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異世界人の恩返し ~唐揚げを添えて~

作者: 忌野希和

「それじゃあ今日も唐揚げを作りますので、絶対に厨房は覗かないで下さいね」

「ええ。わかったわ」

 いつも通りお決まりの文句を残してユートが厨房に入っていく。

 アレッタは笑顔で見送ったが、すぐに閉まった扉に貼り付いて耳をすませた。

「今日こそ秘密を暴いてやるわ」




 アレッタが店の前で行き倒れていたユートを助けたのは三か月前のことだ。

 小動物のように縮こまりながら行く当てもないと言うものだから、同情したアレッタの父親ガントが店に住み込みで働かせてやることにした。

 ガントとアレッタの父娘は小さな食堂を営んでいる。

 母親のタニアは九年前、アレッタが十五歳の時に病気で亡くなっていて、それからは二人で店を切り盛りしていた。

 今年に入ってからガントの持病の腰痛が悪化したため、丁度お手伝いを探していたので都合が良かったというのもある。


 ユートはここらでは珍しい黒髪黒目の少年で、助けた時は仕立ての良い服を着ていた。

 手も力仕事や水仕事をしたことがないのか、アレッタが羨むくらい綺麗だったので、実は豪商や貴族の御曹司かと疑った。

 しかし本人が「僕は一般市民の高校生です」と否定したので、そのまま働いてもらうことになる。

 まあコーコーセイが何かはアレッタもガントも分からなかったが。


「兄ちゃん、エールおかわり」

「はあい、ただいま」

 ユートは良く働いた。

 最初は給仕だけだったが、すぐに会計も覚えて任されるようになった。

「居酒屋でバイトをしていたので、慣れてるんです」

「へえ、そうなんだ」

 まあイザカヤデヴァイトが何かはアレッタもガントも分からなかったが。

 ユートは体の線が細く顔も整っているため、女の子に間違われることもしばしば。

 それがきっかけで人気が出ると、二週間もするとすっかり馴染んでしまった。


「あのう、アレッタさん。もし良ければ僕にも料理をさせてもらえませんか?」

 助けてから一か月ほど経った頃、ユートから提案があった。

 サイドメニューは既に任せていたが、メニューひとつを自分で作りたいそうだ。

「いいんじゃない? 何が作りたいの?」

「唐揚げという料理を作りたいのですが、ひとつお願いがあります。どうか調理中は絶対に厨房を覗かないと約束してもらえませんか」

「変なお願いね。別にいいけど、どうして作るところを見ちゃだめなの?」

「それは……ええと、あれです。我が家の秘伝の作り方なので、秘密なんですっ」

 妙に言い訳じみて聞こえたが、料理の作り方は飲食店の要である。

 そういうものかとアレッタは納得した。


「ほお~、それじゃあその唐揚げとやらが旨かったら、アレッタと結婚してもらうかぁ。家族なら教えられるんだろ?」

「ちょっと、お父さん!」

 隣で聞いていたガントがニヤニヤしながらそんなことを言うので、照れたアレッタが背中を思いっきり叩いた。

 が、狙いが逸れた。

「ぐおお、腰はやめろ、腰は」


 翌日、厨房に籠って作ったユートの唐揚げは絶品だった。

「普段使ってるのと同じ鶏肉とは思えない。どうやったらこんなに柔らかくて、肉汁が溢れ出てくるの!?」

「めちゃくちゃ旨いな! 今晩から早速店のメニューに載せるか!」

 アレッタもガントも小規模とはいえ、料理を客に提供するプロである。

 この唐揚げを客に出せば大好評間違いなしと確信すると同時に、どうやったらこんなに旨い唐揚げが作れるのか非常に気になっていた。

