委員会
「チクショウ! ソフィア・チェーホワ、あの小娘ェッ!!」
ヨーロッパ圏、とある地域にある"彼ら"の拠点。
命からがら逃げ延びたハオ・メイリィは自室にて叫び、見舞いに来ていたレノ・エーノーンはじめ仲間達を辟易させていた。
中国は上海郊外で偶発的ながら、初めてソフィア・チェーホワと接敵したのがつい一週間前だ。
当初はメイリィと、彼女が誘き出したモンスターが約20体ほどとかなりの群れだったのだが……《鎖法》などという聞いたこともないスキルによって即座に一蹴され。
助けに来たエーノーンと彼の引き寄せたモンスター達がどうにか撹乱する形で助けに入り、ようやく逃げおおせた形になる。
戦闘のなかでソフィアの攻撃をモロに受けたメイリィはかくして全治1ヶ月ほどの大怪我を負って療養中。
エーノーンもまた、いくらか鎖で打ち据えられたこともあり折れた腕に包帯を巻いての、満身創痍の見舞いであった。
「いやはや、聞いてないぜ……チェーホワの三弟子はともかく、本人までもがあそこまでやるってのは。ありゃ弟子が束になったよりも強いんじゃないかね?」
「シェン・カーン、レベッカ・ウェイン、妹尾万三郎。能力者同盟三羽烏こそがやつらの抱える最大戦力だと思っていたが……ここに来て話がまずい方向に変わったな。チェーホワの様子は遠目から見ていたが、アレは桁が違う」
折れていないほうの手で頭を掻きため息を吐く。エーノーンにとって、メイリィが容易く敗れるほどに突き抜けた実力をソフィアが持っていたというのは、まさしく青天の霹靂だった。
そも表舞台にソフィアが出てきたのが数年前からになるが、彼女はここに至るまで一度も自身の力を周目に晒したことがなかったのだ。
能力者同盟の能力者達の中で話題になるのはもっぱらカーン、レベッカ、妹尾の三人。
であれば同盟の屋台骨は彼ら彼女らであって、ソフィアは所詮調整役だとか、象徴的なカリスマでしかなく実務能力はないだろうというのが彼ら──"委員会"と呼ばれるエーノーン達組織の見解だった。
それが今、ものの見事に前提をひっくり返された。委員会側でも最強クラスの能力者であるメイリィが、引き連れたモンスターを駆使してなお指一本触れずに敗れたのだ。
三弟子のいずれかを引き連れたわけでもない、完全に単独行動していたソフィア一人にだ。これはエーノーンだけでなく、隣で腕を組む男にとっても衝撃的な事実だった。
顎髭を蓄えたミドルエイジの男。紳士風のスーツ姿にシルクハットなど被っているが、その瞳は鷹のように鋭くまた眼光は怪しい光を放っている。
彼こそが委員会における、現在進行系でスタンピードを誘発しているグループのリーダーだ。それゆえに唐突に降って湧いた緊急事態に、険しい顔をして考え込んでいた。
名をアーヴァイン・マルキシアス。
後に第一次モンスターハザードと呼ばれるこの時の騒動の、首謀者とも呼べる男だった。
「予想外だ……本当にマズい。メイリィとエーノーン、そしてモンスターが50体近くいて、それでも瞬殺された。あの《鎖法》とかいう謎のスキルもそうだが、いきなり上海にまで姿を見せたのも意味が分からん。なんだアレは」
「たしか上海での作戦中、チェーホワはスイスにいたはずでしたね? ラジオや新聞でも動向は報道されていましたし、そこは間違いないはずです」
「うむ……つまりスイスから上海まで、わずか一日すらかけず移動したことになる。スキルの力以外に考えられんが、さりとてなんのスキルというのやら」
思わずして愚痴のようにぼやいてしまっている己を自覚して、アーヴァインは一人苦い顔を浮かべる。
普段はリーダーとしてポジティブな言動を心がけている男だが、今回ばかりは本当に危機的な状況だった。
何しろ非戦闘員だと思っていたソフィア・チェーホワこそが能力者同盟の中で最も強く、そして得体が知れないのだ。
メイリィとエーノーンの報告によると、その態度や言動さえも常日頃報道で聞く穏やかなものでなく、冷淡で冷徹な戦士のそれだったと言う。
つまりここまでずっと、擬態していたのだろう……その警戒心の高さ、演技力の高さには立場を忘れて感心さえしてしまいそうだった。
早急に対策しなければならない。痛む頭を抑えて、アーヴァインは負傷したままのメイリィやエーノーン含む、部下達へと指示を出した。
「……より活動の頻度を上げ、より誰にも見つからないように動くしかないか。委員会本部にも能力者同盟への対応を申し出るが、我々は我々でどうにか奴らの目を掻い潜らなければなるまい」
「やれやれ、難問すぎるぜ……せめてチェーホワがいなけりゃ、やりようはあるんだがな」
「この傷が治ったらチェーホワ、あんの小娘ぶん殴ってやるわッ!! 舐めてんじゃないわよ、クソガキィッ!!」
真正面からぶつかっては勝ち目がない。元より自分達の目的は能力者同盟に完勝することなどでなく、スタンピードを引き起こすことで世界の秩序を乱すことだ。
であれば、無理に連中を相手取る必要などないのだ……復讐に燃えるメイリィはともかくとして、アーヴァインやレノは可能な限り、ソフィア達にはまともに取り合わないつもりでいたのだった。




