ヌリカベ―前編―③
○
夜だか朝だかわからない日々を幾度繰り返しただろうか。
今宵も、壁の中の少女と秘密の密会がはじまる。
コンコン
よく耳を澄まさなければ聞こえないほどの音、それに気づき、すぐにノックをしなおす。
コンコン
(おそいわよ、大丈夫ならもっと早く合図しなさいよ)
俺達の会話は俺達にしか聞こえない、なぜなら壁に耳をつけ、やっと聞こえるぐらいの音だからだ、
その為、会話は自然に声を掛けるときは壁に向かって壁に話し、聞くときは壁に耳をつけて壁から
言葉を聴く形となっていた。
それこそ、壁と話をする様に。
「すまん、注意はしているんだけど、やっぱしノックの合図は注意して無いと聞き取れないんだよ。」
おそらく数日の時をこのヌリカベを挟んで共に過ごし、俺たちは互いに運命共同体のような、
不思議な関係となっていた、言うならば友達以上恋人未満と言うところか、まあ、俺としては恋人未満じゃ無くても
いいんだけど。
(で、この前の話の続きだけど、その映画主人公は最後にはどうなったの?)
「ああ、そういえばそんな話してたなぁ、途中で宮姉が来て、そのまますぐに中断したんだっけ、
あの時はやばかった。」
たわいの無い話で盛り上がり今の時間を共有する、確かに壁に挟まれてはいるがたとえ姿が見えなくても、彼女は
俺の事を見てくれている、そう、今までの人生では無かった俺が追い求めていた物がここにある。
―――――― 誰も俺を見てくれなかった
―――――― 誰も俺を必要としなかった
―――――― それが、今では。
――― 俺だけを見てくれている少女が壁の中にいる ――――
だんだんと壁に恋をしているような錯覚に見舞われてきた、俺末期かもしれない。
(で、どうだったの)
壁少女は早く言えと急かしてくる。
「それで主人公は・・・・・」
あれ・・・・・・主人公はどうなったんだっけ?
記憶があいまいになる、と言うよりは思い出したくないのか、ただ忘れているだけなのか、
まあいいさ、忘れたなら忘れたで都合の良い「俺たち好み」の話に作り変えてしまえばいい。
どうせ、この壁に囲まれた世界から出る手段なんて無い、だから、確かめる手段も無い。
そう、俺達にとってはこの塗り壁の世界が全てなのだから、だから俺にとって都合の良い
話をし、それが嘘だったとしてもこの壁の世界ではそれは紛れも無い事実になる。
だから躊躇無く俺は、自分にとって都合の良い話へと映画のエンディングを作り変える。
「主人公は取り残されたヒロインと共にその城で幸せに暮らし、ハッピーエンドになったとさ」
(・・・・最後の最後で普通な話ね、私的には話の流れからして、とんでもない結末が待っていると思ってたのに)
あれ、ミスったかな?どうやら俺の作り出した話は壁少女にはお気に召さなかったようで。
(まあ、でも、祐人があんなにも面白いって言う映画なんだから、実際に見たら面白いのかも、私もここから出たら
一度借りて見て見るわ)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
壁少女は言った「ここから出たら」っと、だが無理だよ、できっこない、こんな壁の部屋から脱出なんて不可能さ、
だから、キミはいつまでもそこにいて欲しい。
それに、ここから出てしまえばさっきの話が嘘である事がばれてしまう、それ以上に君がここから出てしまえば、
キミの目には俺以外のものも写ってしまう、そうしたら、キミは俺を見なくなってしまうかもしれない。
―――― そして、もしもここから出てしまい、この事件を引き起こした姉が捕まるなんて事になれば ――――
(あーおなかすいたー)
唐突に話が変わり、戸惑う。
「ごめん、何の話してたんだっけ」
(だから、おなかがすいた、味噌ラーメンを山ほど食べたいって話)
そんな話をしていたのか、俺はまったく気づかなかったぞ。
「っていうか、さっきメシ出されたんじゃないのか?・・・・・・・・・・・もしかして、俺に出されるメシと
キミが食べてるメシ・・・ちがうのか?」
監禁はされてはいるものの、食事は手作りの上かなりいいものが出されている、だから当然壁少女も同じものを食べている
ものだと思っていたんだが、もしかしたら姉は他人である壁少女には劣悪な物しか出していないと言うのか?