 数日もすると〈タニアの歌亭〉の唐揚げは絶品だと巷で話題となる。




「駄目よ、父さん。約束でしょ」

「ぐぬぬ、わかってる。なあ、真面目にユートを婿に向かえないか?」

「だからその話はやめてよ。ユート君に迷惑がかかるでしょ。私みたいな薹が立った女は嫌でしょうに」

「そうかぁ? 俺が見てる限り脈ありだけどなぁ」

 そわそわしながらユートの籠っている厨房の扉を見ていたガントが顎髭をしごく。

 ユートは店が忙しい時間帯でも、隙あらばアレッタの姿を目で追っているのをガントは知っていた。

 アレッタとユートは腰痛持ちのガントを気遣いよくフォローしてくれる。

 そのおかげで仕事に余裕ができて気付くことができた。

 見られているアレッタ本人は忙しいままなので気付いていないが。


「タニアが死んじまってからは、店のせいでお前には迷惑をかけてるからな。器量よし、気立てよしな男がいたら捕まえて欲しいってのが親心ってもんよ。まあ唐揚げの秘密も料理人としては非常に気になるがな」

「私は母さんとの思い出が詰まったこの店が大事なの。そりゃぁいずれは結婚して子供を作らないと店も続けられないけれど、今はまだいいわ」

「おいおい、そんな悠長なことを言ってたらあっという間にババアになっちまうぞ。アレッタはユートが旦那だと不満なのか?」

「そ、そうは言わないわよ。可愛いし仕事は出来るし……って、何言わせるのよ!」

「ぐおっ、だから腰はやめろ、腰はっ」

「お待たせしました。今日の分の唐揚げの仕込みが終わりました。あれ、ガントさんどうしたんですか?」

 厨房から出てきたユートが、腰を押さえて床に這いつくばるガントを見て首を傾げていた。




 これでもアレッタは〈タニアの歌亭〉の看板娘で人気がある。

 母親のタニア譲りの赤毛に彫りの深い顔立ち。

 ガントが熊のような大男なので、父親に似なくて良かったなとよく言われた。

 美人と自称する気はないが、常連客の商人や冒険者から求婚されたことは何度かある。

 残念ながらどの男も店を継ぐとは言ってくれなかったので断ったが。


 ユートが気にならないと言えば嘘になる。

 彼はあっという間に店に馴染んだし、忙しい仕事も楽しそうにこなしているし、一緒に働いていて楽しかった。

 更には唐揚げで店の売り上げにも大きく貢献しているし、一生懸命働いている姿は可愛い。

 そりゃぁ、気にならないわけがないのだ。

 けれど八歳も年上の女の所に婿に来させるなんて酷だろう。


 できるならば唐揚げの秘密を知りたかった。

 もちろん厨房を覗くような裏切りはせず、出来上がった唐揚げから調理方法を予想してみる。

 ユートに渡しているのと同じ材料で、アレッタもこっそり唐揚げを作ってみたが、どうやっても同じものが作れない。

 ユートの唐揚げはまるで違う素材、それこそ高級な素材を使っているかのような旨さだった。


「あ、タニアのアレッタお姉ちゃんだ! いつもお肉ありがとう!」

 その日の仕入れを終えて店に戻る途中で、近所の孤児院で暮らす子供二人とすれ違った。

「お肉? 何のこと?」

「馬鹿、内緒だってユート兄ちゃんに言われてただろ」

「あっ」

 男の子に言われて、しまったと口を手で塞いだ女の子だったがもう遅い。

「その話、詳しく聞かせてくれるかな」

 鬼気迫るアレッタに言い寄られて、子供たちはこくこくと首を縦に振ることしかできなかった。


 子供たちによると、ユートは孤児院に毎日のようにやってきて肉や小麦粉を差し入れしているらしい。

 まるで唐揚げの材料だが、これは一体どういうことだろうか?

