挑発
迫る二刀流を、咄嗟に逆手にしたナイフから迸らせたエネルギーブレードでまとめて受け止める。
数ヶ月前には絶対に追いつかないタイミングでの反応だった──これこそがエリスの成長を如実に表していると言えるだろう。
しかしエリスの表情は優れない。最近、このエネルギーブレードを出す度に何かが失われていく感覚がつきまとうゆえでもあるが、それ以上に相対する敵の存在こそが大きかった。
能力者解放戦線メンバー、火野源一。最初の戦闘からこちらに至るまで、意味不明なまでにエリスに執着する男に対しての、生理的な恐怖と嫌悪が緊張をもたらしていたのである。
「火野、源一……ッ!!」
「モリガナァッ!! さらにやるようになったじゃねえかァ、嬉しいぜ俺のためにィッ!!」
血走った目、狂気を孕んだ笑みは間違いなく変質者のそれだ。幾度となく戦ってきた相手だが、自分の時にだけこうした様子になるこの輩を、エリスは心底から嫌い疎ましく思っている。
故郷の村の人々を殺した。それだけでも決して許し難いことなのだがその上、今なおスタンピードを引き起こして自分達の前に立ちふさがるのだ。
ましてや今回に至ってはすでに能力者解放戦線の本拠地も割れ、スウェーデンを経由してノルウェーへと渡るべき時ですらある。
いつまでもこんな快楽殺人鬼に付き合ってもいられない。エリスはナイフを振るい、火野の二刀流を弾き斬りつけた。
「誰があなたなんかのためにっ! 今日こそ決着をつけます殺人鬼、あなたの行く末は牢獄の中ですッ!!」
「んんんんふぁぁあァァァ〜ッ……!! 良いぜ最高だモリガナァ、お前さんのそのまっすぐに健気な視線が、敵意が俺を昂らせるゥ……! ハァ、お前を、ハァ、今度こそ貪り尽くしてやるぜ……! 俺のこの剣でよう、お前さんのいろんなところをぶち抜いて、グリグリして喘がせてやるのよ田舎娘ェ……ッ!!」
「気色の悪い……物言いをッ!!」
エリスの存在そのものに、自身でもまるで理由のわからない興奮を覚える火野の、獣よりもなお猛々しく荒々しい吐息混じりの殺意が漏れる。
彼にとっても信じがたいほどの胸の高鳴り……意味不明なほどにモリガナを見るほど、どうしても我慢がならない。不可思議な欲望のままに彼女を斬り、突き、刺し、呻かせ、苦しませ、苦悶の声を耳にしたい。
そうだ、火野はエリスを壊したい。壊してもなお、決して揺れ動くことのないだろう真摯な正義の信念と眼差しを、凌辱してやりたくて堪らない。
そんな想いばかりが高じて、最近の火野はもはやすっかりとエリスのことばかりを四六時中、考えるようになっている。能力者解放戦線のことなどどうでも良く、ただモリガナを想い、ただモリガナを破壊してやりたいのだ。
今や火野源一は、それだけの獣に成り果てていた。
得体の知れない感情を乗せた斬撃を放つ火野に、しかしエリスは冷静に対処していく。
勝てない相手ではもはやない、だが依然として油断も隙もない、気を抜けばこちらが殺られかねない危険な敵だ。丁寧に斬撃を受け、反撃にエネルギーブレードを振るう。
いくらかとそんなやり取りを繰り返していると、幸いにしてエリスのほうに加勢が現れた。
頼れるパーティメンバー、レベッカとシモーネである。
「いいっかげんにしやがれド畜生のドクソ変態がァッ!! エリスちゃんに不埒な刃を向けてんじゃねえええッ!!」
「火野源一ッ、エリスに手は出させないよっ!!」
「レベッカさん、シモーネさん!」
「ちっ……! 余計な手出ししやがるなァ、北欧最強にその弟子が相変わらずッ!!」
横合いから息の合ったコンビネーションで剣と槍とを振るう、その圧力に火野はエリスから離れて距離を置いた。
対するレベッカもシモーネもエリスの前に立ち、油断なく彼女を庇う体勢だ……火野の変態性は二人も理解しており、ゆえのポジショニングである。
特にレベッカの勢いはすさまじく、怒髪天を衝く勢いで火野へと叫んでいる。恩人にして尊敬する後輩たるエリスを、あまりに残虐かつ残酷な性癖の対象にせんとする火野などもはや殺す以外にないとさえ、彼女は考えている。
その隣のシモーネが、師匠の怒りに震えるほどに彼女は今、怒り狂っていた。
「この数ヶ月、アホみてぇにスタンピード引き起こしやがってカス野郎がッ! だがもうそれもここで終いだ、テメェはここでやられてとっ捕まるんだよ!!」
「ロートルが舐めてるなァ? ふひゃははは、それにそっちの弟子は……くひひひ! なんの冗談なんだか、そんな腕で毎度俺に喧嘩売るなんざよォ!!」
「こいつ……! エリスに手こずってるあんたが、私をコケにできるとでも!?」
「ひひひゃはははははっ!! こいつぁ傑作だ! 見るからに信念もなけりゃ意志も弱え、テメェのことしか考えてねぇやつがまるでモリガナ以上みたいなセリフを吐きやがった! …………モリガナを舐めてんじゃねえよ、雑魚が」
師弟の言葉に、嘲笑を浮かべて応えていた火野だが、シモーネのエリスを軽んずる言葉には敏感に反応した。
この二人のことも、これまでにいくらか交戦してきたので知っている火野だが、とりわけシモーネという女の持つコンプレックスはすでに完全に見抜いていたのだ。
エリスが羨ましいから、エリスを下げる。そうしたところで自分が持ち上がるはずもないけれど、それでも下げずにはいられない。
人間の心理だ……火野はそこを利用して、まずは精神的に最も脆い彼女を突いたのだった。




