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「塗り壁」  作者: first
5/7

ヌリカベ―後編―②







                   ○


 

 陽子と連絡が取れなくなって早二日が立つ、現在、休日終わりの憂鬱な月曜日


 あの後俺は、家に帰った後陽子にメールをしたのだが、まったく持って返信無し


 当然どうしたものかと、携帯に電話をかけこれまた応答無し


 しょうがなく陽子の自宅へと電話をかけようとしたその時にタイミングよく

 陽子母から家に電話がかかってきて


「陽子がまだ帰ってないんだけど・・・・順二君、陽子が今どこにいるか・・知らない?

  もしかして・・・・・・順二君の家におじゃましちゃってたりしない?・・・・・・

  確かに、順二君はしっかりしてるし、陽子のことを将来任せられると思うわ・・・

  でも、まだあなたたちは中学生なのよ、早まった事しちゃだめよ・・・・」



  と、あらぬ誤解を受ける始末



  俺と陽子は親友であれ、恋人と言う関係じゃない

  だから、そういう感情を持つ事は無いと思うのだが・・・とそんな事は今は関係ない


  とりあえずこの電話からの結論は「自宅には帰ってはいない」と言う事だ。



  「なんだかな・・・」

   

   あの時、陽子だけで引き返させてしまった事が悔やまれる。


   

   祐人が消え、省吾が消え、陽子も消えた。



   あの家に訪れたものは一人づつ行方不明になる。


   「・・・・・・行方不明は・・・・伝染するのか?」


  ふと、前に陽子がふざけて言った言葉が脳裏を浮かぶ

  

   「んなはずないか・・・・もっと現実的に考えれば」


   井上邸に訪れた物は、一人ずつ監禁される。


   そして、普通に考えればその犯人はその家の誰か、

   まあ、この場合一番怪しいのは宮さんなのだが


   「B級サスペンスかよ」  


   一人消え、二人消え、最終的には誰もいなくなる


   「ふぅ・・・・・」


   ため息が漏れる、と言う事はもしも俺がまた陽子や祐人達を探しに

   井上邸に訪れればその時は・・・・・



   「俺も行方不明になると言うわけか」



  行きたくないなと考えつつも、あの時、陽子を一人で戻らせてしまったのは俺の責任

  である。

   

  そう、さっきも言ったが陽子と俺はそういった関係ではない・・・だが、長年一緒に

  すごした幼馴染であり親友だ、だからそういった意味で本当に監禁されているなら

  助け出さなければならない・・・あ、あと省吾も。



  それに・・・・・・




  「祐人」

    

        

  祐人には「あの日」に俺が彼自身の生き方を変えるきっかけを作ってしまった。


  それは確かにただの偶然的なきっかけの欠片だったのかもしれない、だが、

  

  そのきっかけの欠片が祐人を変えてしまったことだけは紛れも無い事実なのだ。


  そしてその事がおそらく姉である宮さんが引き起こしているだろう蛮行に関わりがあるかどうか

  は定かではない、だが・・・・・「あの日」俺に言われた言葉を思い出し、


 


  俺はもう一度あの場所へと行かなくてはならない。




  そう、確固たる決意を胸に刻む

                      

  



  その日の放課後、俺は寄り道もせず井上邸へと向かった。


 

  そう、前回と今回では向かう意識が異なる


  それは・・・・・・・・・・・・・・・







  ―――  前回はほんの少しの疑惑(家族が祐人を監禁)を信じず向かった ―――



  なぜなら、あんないい家族が犯罪なんて犯すと思いたくなかったから、


  だから俺は細かいところまで目が行き届かず、井上邸の歪に気づく事ができなかった。


  

  そんな安易な考えが、祐人、省吾・・・そして陽子まで、失い彼らを危険にさらす事になってしまった。


 

  だから、



  ――― 今回は確固たる疑いを持ち、井上邸へと向かう ――――



  油断も余所見もしない、


  ただ全力でその家にある歪を見極め暴く




  カツカツカツ


  向かう最中多くの人とすれ違い、徐々に井上邸との距離が近づいていく


  だが、俺はただ向かうだけではいけない、この距離がゼロになる前に

 

  俺が知りえている情報から、今知リうる事の出来る井上邸の歪を見極め無ければならない、

 

  なぜなら、今知りうる事の出来る「歪」に気づく事は、井上邸に存在する本当の「歪」を暴き陽子達を救出する為

  に大きなイニチアシブになるだろうと考えられるからだ。


  そして、おそらく、陽子はいつのタイミングかは分からないがその「歪」に気づいていたのだろう

  そう考えれば陽子の普段と違う態度に納得が行く・・・・だが、あの時の俺はその「歪」にすら気づかなかった

  いや、気づく必要が無いと思ってしまっていたのだろう。



  「くそっ」


  自分自身がひどく憎たらしい


  

  だが、そんな事言ってられない、どんなに過去を悔やんでもその時間には戻れない

  出きるのは、その過去の情報を未来へとつなげる事だけ。


  

      

  意識を集中させる、



  陽子が言った言葉、井上宮の態度、あの家そのもの


 


  関係ある全ての物事にメスを入れる


  関係ある全てのピースを合うように並べる


  関係ある全ての瞬間を脳裏に引き出す。




                陽子は何に執着した?  

   

     

  

  ――― 「宮さん、帰る前に少し祐人君と和也さんの部屋みせてもらってもいいですか?」 ―――


  今思えば陽子はやけに祐人達の部屋であった二階の部屋に疑問を抱いていたように思える。


  話の最中も気づかれない様に天井を気にしていた事から見ても明らかだろう。



  だから、その歪の原点は二階にあると予想し、陽子はそれを暴こうとして執着した。


  すなわち、二階を攻めれば確実に相手はぼろが出ると言うわけだ。


  だがそれだけでは情報不足、まだ足りない  


   

  

  「まだ何かある」



  体は井上邸に向かい、頭はあの家の歪みを再解析する。



  陽子の言葉の隅々、あの茶の間の状況、宮さんの態度、二階の部屋



  「・・・・・・・・・思い出せ、集中しろ」



  通りすぎる通行人はただの棒に見え、信号は三色のスポットライト


  ただただ足を進め、頭を回転させる


  回転

  回転

  回転



               陽子が疑いをもち始めたのはいつだ?

               


  あの家をおとずれた最初の段階では特に変わった様子は無かった・・ならばその後だ、

  

  亡くなった人への黙祷、俺や陽子への何気ない世間話、赤く頬を染める陽子、俺へのスポーツの話

  いなくなった祐人の話とこの家の・・・・・・・現状





                  記憶が鮮明にフラッシュバックする




 

 ―――  「本当は、せっかく来てくれた二人に心配させたくなかったから黙っておくつもりだったんだけど、

     たぶん和君が死んだ事が原因かもしれないわ、数週間前から家には帰って無いの、ほら、だから居間も

     使うのは私だけでこんなに寂しくなっちゃったわ」 ―――――              

 


  何かが引っかかる

  

  あの時あの言葉と井上宮の話を聞いて俺はどう思った?