 差し入れに来る時間帯は、丁度ユートが唐揚げを作っている時間と重なっていた。

 厨房の扉の反対側には勝手口があり、外に出ることができる。

 つまり唐揚げの材料を差し入れることは可能だ。

 だが材料を渡していたとなると、ユートが作った美味しい唐揚げはどこから現れたのだろうか。


「ユート兄ちゃんが来るとミリナねーちゃん嬉しそうだよな」

「だってユートお兄ちゃん格好いいもん」

 ミリナとは孤児院を経営している〈地神教〉の信徒で、確かユートと同じ十六歳の可愛らしい少女だ。

 男の子は孤児院の女の子たちがユートに夢中なことに不満そうにしていた。

「アレッタお姉ちゃん、私たちが喋ったことは内緒に……あれ、いない」


「そうよね。同年代の若い娘がいいわよね」

 ガントに言われてからユートを尚更意識していたアレッタであったが、急に恥ずかしさを覚えていた。

 いい歳なのにはしゃいで情けない。

 勝手に裏切られたような気持になり、良くない感情が渦巻く。

 とても子供たちに見せられる表情ではなかったので逃げてきた。


「私の気持はさておき、差し入れの件についてははっきりさせないと」

 もし本当に用意した肉を使っていないのであれば、今まで客に正体不明の食べ物を提供していたことになる。

 大事になる前に正体を暴かなければならない。

「父さんには悪いけど、そろそろ潮時ね」




「それじゃあ今日も唐揚げを作りますので、絶対に厨房は覗かないで下さいね」

「ええ。わかったわ」

 いつも通りお決まりの文句を残してユートが厨房に入っていく。

 アレッタは笑顔で見送ったが、すぐに閉まった扉に貼り付いて耳をすませた。

 ガントは街の寄合に参加していて不在なので、邪魔するものはいない。

 唐揚げの調理は昼の営業後の準備中の間に、小一時間ほどかけて行われる。


 中の様子を伺っていると、最初の三十分ほどは厨房からの物音はしなくなり、勝手口の扉が開く音が聞こえた。

「本当に出てきた」

 大急ぎで表玄関から外に出ると、鍵をかけてユートの後を距離を取って追いかける。

 手提げ袋を持ったユートは真っすぐ孤児院へ向かうと、門の前では金髪の少女が箒を動かしていた。


 その少女、ミリナはユートを見つけると笑顔を咲かせて駆け寄った。

 至近距離に顔を近づけられて思わず仰け反ったユートの顔は赤い。

 楽しそうに何か会話をしながら、ユートが手提げ袋をミリナに渡すのを見届けたところでアレッタは店に戻った。


「おーい、アレッタ。店を閉めてどこに行ってたんだ」

 〈タニアの歌亭〉に戻ると、寄合からガントが戻ってきていた。

「何かあったのか?」

「何でもないわ」

 どう考えても何かあった表情なのだが、母のタニアが死んだ時とはまた違う、どす黒い感情が漏れだしている。

 かつて見たことのない娘の圧力に、ガントはそれ以上話しかけることができず、店内で無言の気まずい時間が続く。


 アレッタは厨房の扉の近くの壁に背中を預け、胸の下で腕を組み目を瞑っている。

 暫くすると勝手口の扉が開く音と、何やらがさごそと作業する音が聞こえてきた。

 カッっと目を開けたアレッタが、厨房の扉に手をかけた。

「!? アレッタ!」

 ガントが制止する間もなく、勢いよく扉が開かれる。

 厨房で行われていた所業に、アレッタの目が大きく見開かれた。


 大きい平皿にユートが手の平を向けている。

 その手の平から、突然唐揚げが出てきた。

 揚げたてほやほやのジューシーなやつだ。

 それがどんどん手の平から出てきて、平皿に積みあがっていく。

「アレッタさん!? あ、ちょ、待って、急に止まらない! 見ないで、見ないでくださぁい!」




「えーっと、つまりユートは異世界人で〈混沌の女神〉から【手の平から無限唐揚げ】という加護を授かったっていうこと?」

「はい……そうです……」

 一通り唐揚げを出し終わったユートが厨房の床に正座している。

 普通に椅子に座ってもらって構わなかったのだがユートは固辞した。

 俯く顔は青ざめ、肩が小刻みに震えている。


「今まで隠していてすみませんでした。頂いていた材料であの唐揚げは作っていません。誤魔化すにしても材料を捨てるのはもったいないと思ったので、近くの孤児院に寄付していました」

