェン・カーンも行っていることだ。そしてきっとソフィアさんやヴァールさんも望んでいることなんだろう。違いますか?」
「…………いいや、違わない。君達に限らずすべての探査者に、ワタシ達は継承と後継、そして進化を望んで止まない」
かつての弟子達二人のやり取りに、微かに目を細めつつヴァールもまた、答える。
彼女達は変わらない。彼女達だけは変わることはない。その姿のみならず掲げた理想も背負う使命も、決して変じさせることはない。
"計画"遂行のための土台を作ること。そのなかには探査者達の、世代を経ることを前提とした実力の向上さえ含まれている。
レベッカも妹尾もカーンでさえもソフィアとヴァールの抱える事情は知る由もないが、それでも彼女らが何を望み、そのためにひたすらに身を尽くして奮闘しているのかは理解している。
「……だから、ウェインくん。もうひと踏ん張りだけ我々も頑張ろうじゃないか。次の世代に、あと少しだけでも何か伝えられることを信じて」
「不貞腐れてる場合じゃねえってか……! 私としたことが、ちいと弱気になっちまってたね! ありがとよ教授、ヴァールさん、そしてみんな!!」
差し伸べられた手を強く掴み、レベッカは再び立ち上がる。激励の言葉、そして自らの使命を再確認して、再起したのだ。
きっと、この事件をもって自分は引退するだろう──それまではまだ、レベッカ・ウェインは北欧最強の探査者であり後輩達に道を示す先達の一人なのだ。
そう、強く信じながらである。