  家の状況を思い出す。  


  茶の間・・・・と言うよりはあの家の状態から今現在は宮さん以外は住んでいないように見えた

  だから、祐人や省吾達はこの家にはいない、ただ宮さんだけがいるだけと安心した。


  だから、宮さん一人なら他に誰もいないのだから監禁も存在しない、他の人は家出をしているのだと

  思い込んでしまった。


  

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮さん一人?



  もし、あの家に宮さん一人しか住んでいないのなら



  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・祐人の母さんと父さんはどこに行った?



  

  そう、今の解釈ではこの家には宮さん以外の人はいない事になる。

  それは当然家出したとされる祐人以外のいなければいけない、亡くなった兄以外の「家族」もこの家には存在してはいない

  と言う事だ。


  そして陽子はこの話を聞いた時点でこの家の「不自然さ」、もっと言えば「歪み」に気づいていたと言う事である。


  

  そしてこの事から示される結論は


  「両親も監禁もしくは行方不明になっている・・・か」


  この結論さえ出ればあの家の歪みは消し去る事のできないほど確実のものとなる。


  いるはずの存在を「いない者」として扱い


  訪れる者を「いない者」とする


  そして・・・・・唯一その家で変わらず存在し続けている存在。



  「井上・・・・宮」



  歪な世界にいて、その形を唯一とどめている者


  なぜ彼女だけが歪みの中形をとどめられるのか、

  

  それは彼女自身が元々歪んだ存在だからである。




  疑惑が確信に変わる。



  「だが」


  これはあくまで推測でしかない

  井上宮がこの事件の全ての元凶であるという確実な証拠はどこにも無い・・・・・

  いや、無いからこそ陽子は神経を尖らせ、目、耳、鼻、皮膚様々な五感から得られる

  情報をフルに使って証拠を探していたのだろう、そしてどうやってかは分からないが

  天井、すなわち二階に証拠となる何かがあると気づいたのだ



  では、陽子は何に気づいた?


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


  わからない


  知りえている情報から推測は出来ていても、

 

  その時俺が気づく事ができなかった事から新たな発見を導く事は不可能だ。



  「くそ」


  本日何度目かの悪態が口から出る



  だが、悪態を何度言っても進展は無い、だからさらに思考を集中する。



  おそらくは、まだ他に歪となる部分は存在している、特に井上宮について

  

  


  井上宮の言った言葉を思い出す

  井上宮の行動を思い出す

  井上宮の拒絶した内容について思い出す




 井上宮は二階を見せてくれと言う言葉を拒絶した。


 これは二階に何らかの「見せたくない物」があるからだと考えられる、現状ではこれ以上はわからない


 さらに井上宮は自らの現状の仕事の話を拒絶した

 

 その時は、和也さんが死んで、祐人が家出をして、色々ありすぎて仕事の話なんてしたくは無いからだと思っていた

 

 だが・・・・・もしも、それ以外の理由があったとすれば・・・・・


 分からない


 その瞬間


  


 ―― 「・・・・・・・・・・・・・さっき言ってたシアーズの話だけど、順二はどう思う?」 ――――



 なぜか陽子が言ったその言葉が頭の中でこだました。


 なぜ引っかかる?シアーズと言うのは井上宮が勤めている芸能プロダクションの商業用品(グッズ、CDなど)の直売店

 であり、陽子はその話を気にしていた。


 今考えれば、その時点で陽子は何らかの歪に気づいていたのだから、俺が安易に理解したCDが買えるかどうか

 と言う話ではないはずであり、陽子は他の意味で俺に対して意見を求めたのだ。


 

 これも分からない、だがなんらかの意味が「シアーズ」の店の話に隠されているはずだ


 おもむろに携帯を取り出し芸能プロダクションのサイトにアクセスする。


 足は止めず意識をいったん携帯に移す


 数ある芸能プロダクションの中から井上宮が勤めている会社をピックアップ、そのページ内から、グッズ販売店の項目を

 クリック、すぐにシアーズの情報が表示された



 「・・・・・・・・・・・・・・なんだこりゃ」



 ――  プロダクション内の歌手の行方不明および不祥事につき、シアーズはしばらくの間、閉店させてもらいます ――


 「・・・これは・・どういう事だ」



 思考が停止する、シアーズは閉店している?だったら、なんで陽子は、シアーズに並べばCDを買えるかなんて質問を

 井上宮にぶつけたのか? 


 わからない

 

 その当時の会話をおもいだす


 わからない

 

 思い出す



 わから・・・・・・・・・・・・ん?


 逆にぶつけられた井上宮はなんて答えた?



 ―― そうね、シアーズもいつも通りならすぐ完売しちゃうけど、前の日から並べば十分手に入るはずよ ――


 おかしい、この言葉何かがおかしい、


 ・・・・・なぜ、この芸能会社の社員なのに、シアーズが閉店している事に気づいていない?


 普通は「今は閉店している」からそこでは買えないわとアドヴァイスするのが普通だ、

 特に、マネージャーと言う芸能人に近い存在ならその程度の情報確実に手に入れているはずだ

 それが・・・・・手に入っていない、閉店している事を知らない、いや知らされていない?

 ならなぜ、知らされていない?



 そこで、仕事の話をされて拒絶した事を思い出す


 仕事の情報を得ていない


 仕事の話を嫌う


 カチ


 頭の中でピースがはまる


 「そうか」 

 

 仕事の情報を得ていないのはしばらくの間仕事に行っていない、すなわち、あの家に篭もり続けているということだ。

 だから、仕事にも行かず情報が得られないので、シアーズが閉店していることにすら気づかなかった。


 日にちを見ると11月中盤から閉店しており、かなり長い時間仕事に行っていないことが伺えた。


 そして、仕事に行っていないからこそ、仕事の話をされると今の現状や状況が分からないのでされたく無い

 だからこそ拒絶する。


 そう考えると全てのつじつまが合う。


 そして陽子は、シアーズが閉店していることに気づいていながらこの質問を井上宮に投げかけたのだ

 井上宮を試し、疑惑を確信にするために。


 

 俺は・・・何も気づいていなかった、それどころか俺は、それは俺にとって関係の無い女性だけの話として耳に入れていなかった、

 おそらく陽子はその俺の聞いていなかった会話の中にもなんらかのトラップを仕掛け、井上宮の化けの皮をはがす質問と会話を

 おこなっていたはずなのに。

 

  

 

 「俺は・・・馬鹿だ」


 気がつけば俺は井上邸まで残り数分のところまで来ていた、周りをみると前に目印となったコンビニが一軒存在している。


 井上邸に向かう前に、最後にもう一度頭の中を整理する


 ここに来るまでに気づいたことは大きく分けて3つ



 一つ目

 