もしそうだとしたら、宮姉に一言怒鳴りつけてやらねばならないだろう。
(たぶん同じ・・・・あれでしょ、今日はスパゲッティーミートソースにパンにジャムそして紅茶にサラダ)
どうやら、完全に俺の思い過ごしだったらしい、じゃあなぜ、食べないんだ?
理由を考えて見る。
「ダイエットか?」
(・・・・・・・・・・祐人、アンタは底知れない馬鹿だねえ、こんな監禁状態でダイエットも何も無いでしょうに)
いや、確かに、ごもっともです。
(・・・・・必要最低限しかとってないのよ、そして、毎回食べる量を減らしてる)
なんで?理由を問おうとして、一瞬扉を見ると、その瞬間、音も無く扉の監視窓から目が現れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あぶなかった、ほんとにあぶなかった、監視窓が開く瞬間に話すのを止めた為、ぎりぎり会話をしている事が
ばれずにすんだようだ。
そして壁少女もそのフインキに気がついたのか、彼女も話すのを止めている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
じっと扉の目と視線を合わせること数分、
ガシャ、っと音を立て監視窓がしまる。
前は恐ろしかった壁の目も今では恐怖は無くなり、むしろあの目は俺を見てくれていると言う暖かさまでも
感じるようになっていた。
数分して、壁少女から本日二度目の合図がおこなわれる。
コンコン
俺は待ってましたといわんばかりにすぐにノックを返す
コンコン
(大丈夫?ばれなかった?)
「ああ、こっちは大丈夫、そっちは?」
(こっちも大丈夫よ・・・・・・・・・それより、今の事で確信したわ)
唐突に壁少女は真剣な口調になる、なんだろう、何を確信したんだろう?
それに、今の事ってなんだ?俺なんかしたか?
はっ、もしかして、この秘密の談話の中、さらなる鬼気迫る状況に直面して、俺の事を好きだと言う事に
気づいたとか?!
不安と期待で胸を膨らませ、壁少女の次の言葉を待つ。
(祐人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は・・・)
熱のこもった声が壁の中から聞こえる、俺は次の言葉を聞きのがさまいと集中して、
(私は・・・・・・・・数日以内に脱出計画を実行に移すわ)
聞きたくない言葉を聴いてしまう事となる。
(私が出たら、すぐに祐人、あなたも助けてあげる、そして憎き、アイツを警察に放り出してやるの)
聞きたくない、聞きたくなかった、だって、もしキミがここから出てしまえば、俺のこの幸せな世界は
――――― 崩壊してしまうのだから ―――――――
●
奴がいなくなってくれればいい、存在自体消滅してくれればいい
そう思っていたのは確かだ、もし「奴」が消えてくれれば今までに奴に向けられた目線は全て
さえぎられるものが無くなり俺に降り注ぐ、そして奴と比較され劣っていると思われる事も無くなる。
だから奴が死んでくれた時は、それこそ願ったりかなったりのハッピーデイだったわけだ。
しかも死因が、付きまとわれていたストーカーに殺されると言う超笑える展開。
いやまあ、すっきりしたねマジで。
まあ、こんなハッピーな気分だったのは家族の中でも俺だけなわけで、宮姉もお袋も親父も、相当
参ってしまい、特に姉にいたっては少し精神を病むほどの重症だ。
でも、確かに宮姉は奴一筋だったから仕方が無いといえば仕方が無いのだが。
まあ、奴が死んでからしばらくの間は当然家族は落ち込むだろう、でもこの落ち込んだ気持ちは
所詮しばらくの間だ、それさえ過ぎてしまえばもう何も恐れる事は無い、今度は俺が主役だ、
今まで受けられなかった視線を俺が受ける番だ。