「だよなぁ、あんなに旨い唐揚げをその辺の材料で作れたら苦労しないぜ」

 真相が判明してすっきりした顔のガントが頷く。

「今までお世話になりました。知られた以上ここにはいられません。もらった給料の残っている分はお返しします。あまり残っていませんが……」

「ちょっと待って。知られると何が問題なの?」


「だってこんな能力、気色悪いじゃないですか! 何もないところから唐揚げが出てくるんですよ。女神様は『東北某所の比内地鶏を使用していて、漬け込みに使用しているタレも某名店の継ぎ足しする秘伝のやつよ』なんて言ってましたけど、そんなのこちらの世界の人たちには意味不明じゃないですか。他の異世界転移してきた人たちは、剣や魔術に関する凄い加護をもらうのに、僕は唐揚げって何なんですかっ」

 目に涙を浮かべながら訴えるユートに、アレッタとガントは顔を見合わせる。

 どうやらユートは自身の持つ加護に劣等感を持っているようだった。


「ねえユート、確かにその無限唐揚げってのはちょっと珍しい加護だと思うけど、周りから疎まれるようなことはないわ。魔術で何もないところから水や火が出るんだもの。唐揚げだってその延長みたいなものよ」

「そうだぞ。〈混沌の女神〉の加護でこんなに旨い唐揚げができるなら、〈混沌教〉に知られたら神聖な食べ物として祀られちまうかもしれんなぁ」

 てっきり気味悪がられると思っていたユートだったが、まさか二人から肯定の言葉をもらえるとは思わず、暫く呆然としていた。

 そして嬉しさで笑顔を浮かべながら涙ぐむ。

「アレッタさん、ガントさん。それじゃあ僕はまだここで働かせてもらえるんですか?」


「もちろんだ。それに今更唐揚げの提供はやめられんぞ。店の売り上げが減っちまうからな。がはは」

「給料は今まで通り支払うから、ミリナちゃんにプレゼントでも買ってあげなよ」

「え、何故ですか? もう材料を使ったと誤魔化す必要がないなら、孤児院に行く理由もないのですが」

「えっ」

 疑問符を浮かべながら見つめ合う二人に、ガントがニヤニヤしている。

「ユート、ちょっと早いがもうアレを渡しちまえ」

「え、あ、はい」


 正座で足が痺れたユートがふらつきつつ自室に戻り、小箱を持ってきた。

「アレッタさんの誕生日が近いと聞きましたので、プレゼントを用意しました。いつもお世話になっているので受け取ってもらえればと」

 小箱の中にはペンダントが入っていた。

 小振りではすまない、美しいサファイアが燦然と輝いている。


「アレッタさんの赤毛には青が映えるかなって」

「聞いて驚くなよ。なんとユートは雇ってからの三か月分の給料を、ほぼこれに使っちまったんだ」

「ええっ。そんな高価なものを貰っていいの?」

 高価すぎて、驚くなと言われても無理があった。

「ほら、早速つけてやれよ」

「じゃ、じゃあ失礼します」

 アレッタが髪をかき上げ、ユートがぎこちない手つきでチェーンを結ぶ。

 互いの顔が近づくと、ミリナの時以上にユートの顔が紅潮していた。

「どうかしら」

「似合ってると、思います」

 もじもじしながら笑い合う二人を見て、なんとか収拾がついて良かったと胸を撫でおろすガントであった。




 こうして〈タニアの歌〉亭は唐揚げが絶品な店として繁盛した。

 恋敵のミリナが乗り込んできたり、〈混沌教〉が神の加護と知って騒動になったり、グルメな貴族のお嬢様に目をつけられたり、実は唐揚げには特別なバフ効果があると判明したりするが、それは別の物語である。

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