 井上宮以外にはあの家の中にはいないことになっている。

 これは両親も存在しないと言う事であり、陽子、省吾、祐十および祐人の両親も監禁されていると考えられる。

 そして、その家族の中で唯一残っている井上宮が犯行にかかわっている可能性が限りなく高いと言う事

 


 二つ目


 井上宮はしばらくの間仕事に行っていないということ

 これは仕事にいけない理由・・・すなわち監禁されたものたちの管理や見張りを行わなければならず

 家の外には極力出れないからと考えられる。


 三つ目


 これは俺にとっては不確定だが、陽子の様子から、二階の祐人の部屋に何らかの証拠が存在すると言う事。



 おそらく、まだ他に細かい歪も存在しているのだろうが、メインはこの三つであろう。


 そして、この事に気ずいた以上、井上宮が犯人と自身の中で確信し、行動すべきである。

 特に井上宮の前では一瞬の隙も見せてはならない、なぜなら、この家に訪れたものが一人ずつ消えると

 考えると、次に消えるのはこれから井上邸に向かうこの俺だからだ。


 

 そして、二階に踏み込みなんとしても証拠を見つけ出し、陽子達を助け出す。


 大きく深呼吸し、俺は再度歩き出す。


 細いマンションとマンションの間を通り、井上邸が姿を現す。


 「・・・・・・・・・・・・・・」



 その風貌は前回見た時とフインキが異なり、住宅街に現れた歪な特異点のように感じられるほどだ。

 

 俺は携帯を取り出し少し細工をする・・・・・・・井上宮の化けの皮をはがすための切り札を準備する



 「よし・・・・・行こう」


ゆっくりとチャイムに指を当てる、程なくして扉が開かれる


 ガシャン


 前回とは異なり扉にはチェーンが掛けられており、その隙間から井上宮が顔を出す。

 どうやら、何かを警戒しているようにも見える。



 「あら、どうしたの?」


 変わらない日常を演じようとしているのか、言葉にはとげが無く穏やかなものだった

 だが目は笑っていない。


 

 「お話があるのですが」


 


 まずはこの家の中に入り、確たる証拠を見つけなければならない、そして陽子達を救い出す、

 

 その為にはこのチェーンをはずし、この扉の中に入る事が第一条件



 「そう、なにかしら?ここで聞くわ」


 が、今日は中には入れるつもりは無いようだ、どうやらその意思表示としてのチェーンらしい


 だが、ここで話しても意味が無い、俺は中に入らなければいけないのだ・・・・だから、井上宮の興味を引くような

 話題を振ってなんとしても中に入らなくてはならない。


 「込み入った話なので出来れば中で話したいのですが」


 「ごめんなさい、いま手が離せないの、だからここで聞くわ」


 どうしても中には入れたくないようだ・・・なら


 「街中で「祐人らしき人」を見たと言う友人がいました、もしかしたら祐人を見つけて連れ戻す事が出来るかもしれません」


 当然これは今さっき考え付いたでまかせだ、それに俺は「祐人らしき人」といったが、同じような学生はいくらでもいるし、

 最終的な結論として見間違いかもしれない、と話を一方的に終わらせる事もできる。

 それより何より、井上宮の興味を引く話題であろう。なぜなら祐人が監禁されているとするなら、街中に祐人がいるはずなんて

 ないのだから、その話の真意を確かめたいはずだ。



 予想通り井上宮は一瞬目を丸くしたが、少し考えた後


 「どうぞ、入って」


 と言い一度ドアを閉めた後、鍵とチェーンを空け俺を部屋の中に促した。

 


 靴を脱ぎ、玄関の周りを観察・・・・陽子が忘れていったと言う傘が無い

 

 廊下を歩く。


 以前とは異なり、全神経を集中させこの家の歪みを探す。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 居間に続く廊下には他にもいくつかの部屋があり、その全ての部屋の扉に頑丈な施錠が施されている。

 明らかに一般家庭には似つかわしくない歪な施錠。


 ・・・・前回はこんな物なかったはずだ

 ・・・・すなわち、この一日で井上宮を警戒させる「何か」が合ったと言う事だ。 

   

 居間に入ると、俺はすぐに隣の仏壇のある部屋で線香を上げる。

 なぜなら、少しでも情報を集める必要があるからだ、そして証拠へといたるヒントを見つける必要がある。

 

 ライターでろうそくに火をともし、線香をさす。


 仏壇の周りを観察、そこには亡くなった和也さんの遺影、祖父母だろう人々の写真、小さな写真立てに入った両親の・・・・


 「!!」


 両親の・・・・写真?


 嫌な予感がした・・・・・一瞬背筋を冷たいものが通りすぎる。


 驚きを気づかれないように隠し、俺はもう一度その写真を直視する。


 間違いない、小さい頃の記憶だが、確かにこの人たちは

 



      ― 祐人の父と母 ―


 そして、この仏壇にその両親の写真が置かれていると言う事は・・・・・



 ―― この家、いやこの世界に行方不明になった二人の両親は存在しない ―――


 

 俺は・・・・安易過ぎたのかもしれない、行方不明になった人はこの家に監禁されはしても

 生きていると考えていた・・・・だが、この状況を考えると・・・・・・



 くそッ


 心の中で悪態をつく、何度行ったか分からない、だが紛れも無い今日一番の悪態だ


 

 そして、この行方不明になった人と言うのは祐人の両親だけではない、祐人も省吾も陽子も含まれる・・・・・だから


 この仏壇の写真が示す結論は


 

 俺が助けに来た人達全てがもう既に・・・・・・・・・・・



 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」


 怒りを言葉にしまいと踏みとどまる。


 冷静に、冷静になれ、これはあくまで推測の域を出ていない。


 たとえ両親の写真があったって、死んでいるとは限らないじゃないか、

 だから俺は俺が救いに来た人達が生きていると信じ行動する。



 そう心に決め、ゆっくりと立ち上がり居間のソファーに腰をかける。


 井上宮と俺はテーブルを挟み向かい合う形で据わる事となり

 すぐに、前回とまったく同じようにコーヒーを注いでくれた。

 ただ違うのは、茶菓子の変わりに、ナイフとりんごが置かれているということ。



 

 

 「どうぞ」


 「どうもです」   

  

 言葉だけの礼を言い、コーヒーを受け取る・・・・が、決して口にはつけない

 当然だ、犯人かもしれない人物、いや限りなく黒に近い黒なのだが、その人物から受け取る飲食物を

 だれが平常心で食べれるだろうか・・・毒や睡眠薬などの薬品が入っている可能性だってありえる。



 だから俺は砂糖もミルクも入れずそのままテーブルの上に置く。


 井上宮はその行動に何の疑問も持っていないかのようにりんごの皮をむき始める。


 キュキュ

  