しかし、その番は一週間たっても、二週間たっても、一ヶ月経っても訪れはしなかった。
両親は、奴が死んだ事を今でも引きずり俺を見ない。
姉は、カウンセラーに通うようになり、やっと仕事に復帰できるぐらい回復し、仕事に打ち込み俺を見ない。
見ない見ない見ない、結局のところ、奴が死んでも何も変わらなかった。
それどころか、奴が死ぬ事により、両親と姉の心に強く奴の亡霊がまとわりつくようになってしまった。
そう、死んでも奴は俺の邪魔をし続ける、奴は死んだが、完全に消滅はしていなかったのだ。
くそくそくそくそ。
その日の晩、俺は業を煮やして両親に言ってやる事にした。
「今日のニュースは失踪した当時人気絶頂の歌手、夜杉亜美について特集を組んでお伝えしたいと思います」
テレビがつけっぱなしになっており、しかし親父はそれを見ず、酒ばかりを飲んでいる。
「さて、その失踪には多くのなぞを含んでいるわけですが、現在警察の見解としては、生死不明ということで・・・」
お袋は、何も言わず黙々と晩飯を作り続ける。
「そうですねー実に残念です、今年は夜杉亜美と岸鈴那の二人が、今年のレコード大賞を競い合うと思っていたのですが・・」
プツン
俺はテレビを消す、両親のまるで俺の事をいない様に扱う態度に腹が立ち怒鳴った。
「いつまで兄貴の事を引きずっているんだよ!!いい加減立ち直れよ」
そして俺を見ろよ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
親父もお袋も何も言わない、そうか、そうかよ、俺がこんなに言ってもお前たちは
俺を見ないんだな、じゃあ、
「じゃあ、俺が兄貴の代わりになればよかったのかよ?兄貴じゃなくて俺が死ねばよかったんだな?
・・・・・・・・・・・・・あ、無理か、はは、だって俺には俺だけを見てくれるストーカーなんていないもんな。」
それを言った瞬間、夕食を作っていたお袋は夕食そっちのけで顔を真っ赤にしてこっちに向かってきて
バチン
思いっきり平手打ちをした。
「いってえなぁ、なにすんだよ」
唐突に殴られた事に苛立ちを覚える。
そう、ここで終われば、おれは・・・・・・・・・・・・・
俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺は・・・・・・・・・・家出なんてしなかったかもしれない。
お袋はその後、こう言った
「代わりなんて・・・・いないのよ」
たぶん、そこで全て終わってしまった。
代わりはいない、すなわち、奴である兄貴の代わりなんて俺には出来ないし、
どんだけがんばってもあの優秀な兄貴の代わりは存在しない。
唯一無二の存在、だから、重要なのは代わりのいない大切な兄貴で、おれは代わりにすらならない
そしてこの意味は、どうあがいても兄貴の代わりになりえないのだから、俺がどんなに努力しても兄貴のいた所にはたどり着けないし、
代わりになりえない劣った存在と言う事、兄貴のように必要とされ、愛される事は無い「必要の無い存在」、そして、奴の亡霊が
両親や姉の心にとどまる限り、彼らの目線を奴の亡霊にさえぎられ、俺には届かない。
だから、だからだから
これからも俺は必要とされない、目線を向けられない、誰も俺を見てくれない
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺は暴れ、そして家を飛び出した。
「祐・・・××××」
親父が何かを言っている
聞こえない
「祐・・・××××」
お袋が何かを言っている
聞こえない
いや違うな、聞こえないんじゃなくて「聞かない」し「見ない」んだ、奴らが俺の事を見ないんだったら俺も奴らの
事は見ない。
そう、もう関係無い周りの事なんて、俺は自分自身だけを見る。