 「で、順君さっき言っていたお話なんだけど、祐君を見た人がいるんだって?」


 目線はりんごに行ったまま、井上宮は俺に尋ねる。


 当然この祐人を見たなんて話はでまかせであるので、テキトウにそれらしい話をする。


 「はい、小学が同じだった奴が、東町のネットカフェで祐人らしい人を見たって」


 「その子、どんな服装をしてたのかしら?詳しく教えてくれる?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そこまで詳しくうそを考えていない、言葉に詰まる。


 「どうしたの?」


 「ごめんなさい、そこまで詳しく聞いていないのでわかりません」


 とりあえず、それっぽく聞いてなかった事にする。

 





 自分に都合の良いウソをつく


 これは自分の作り出した世界のウソであり、事実を曲げ、自分にとって都合の良い話へとすりかえる。


 そう言う嘘は極力つきたくないのだが・・・・居間は非常時だ、そんな事も言ってられない。


 

 


 

 「そう、残念だわ」


 いまだに納得の行かないような言葉で俺の話に追随しりんごばかりを見て皮をむく。


 おそらく、井上宮の心理としては服装や、詳細を聞いてその人物は人違いであると確信し、さっさと

 俺を家の外に追いやろうと言う考えであろう。


 だが、そんな事はさせない、できるだけ話を長引かせる、井上宮にはこの話に執着してもらわなければ困る。


 「ですが、安心してください、多くの友人に祐人らしき人物を見つけたら俺に連絡をくれるように、話してあります、

  祐人、すぐに見つかりますよ」

 

 

 「そ、そう、それは良かったわ」


 少し狼狽してているようにも見える。


 ここで、少し探りを入れてみることにする。




 「そういえば、陽子この前に何か忘れ物をしたって、一度戻ったらしいんですけど陽子ここにきました?」


 少しの沈黙・・・・・・・・・・そして

   

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・来てないわ」


 井上宮はそう答えた



 「そうですか・・・・・・・」



 今の会話で限りなく黒に近い黒から完全な黒に色を移す。


 そう、井上宮は少し考えた後、「来ていない」と答えた。


 これは大きな矛盾であり、その答えは大きな失態だ



 そして、この時の会話では「来た」と言うのがもっとも自然な会話なのだ

 なぜなら、もしも陽子が来たのなら、そのまま傘を返し帰宅したと言う一連の流れが

 成り立つ、これならば先程確認した靴箱に陽子の傘が無いことにも納得が行く、だが、しかし

 

 井上宮は「来ていない」と答えた、そして陽子が来ていないのなら、忘れていった傘を返す事は出来ないので

 玄関から傘が消えるなんて事はありえない。


 だから、陽子が「来ていない」のに傘がなくなっているということは矛盾しており、その真意は

 陽子が忘れ物をして一度戻ってきたと言う事を知られたくない為、証拠となる傘事隠してしまったと言う事だ。


 もはや、疑う必要すらなくなった。

 あとは・・・・物的証拠、それが何かあれば井上宮を警察に突き出し、また、陽子達を救い出す事も出来るようになる。

 そしてその証拠はうまくいけば数分後に見つける事ができる、俺の仕掛けた細工で。


  

 「それで・・・・・陽ちゃんとはそのあと何か話したの?」


 白々しく井上宮は語りかけてくる、アンタが陽子を監禁しているのだろう・・・・そういいたいが、まだこらえる、それを言うのは

 まだ後だ。


 「いえ、どうも連絡がつかないんですよ、家出でもしてしまったのか・・・・それとも引きこもってしまったのか?」


 後者は無い、なぜなら自宅とも連絡をとり、あらぬ誤解を受けてしまったのだから。


 そんな事を考えていたからか、陽子の事を思い出した、陽子はコーヒーが好きだった、とにかく「ブラック」が、

 今俺の前にあるものと同じような他の色がつかないような完全な・・・・黒?


 コーヒーの表面に白い、いや見方によって人それぞれだが、白い小さな物が浮いていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・埃?


 何で埃が?


 その埃は気づくか気づかないかのぐらいで少しずつ積もっている、なぜ積もる?

 そう思い、その出所をたどっていき、上を・・・・・・・・・



 天井!? 

 

 そして、気づかれない様に天井を見ていると、どうやら、井上宮以外誰もいるはずの無いこの家で

 誰かが、歩く、もしくは動くような振動が二階から出ているようで、どうやらその振動で天井の埃が

 落ちてきているようだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか、陽子はこの時の埃に気づいたのか、

 そして、今回はコーヒーを飲まないつもりだったから、偶然陽子と同じブラック、黒に白は目立つから気づいたんだ、

 だが、あの時俺は、砂糖にミルクまで入れていた、このかすかな埃に気づくには色が分かりにくすぎる。

 そして、埃が溜まったコーヒーなんて飲みたくないから残したわけか。



 全てのつじつまに納得が行く


 そして、やはり「二階」に何かあると言う結論に至る。


 その瞬間


 「ピピピピ、ピピピピ」


 俺の携帯の着信音が鳴る、何の面白みも無いデフォルトの機会音の着信メロディだが、相手に携帯がなっていると思わせる

 だけなら、一番有効だ。


 そしてこれが俺の仕掛けた証拠をたたき出すための細工であり、実際は電話がかかってきたのではなく携帯のタイマーを

 準備し、電話が来たと思わせているわけだ。


 俺は携帯を開きわざとらしく


 「・・・・・・・・・・祐人が見つかった?、どこで?」


 と話をしているように装った。

 

 それを聞いて井上宮は再度目を丸くし驚く

 

 おそらく「そんなはずは無い」とでも思っているのだろう、なぜなら彼女が祐人をおそらく監禁・・・・もしくは・・・・

 を行っているのだから。

 

 そして、井上宮は


 「ごめんなさい、少しお手洗いに行ってきますね、順君はそのまま座ってね、絶対にこの部屋を出ちゃ、ダメよ」


 とあわててその場を離れた。


 

 予想通り、どうやらうまく行った様だ。


  監禁されているはずの祐人が外で見つかった、しかも現在進行形で・・・・

 そうなれば、そんなはずは無いと井上宮は祐人がちゃんと監禁されているかを確認しにいくはずそう考えた。


 案の定、井上宮は狼狽し、祐人が見つかったと言う情報をつかんだ瞬間この部屋を離れた、そして・・・・

 その後ろをついていけば、祐人の場所がわかる。


 

 俺は、井上宮が部屋を出て行って数秒もたたないうちに、井上宮を追いかけようとして、扉の前に立ち


 扉を開け前に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・銀色の鋭いナイフ




 

  

 

 「え?!」


 

 俺は全力で踏みとどまる。


 前に進むのをやめようと足に力が入り、プルプルと震えている


 ナイフは俺の喉元すれすれに添えられていた。 


 危機一髪・・・・・・と言うべきだろうか、


 もし俺がこのまま何も無かったかのように歩けば・・・・


 俺の首から、赤いシャワーが勢い良く飛び出していただろう。



 少しずつ冷静さを取り戻し状況を理解する。


 銀色の鋭いナイフ・・・・その先に色白の細くて綺麗な指と腕がついている。

 そしてその先には・・・・・・・・にこにこと笑っている井上宮だが目だけが笑っていなく血走っている。


 「部屋をでちゃだめって・・・・・言ったわよね?」

  

  いまだに首元にナイフを突きつけられたまま、俺は「はい」とだけ答える

 

 「じゃあ、そのまま、元の席に戻ろうか?それともそのまま、「前」に進む?」


 選択肢があるようで無い、なぜならそのまま前を選んだ瞬間、首元にあるナイフでデッドエンドだからだ


 俺はゆっくりと後退してもとの席へと座る。


 「それで・・・・・・携帯の奥のお友達はなんだって?人違いだったって?」


 強引に答えを導き出させるような言葉


 どうやら俺は、井上宮を罠にかけたつもりがどうやら逆に罠にかけられてしまっていたようだ。


 すなわち、俺の携帯がなった瞬間から、俺の意図を予想し、わざと部屋を出て行った、そして俺を試したのだ

 本当に祐人らしき人を見つけたと言う内容の電話で、ここに来た理由がそれならば「お手洗いに行くがここを出るな」

 と言う指示に従うはずである、なぜなら、ここの部屋を出る必要が無いのだから


 しかし、それ以外の意図・・・・たとえば、井上宮が出て行った後に後ろからついていく、や部屋の外に出て

 何らかの探し物をする。などを目的としてここに来たのならば、井上宮が出て行くこのチャンスを逃すはずが無いと

 ふんで、俺がどちらの行動をとるかを試したのだ。


 そして、罠にかけたと思ったはずが逆に罠にかかってしまったと言うわけだ。


 「で・・・・・・・・・・・・・・・・どうだって?」


 言葉の圧迫が俺を襲う・・・・・・もうこの手段を続けている意味も無いし、それに・・・見破られているだろう


 「どうやら、人違いだったようです」


 「そう、それはざんねんね」


 まったく残念に聞こえてこない


 無駄だけど次もがんばってと言っているようにも聞こえる。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 部屋を沈黙が支配する。

 

 そして・・・・タイムオーバーの鐘がなる


 ガラーン、ガラーン


 いつもの5時の鐘、ちっ、このタイミングでこの鐘が鳴ってしまえば、俺が帰らされる口実を作らされてしまう

 何とかしなければ

  


 「あら・・・もうこんな時間、もう帰らなければならないわね」


 案の定、帰宅しなさい宣言、考える、がもう策は浮かばない、なので、


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・率直に話す事にした。


 「宮さん・・・・・わかっているんだ、もうやめてくれ、みんなを陽子を祐人を省吾を返してくれ」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何のこと」


 「みんなを監禁してるんだろ?」


 「何を言っているのかしら?」


 「とぼけるなよ?」


 「しらないわ」


 「ふざけるな!!」


 俺はめったに出さないような大きな声でどなった。

 

 だが


 井上宮はピクリとも動じない


 「何を勘違いし、疑っているかはしらないけど、順君そんなに言うなら何か証拠はあるの?」


 「証拠は・・・・・」


 無い、無いから探していたのだ。

 たしかに、傘の事はいい証拠に使える、しかしこの時の証拠は、陽子が傘を忘れたと言う事を聞いた俺だけにわかるもので

 万人に理解を求められるものではないし、初めから傘なんてなかったといわれればそれまでである。

 

 「無いんでしょ?だったら憶測だけで物を言っちゃダメよ」


 無い、がその証拠がある場所の予測はついている


 「二階・・・・・・二階をみせてくれますか?」  


 井上宮の表情がピクリと動く


 「嫌よ」


 「なぜですか?」


 「嫌だからよ、それに他人になんで部屋を見せなければならないの?」


 「ダメですか」

 

 「ダメよ」


 「じゃあ、なんで隠すんですか?何かみられたくないものでもあるんじゃないのですか?」



 ガタン


 

 丸剥け担った裸のりんごが勢い良く真っ二つになる。


 「そんなもの・・・・・・無いわ」


 半分のりんごはそのまま転がりテーブルの下へと落ちた。

 そしてもう片方は俺の目の前にまで転がり

 「じゃあ、いいじゃな・・・・・」


 ストン


 そこまで言いかけて、言葉が止まる。



 転がるりんごを止めようと、手を伸ばした俺の手の指と指の間を、井上宮はすれすれでりんごに包丁を突き刺した。


 あと数センチずれていれば俺の指はナイフで串刺しになっていただろう


 「まだ・・・言いたい事がある?」


  刃物の方向が少しずつ回転し、指を切断する方向に転換される。



 「くっ」


 「それでいいのよ、お引取り願います?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 「もう一度言うわ・・・お引取りねがいます?」


 刃物が徐々に指に近づいていく


 「は・・・・はい」


 井上宮は「そう、じゃあさようなら」と笑いながら言い、ナイフを机とりんごから引き抜く


 部屋を出るように促され、それに従う、廊下への一本道、俺が先に進むように指示される

 おそらくはこの廊下の最後にある階段へと近づけないようにするためだろう、

 だとしても、後ろにナイフを持った井上宮を維持しながら歩くのは、正直言って生きている気がしない。


 だが「さあ、早く」と目で合図され俺は廊下を歩き始める。


 廊下は5mも無い、だがその一歩一歩が死刑台の階段を上るかのような心境となる。


 一歩歩く、まださされていない


 一歩歩く、まださされていない


 一歩歩く、まださされていない


 一歩歩く、まださされていない


 一歩歩く、まださされて・・・・・・・・・








 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いない



 玄関まで無事到着する頃には冷や汗で服全てがびしょびしょになっていた。


 俺はそのまま靴をはく為に前かがみになる。


 右足に靴をはめる


 左足に靴をはめる


 右足の紐が緩んでいる・・・閉めなおす


 左足の紐にナイフが突き刺さる・・・閉めなお・・・・・・・・・・・・・



 「ひっ」 

 

 「あらごめんなさい、汗で手が滑っちゃったわ、だって順君が私を犯罪者のような目でみるんだもん、嫌な汗だってでるわよね

  誤解なんだもの、そうよね?」


 無理やりにも同意を求めてくる・・・・今の俺は度重なる極度の緊張で頭が回らない



 「分かってくれればいいのよ・・・もう変な疑いはやめてね・・・・約束よ・・・」


 そう言うと井上宮はバイバイと満面の笑みで手を振って俺を外に出し扉を閉めた。


 だが、やはり忘れられない、その笑みの中目だけが笑っていなかったのだから。


 閉じた扉の前で呆然とする。


 真っ白な頭の中、俺は井上邸を離れた。


 救えなかった、確たる証拠を挙げられなかった、それどころか、


 逆に、心にナイフを突きつけられてしまった。


 