自分自身だけを守る「塗り壁」を作り、他人を
踏み込ませず、俺の作った世界だけで生きていく。
おれは、親父とお袋を置いて、夜の街へと出た。
○
数日がたったある日の事だ。
いつもと代わらない目線に安心し、いつもと代わらない密会を行うつもりだった。
ガン、ゴン
大きな音が隣から聞こえてくる。
何事かと驚き、その数十秒後、この数日間一度も開く事のなかった扉が勢いよく開かれた。
「祐人、さあ、逃げるわよ!!」
その声には聞き覚えがあり、いつも壁を挟んで密会を行っていた存在の声そのものであった。
その少女の髪は金髪でポニーテ―ル、人形のように整った顔、まさにテレビで見ていたのと同じ
「あの歌手」その物
少女はうろたえている俺を腕ごとと引っ張り部屋から連れ出す。
少女はここから出るつもりだ、もしでてしまえば、
―――― この世界は崩壊する ―――――
「ちょ、ちょっとまってくれよ」
「何?、時間が無いの、あいつが目を覚ます前にここから出ないと、」
そういうと少女は勢いよく、廊下へと走り出す。
このまま行ってしまえば
―――― また誰も俺の事を見なくなってしまう ――――
だったったった、
廊下を過ぎた後、くだりの廊下に差し掛かる。そこで少女は一度手を離し、
一気に階段を下ろうとする。
「だからちょっと待ってくれって」
「話は後、アイツを警察に突き出してから」
もしも姉が捕まれば
―――――― ・ ・ ・ ・ ・ ―――――――
少女は俺の制止を振り切って階段を駆け下りかける。
俺は・・・・・・・・・・・・・・・・少女を追いかけようとして、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どすっ
・・・・・・・・・なぜか手が前に出ている。
「えっ?!」
時間が止まったかのようにスローモーションになる。
少女は階段を勢いよくおりようとして・・・・・・
なぜか、頭から階段に飛びむかっている。
ゆっくりと回転している少女
俺は俺は・・・・・手を伸ばし・・・・なぜ伸ばしている?
これは・・・・・・・・・・そうだ、急いで降りようとして足をもつらせ、階段を転び落ちようとした
少女を助けようと手を伸ばしたんだ。
だが・・・・・・・・・・・・・その手は少女には届かず
あの整った顔が階段にぶつかり、
ガラガラがらがら、ガタン
その瞬間スローモーションと化した時間が元の時間に戻る
少女は何度も階段にぶつかり、まるで人形のように位置エネルギーにそって落ちていく。
ゴトン
最後の大きな音の後、階段からの落下は終了した。
俺は階段の上から、金髪の少女らしき物を見る。
それは、もはや人間といえない形をしていた、だって首が変な方向を向いている人間なんているはずが無いのだから。
数秒もたたないうちに少女の頭らしき部分の下から赤い液体が池を作った。
何が起こった?いや、何が起こったかは理解している、少女はうまく部屋から脱出し、俺を助け、一階に下ろうとして、
最後の最後で・・・・・・・・・・・・・・・・・足をもつらせ、階段を踏み外し・・・・階段を転げ落ちた。
その結末が、これだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は、どうしていいのかわからず立ちすくむ、笑うのでもなく泣くのでもなく起こるのでもなく、なんともいえない
感情が俺の中で渦巻く。
少女が死んだ、壁少女が死んだ、壁の中の少女が死んだ。
彼女は俺の事を見ててくれた、彼女は俺だけを見てくれた、彼女は俺のみを見てくれた。
その少女が死んだ。
これからも続くと思っていた俺の世界から、壁の中の少女が消え、同時に俺の世界そのものが崩れ落ちる。
何でこんな事になった?どうしてこんな事に?