 考えが甘かった、監禁だけだそれ以上の事は無いそう思っていたのが間違いだった。


 仏壇の写真、井上宮の先程の行動


 それは用意に予測できる監禁以上の犯罪


 

 だが物的証拠が無い以上は、これを誰かに伝え救いを求める事はできない

 

 

 

 とぼとぼと歩き、この後どうするべきかを考えながら、重たい足取りでコンビニの前まで戻ってくる。






 

 憂鬱な気分の中、視界の中にあの公園が入り込む。


  


 気がつけば俺は「あの時」と同様に、公園の真ん中に位置する屋根つきの遊具に腰掛けていた。


 


 ナイフが首元に押し付けられた事を思い出し足が震える。


 だが、逃げられない



 たしかに怖い、だが逃げない


 だから俺はこの公園でとどまっている。


 そして、この公園以上遠くへ行こうとはしていない


 大切な友人を置いて、忘れて今までどおり生きるなんて事はできない。



 だから、もう一度立ち向かう。


 だが、どうするべきか、おそらく今度井上邸を訪れても、扉すら開いてもらえないだろう。

 井上宮がいる限り、中には入れない、確たる証拠を挙げられない・・・・なら


 井上宮がいない時を狙えばいい

 

 井上邸を監視し、井上宮が出かける瞬間を狙う


 そして、井上邸に入り込み陽子達を救い出す。


 やるべきことは決まった、次は準備だ

 この公園は俺にとっての拠点となる。

 幸い近くにコンビニもあることだし、食料などはそこから調達する

 監視はマンションの隙間の近道を使えばいい、あそこは俺たちからは井上邸が見えるが

 井上邸からは見えない位置取りになっている。

 

 

 そうなると・・・・学校は休まなければならないだろう

 理由は「井上邸を見張るために休みます」・・・・・・まあ、無理だな

 これは無断欠席ということで、あ、そうなると、俺も家出状態になるな・・・・・

 結局俺も行方不明になったってことか。


 

 陽子が始め述べた、「行方不明伝染説」どうやら実際のものになったようだ。


 祐人、省吾、陽子、そして俺も・・・・世間では行方不明扱いなわけだ。


 だが、この四人のうち俺だけが動ける・・・・だから


 この立ちはだかる壁に俺はもう一度挑む。




                  ◎


  その家を見続ける


  雨の日も、晴れの日も、曇りの日も


  3日たった今もその家の扉は開かれない


  開かない扉はただの壁に過ぎない、中の人を閉じ込め外界と遮断するヌリカベ


  そんな魔牢の中にすまうは、一人の魔女と哀れな生贄


  

 

  住宅街という世界の中に黒く沈む特異点


  

  どうしてこんな事になったのか、

  どうしてあの楽しかった場所をこんな目で見なければならないのか

  どうして・・・・・・



  開くはずの無い扉が開く、子供が3人飛び出し手を振っている・・・・


  その子供たちは楽しそうに笑い、また来るねと一人の少年に手を振る・・・

 

  それは記憶・・・・・楽しかった時の・・・そしてあの日以前の・・・・

 

   

 


 ―― ここには思い出がある、一つはただ無邪気に遊んでいた時の楽しかった記憶 ―――


 ―― もう一つは、些細なすれ違いが一人の少年の心のあり方を変えてしまった「あの日」の記憶 ―――


 

 


 いるはずの無い、少年たちを目で追う


 追い続ける・・・・・・・・・・・・・・・少年は記憶の眠りへと落ちていく 


 

 



  







 

 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この家族と共にすごした記憶は二つある。


 

 一つは・・・・

  

 小学2年生までの俺たち四人は何の不安もなかった。

 ただ子供らしく日々を遊び、まだ見ぬ人生に希望を抱いていた。


 ゲームをしたり、鬼ごっこをしたりかくれんぼをしたり靴飛ばしをしたり。


 その中で祐人の家はとても良いたまり場だった。

 俺たち4人の中で一番大きなその家は、俺たちにとって憧れであったし、

 外に出れば歩いてすぐのところに公園だってある。


 祐人の両親のお姉さんとお兄さんはとても優しく、遊びに来る俺たちをいつも

 歓迎してくれたし


 祐人もそれを自慢げに思っていた。


 

 それが、あの日以前の楽しかったこの家族と俺たち友人3人の記憶

 

 そして二つ目は・・・・


  

 「あの日」の記憶




 あの日、俺たちは祐人の見舞いに訪れた。


 見舞いと言ってもたいした事じゃない、少し熱は高いがただの風邪であった。


 そう誰もがかかりうる可能性がある、一般的な病気。


 見舞いに来た三人のうち二人はそれを聞いて安堵した・・・・だが

 そのうちの一人・・・・・俺はそれを聞いても心が落ち着く事は無かった。



 

 なぜなら、彼が風邪を引いてしまった原因は俺にあると思い込んでいたからだ


 

 前日、俺達は学校の校庭で靴飛ばしに熱中していた、だが途中から雨が降り中断、

 傘なんて持っていない俺たちは家族の迎えを待っていた。


 一人帰り、二人帰り・・・・・遅れてやってきた俺の親父、俺はこれで帰れると喜んだが、

 残る一人・・・・祐人の顔を見ると、手放しで喜べなくなった、なぜなら彼の顔が、自分だけ迎えが来ず

 悔しさと寂しさが入り混じって今にもなきそうな顔をしていたからだ。


 だから俺は、それが良い事だと思い込み親父にたのんで


 ―― 「俺の親、車で来てるんだけど・・・・・一緒に乗ってく?」  ――



 なんて、おせっかいを焼いてしまった・・・・・・・・だが、今考えればそれが間違いだったのかもしれない。


 車に一度乗ったその友人は、少し考え、姉が迎えに来るかもしれないからと言い、雨の中、傘もささずに校舎玄関

 へと戻っていた。


 行きよいよく、飛び出す彼を俺はとめる事もできず、俺と親父は気にはなったがそのまま家へと帰宅してしまった。

 

 その次の日、祐人は学校を休む事になる・・・・当然と言えば当然だ、あんな雨の中走っていって、べしゃべしゃになり

 その後家族が来るまでの間を待っていたのなら風邪だってひく。


 だから・・・そのべしゃべしゃにぬれるきっかけを作ってしまった俺は、祐人の風邪を引く原因を作ってしまったのだ

 と思い、子供ながらに心を痛めていたのだ。



 お見舞いの品・・・・と言うよりは給食のプリンだが、これを祐人の母親に渡し、俺たちは二階の祐人とその兄の部屋へと向かった。


 部屋には一つの布団がひかれており、祐人がうなされながら眠りについていた。

 その横ではいつまでも手を離さまいと、力強く手を握っている姉の姿。


 俺たちは、起こさないように布団の横に行き軽く姉の宮さんとに挨拶をする。


 宮さんの顔は、とても疲れているようで目にクマができていた。


 「あの・・・祐人・・大丈夫ですか」


 省吾がおもむろに宮さんに語りかける、宮さんは「ただの風邪みたい・・・みんなお見舞いに来てくれてありがとう」

 と、寝ている祐人の変わりに代弁してくれる、しかしその顔には力が無く、自らの過ちを悔やんでいるような

 うつろな表情・・・・・


 「宮さん・・・・・宮さんも顔色が悪いようですけど」


 宮さんのいつもと違う疲れた顔に陽子が心配する。


 「昨日からずっと、祐途のそばにいて・・・・寝てないの、でも大丈夫よ、私が悪いんだもの、祐人に与えてしまった

  心の傷に比べれればこんなもの・・・・」



 心の傷・・?