考える、考える、結論はこうだ、
逃げ出すなんて考えなければ良かったんだ、あの時俺はなんとしても彼女を止めておけばよかった。
あの時、あの時、あの時・・・・・・・・・・・・・・・・・・うあああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
○
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
叫びながら飛び起きる。
周りを見ると、俺はまだ壁の部屋にいつもと同じように存在していた。
ゆ、夢?どうやら俺はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
いやな夢をみていたような気がする、壁の中の少女がこの壁の世界から出て、俺を救い出し、結果、
急ぎすぎて、足を絡ませて・・・・・・・・・・・・・・・・階段から落ちて死ぬ
一気に俺の中に嫌な予感が駆け巡る、アレが夢なのか現実なのかがわからない、今の現状から考えると、夢の可能性のほうが高い
だが、いやに生々しい悪夢だった、だから俺はその夢がただの夢である事を確かめたくて、
コンコン
すぐにいつもの、密会の合図をだした。
もしも、これにすぐ答えてくれれば、彼女はまだ壁の中にいる、だがこれに答えなければ
2秒が過ぎる、まだ返事が無い
5秒が過ぎる、まだ返事が無い
6、7、8、9
コンコンコン
ぎりぎりのタイミングで返信の合図があった。
良かった、これでさっきのは嫌な悪夢だとわかった。
そしてこの夢はおそらく、「ここから出るな、出るとこの夢が現実になるぞ」と言う警告だったのだろう。
だから、俺は彼女の計画をとめさせなければならない。
「おそかったね」
壁に向かって話しかける、一秒でも早く壁の中の少女の声が聞きたくて、
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい、ちょっと警戒してたの)
壁少女はいつもより小さな、聞き取れるかどうかわからないぐらいの声の大きさで答えた。
おそらくは、いつ脱出の計画を実行するかを伺っているのだろう
すぐに俺は、脱出をやめるように話を振った、なぜなら、もしかしたらあの悪夢が現実になってしまうのは
数分後、数秒後かもしれない、だから俺はすぐに伝えなければならない、この気持ちを
「話があるんだ・・・・・真剣な話」
(何・・・・・・・・・・・・・?)
大きく俺は息を吸い込む、そして心の中でよしっと答え
「この前言ってた、脱出の話なんだけど・・・・・・・・もうやめないか、ここから出る事を」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
少女は数秒間無言になり
(どうして?)
と、一言だけたずねた。
「おれ、さっき夢を見たんだ、キミが脱出しようとして、俺を救い出すんだけど・・・・キミが階段でつまずいて、
・・・・・・・・・・・・死んでしまうんだ」
(・・・・・・・・・・・・・・)
壁の中の少女は何も答えない
「その時、俺気がついたんだ、失って初めて気がついた・・・・・・・・・・・・俺、キミがいないと生きていけない
キミの事が好きだ」
(えっ・・・・・・・・・・・・・・・・)
少女は一瞬驚きまた、静寂が訪れる
「だから俺はキミを失いたくない、そして・・たぶん、これは予知夢のようなものなんだと思う、もしもここから出てしまえば
きっと、おそらく、夢と同じ悲劇が起こってしまうかもしれない、おれはもう二度とキミを失う事はいやなんだ、だから」
俺は覚悟を決める、さながらプロポーズのようだ。
「だから、俺と一緒にこのまま、ずっとここにいよう」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
少女は何も答えない、だが俺は、じっと壁の中の少女の答えを待つ。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だめ・・・かな?」
静かに少女が語りだす
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だめ・・・じゃないよ)
一気に俺の中の世界が輝きを取り戻した。
「本当!?・・・・・・・・・・・本当にいいのかい?!、一生、一生出れないんだよ、それでも
俺と・・・一緒にいてくれるのかい?」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん)
涙があふれる、やっと見つけた、やっと手に入れた、俺だけを俺だけを見てくれる大切な人
「ありがとう、ありがとう、ありがとう」
今までのつらさが全て吹き飛ぶようだ、そう、俺が前に彼女についた、嘘の映画の結末、それが現実の物となった。
そう、俺の世界が俺を認め真実の世界へと変えたんだ。
(私も・・・・・私もうれしかった、私もずっと一緒にいたい)
「これからはずっと一緒だ、一緒に誰の邪魔も入らない「塗り固められた壁」の世界の中で生きていこう」
(うん、永遠に一緒だよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「祐くん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「塗り壁」 前編 終