 病状は風邪じゃなかったのだろうか?

 何の話だかいまいちわからない


 唐突に、祐人はうなされながら

 

 「なんで誰もきてくれないの?早く来てよ姉ちゃん、なんで兄ちゃんのところに行くの?何で・・・・」


 と叫びだす


 それをなだめるように、「ごめんなさい、ごめんなさい」

 と謝りり続ける姉


 

 その光景に疑問を抱きながらも、風邪を引いた祐人に対して一生懸命付き添って彼を心配して、見てくれている人が

 いるこの光景に良い家族だな、と暖かさを感じた程だ。


 

 祐人がまた安らかな睡眠につくと、宮さんは


 「みんな、気持ちはありがたいけど、みんなまで風邪がうつってしまったら大変だから、もう行きなさい」


 と、促し、また祐人の方を向く


 階段をおり、祐人の母親にジュースとケーキを振舞われる。


 「祐人のためにお見舞いに来てくれてありがとうね、せっかくきたんだから食べていって」


 そう言うと祐人の母親は台所に戻っていった。


 「いただきます」



 「いただきます」


 「・・・・・・」


 陽子と省吾は俺とは異なり何の心配も無く、ジュースとケーキを食べている。

 だが・・・・・俺にしてはあまり心が晴れていないわけで、


 一人立ち上がり、台所へと向かう。


 「おばさん・・・・・・祐人・・・大丈夫ですか?」


 祐途の母親は俺を見て

 

 「大丈夫よ、ただの風邪だもの、心配してくれてありがとう、順二君」


 と優しく語りかけた。

 

 だが、優しくされるほど俺の心が引き締められる・・・・なぜなら俺がかけた言葉が原因で

 祐人が風邪を引き、なぜか宮さんまで顔色を悪くしているのかもしれないのだから。


 だから・・・たえきれなくなって


 「ごめんなさい・・・・もしかしたら、祐人が風邪引いたの・・・・俺のせいかもしれません」


 と、全ての心のわだかまりを祐人の母親に伝えた。


 俺が、一緒に帰ろうと伝えた事


 祐人が飛び出していった事をとめられなかった事


 それらが原因でべしゃべしゃになってしまった事



 たぶん、その時の顔は責任に押しつぶされて、今にも泣きそうだったのだろう

 だからだろうか、祐人の母親は行っていた作業を中断し、俺と同じ目線になるようにしゃがみ


 「ありがとう順二君は優しいのね」


 と頭をなでてくれる


 「順二君は祐人が一人で待っているのがかわいそうだったから、一緒に乗っていく?って聞いたんでしょ、

  ありがとう、祐人の事を本当に思ってくれているのね、本当にありがとう、それは誇る事であって、

  あなたが責任に思う事じゃないわ」


 「でも・・・でも・・・」


 涙があふれてくる、俺の責任だと思い、あなたは悪くないと言われ、暖かく頭をなでてくれた。

 俺が生まれてすぐ母親が死んで俺は母親と言うものがどのようなものかあまり知らなかった。

 

 だから、この暖かさや、今までの事など色々な感情がまざり、涙がひとりでにあふれてくる。


 「ほらほら、泣かないの男の子でしょ


 「・・・・うっ、うっ」


 「それに・・・今回の事は不幸な偶然とすれ違いが重なっちゃっただけなの」


 「どう、いう、事?」


 「昨日はちょっと用事があって私とおじさん(祐人のお父さん)は出かけていなかったのよ、そこで宮が電話に出て傘を

  持っていくことになったらしいんだけど、ちょうどそのすぐ後に和也からも電話があったの、まったく同じ内容で

  それで宮はどっちに傘を持っていこうか迷ったんだけど」


 

 「どっちに持っていったんですか?」


 「両方」


 「宮にとっては祐人も和也もどっちも同じぐらい大切な弟なのよ、だから和也のいるサッカー場と学校両方によって迎えに行こう

  としたの、で場所は反対方向だけどどっちに行くか考えた後・・・・・先に遠い祐人の方へ行ったらしいのよ、先に電話が来た

  からって、でもね・・・・学校に着いたら誰もいなかったらしいのよ、だから、もしかしたら誰かの車に乗せてもらったのかもと

  思ってすぐにサッカー場に向かっちゃったらしいの」


 




 

 「それって・・・・・・・・・・・・」



 心がずきんと痛む、それはもしかしたら、俺が祐人を誘って車に連れて行ったその時じゃないのだろうか?

 

 そうであれば、それこそ俺の責任・・・・・


 「それって、もしかしたら、俺が祐人を車に誘った時かもしれない、やっぱし俺の責任だ、俺が悪いんだ」


 祐人の母親はゆっくりと首を横に振る


 

 「違うわ、さっきも言ったけど、今回は不幸な偶然が重なってすれ違いが起こっちゃっただけなの、順二君には

  責任は無いわ・・・・いや、順二君だけじゃない、宮にも誰にも責任は無いの、それでも順二君が自分の責任だと思い込むなら

  それは偶然や確立すら自分の責任だと思い込むただの傲慢よ」


 そう言うと泣いている俺をそっと抱きしめてくれた。


 暖かい母親のぬくもり


 

 「そのあと、宮は和也を連れて帰ってきたんだけど、祐人が帰ってきていない事に気づいてすぐに

  学校に戻ろうとしたのよ、だけどその時に私達がちょうど戻ってきたの、で雨も強くなってきたし、宮は和也と家で

  待ってなさいって言って、私達が車で向かいに行ったんだけど・・・・たぶんその時祐人とすれ違ったのね・・・・

  祐人・・・雨の中ずぶぬれで走って家に戻ってきたのよ」


  そう言うと俺の涙をタオルで拭いてくれる


  「たぶんその時かぜひいちゃったのね・・・」


  祐人の母親は俺には責任は無いといった、

  悪い偶然とすれ違いが重なったと言った

  誰も悪くないと言った。



  でも、たとえ俺に責任が無いと言っても・・・・きっかけを作ってしまったのはやはりこの俺なのだ。


  さきほどの憂鬱さは消えたが、やはり心の端に少しだけ棘が残ってしまった気分だ。


  「まだ悩んでるの?そんなうじうじしてたら女の子にもてないわよ」


  また頭を今度はゆっさゆっさと力強く撫でる


  「たぶん、今の宮も同じように悩んでる、私の責任なんだ・・・・って、私がもっとちゃんと祐君を探せば

   こんな事にならなかった・・・って、でも、何度も言うけどこれは偶然の積み重ねとすれ違いなの、だれにも

   責任は無いし、誰にも責めることが出来ないことなの・・・・・だって、みんなが祐人の事を思ってやってくれた

   ことなんだもの」



  祐人の事を思った上でのすれ違い・・・・・


 

 「でも・・・・・とうの本人はまだそれに気づいていないかもしれないわ、それどころか、宮が和也だけを向かえに

  行って自分をほっておいてしまったと思っているみたいなの・・・たぶん時間が立てばその誤解も解けると思うんだけど」



 

 ガラーン、ガラーン



 5時の鐘が鳴る、


 俺たちにとって帰宅の鐘、そして少年時代最後となるこの家での記憶


 「あら、もうこんな時間ね・・・・ケーキたべた?」


 首を横に振る


 

 「そう、ジュースは急いで飲んじゃうとして、ケーキは箱に入れてあげるから、持って帰ってたべなさい」


 そう言うと茶の間に戻りケーキを箱につめて俺に手渡してくれた。


 「祐人の事・・・・誰よりも心配してくれて、本当にありがとう、これからも祐人の事よろしくね

  あの子、ちょっと神経質なところあるから、支えてあげてね」


 「でも・・・今回の事はやっぱり俺がきっかけ・・・・あの時俺がいなければ、

  俺が残っていなければ、俺以外の人だったらこんな事には・・・」


 「もう、そんな事言わないの、あなたのせいじゃないわ、それ以上言うと怒っちゃうわよ」


 優しく微笑みながら


 「それに、あなたの代わりはあなたしかいないの、あなたのやさしさはあなただけのもの、他の人が真似する事なんでできないわ

  そして・・・・その優しさを自分の責任だ・・・・って悪く言うのはやめてほしいの。」


  そう・・・どんなに悔やんでも事実は変わらない、あの時いたのは俺であって他の誰でもない・・・・そして

  祐人を誘ったのも俺なのだ・・・心に傷を負わしたきっかけを作ったのも俺、自分が悪いのだ・・・・そうやって自分を責めようとしていた。

 

  だが・・・そんな俺をこの女性・・・祐人の母親は叱ってくれた。


  過去は変わらないだけど、自分を責める事によって、祐人を心配して声をかけた優しさまで否定するのは止めて欲しい・・・っと。




  背中をぽんと叩く、それはお説教が終わった合図だったのかもしれない。


  「・・・じゃあ、これからも祐人の事よろしくね、祐人が困った事があれば助けてあげて、そして間違った事をしたら止めて

  しかってあげて」


 

 まだ夏の明るい夕方、俺たちはその後あの公園に寄り

 

 その中心にある屋根つきの遊具の中で今日あったことを話した。


 すると、やはり省吾や陽子もそれぞれの人々の心配をしていたらしく

 陽子は祐人の風邪と俺の不安な様子を、省吾は祐人の風邪と宮さんの疲れた様子を心配していた。


 そう、誰もが祐人の事を見て、そして心配していたのだ。


 俺たちはまた見舞いにもしくは元気な祐人と祐人の家やここで遊びに来ようと約束し、家路に着いた。




 だが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 その約束は果たされる事無かった。



 そう、なぜならその日を境に祐人は変わってしまったからだ

 祐人はこのすれ違いをきっかけに、俺たちを自宅には呼ばなくなったのだ。

 さらには遊ぶ時はいつも「うち以外」自家で遊ぶなら遊ばないと言う始末

 


 その理由を俺は初めは気づく事ができなかった。


 だが、俺はある日聞いてみたのだ、「なんで祐人の家に行っちゃだめなのか」と


 すると祐人は


 「家族に合わせたくないから」


 そう小さな声で言った


 当然なぜと聞き返す、あんなにいい家族なのになぜ?と


 

 「姉ちゃんも母さんも父さんも兄ちゃんばっかし見るんだ、俺の事を見てくれないし、俺の事なんてどうでもいんだ、だから」


 ―――  だからそんな惨めな姿、見せたくない ―――


 と俺に、俺に一度だけ悩みを漏らした


 祐人の母親は時間が誤解を解決させる

 そう言った、しかし実際はその誤解の溝はなくなるどころか、より大きな溝となって

 祐人の心を蝕んでしまっていた。


 おそらくは、俺が作ったあのきっかけが、祐人が「姉が兄だけに傘を持っていって自分はほったらかしにした」自分は選ばれなかった

 と今もまだ思い込んでいるのだろう。


 そしてその思い込みはより大きくなり、姉も、両親も親戚も全てが兄ばかり見て、自分はみられない、向けられない

 それどころか、なんでもそつなくこなす兄と比較され、劣っていると思われているのではないか・・・・・・

 と考えだしているようだった。



 

 俺はその誤解を解きたくて、

 あの時の事を伝えたくて


 だが、口下手な俺にはそれをうまく伝える事ができない


 

 そして祐人は、このことについても語らなくなった。


 俺は、祐人の誤解とコンプレックスの壁を取り除く事ができなかったのだ。


 


 俺が作ったきっかけが・・・・たしかに祐人の母親が言ったように俺にも誰にも責任は無いのかもしれない

 だから、その事で悩む事とはしない・・・・・・・だけど、


 この祐人の告白を聞き俺はやはり思い知らされる事となる


 偶然にしろ、俺に責任が無いにしろ祐人を変えるきっかけを作ってしまったのは・・・・・・・・・・・・・・・俺だと言う事を。








 


 

 祐人の心のあり方を変えるきっかけを作ってしまった「あの日」


 それ以来俺は、いや俺たちは、この家に訪れてはいない・・・・・


 俺たちは来たかった・・・・・だが、それを変わってしまった祐人は拒んだ。

 だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・その後のこの家族がどのような生き方を歩み、あの優しかった家族が

 変わってしまったのかは、あの日以来ここを訪れていない俺たちには知りようの無いことだった。

 


 そう、だからいくら考えてもこの家を見続け、疑問に思う「どうして」という疑問には答えられない


 

 そして、おそらくは俺たちの知らない、その「空白」を知った時、この



 井上宮という一人の優しい女性が、狂気に駆られた魔女に変貌したと言う

 

 「どうして」に答えが出るのだろう。

 

 だからと言って、その答えが出るまで待っているなんてことは出来ない

 

 

 そのため俺は、その瞬間まで俺のできる事を全力でやろうと思う。


 あの家族が元の幸せな生活を取り戻す事はできないかもしれない、だが

 これ以上に狂い、今後多くの人を傷つける事を止める事は出来る。


 だから・・・・俺はこのヌリカベの魔牢に挑む。





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