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時計

 学生だった頃、学校でいちばん好きなものは時計だった。朝いちばんに家を飛び出し、教室にひとりきりで座っていると、聞こえるものはただ時計の針の音だけだ。遅くまで残っていても、時計の針が主張を始める。保健室で寝ていても、図書館に閉じこもっていても。針が動くときのわざとらしいくらいのカチッという機械音がたまらなく好きだった。


 家でひとりで寝ているときも時計の針はわざとらしく鳴る。自分の心音と秒針の音がズレていくのに耳を傾けて、頭に心臓があるような気さえしてくる酷い頭痛にうなされながら、天井に泳ぐ文字や星を見る。学校を休んで家にいる昼間の特別感はどこからきていたのだろう。ふだん見られない時間帯のテレビ、休日にはない近所の静けさ、兄弟が近くにいない非日常感。結局退屈で仕方なくて、寝ているか本を読んでいるかしていなかったけれど、今となってはあの感覚が蘇ることもない。


 時計はやっぱり秒針がカチカチいうものでなければつまらない。最近は静かなものも随分多くなってしまったけれど、手巻き時計の忙しさが心地良い。診療所や薬局のBGMによくオルゴールの曲が使われるのもそういうアナログな機械音に癒やされるという人間の心理みたいなものがあるからなのだろうか。ヨーロッパのからくり人形に愛らしさと温かみを感じるのもそういう所以なのだろう。


 ただ、時計の音はしばしば恐怖を増長させるものとして描かれることも少なくない。忙しく鳴り続ける秒針の音は焦燥を煽り、柱時計のぼーんという音は姿の見えない何者かの声を含んで響いているように聞こえる。かのドグラ・マグラの冒頭も時計の鐘の音から始まる。


 アナログなものは人の手で作られているのでデジタルなものよりも人間に近い。我々は、作った人の念、とか、使っている人の魂、だとか、目に見えないものを道具を通して感じ取っている。死者の形見が特別視されるのもそういうことだ。時計は特に、時という目に見えない概念を規則正しく測り、長い時間を見届け、人の側にあり続ける、そういう道具だ。だから人の心理に作用しやすい。付喪神にもなりやすいだろう。これはあくまで個人的な意見なのでスルーしていただいて。霊的存在が干渉しやすいのは電子的なものだと一般的には、それでもマイナーな論理だと思うのだが、言われているけれども、それは世の中にデジタルが溢れ、今までみたいなやり方ではアプローチが届かないから現代人にわかりやすい形で自己主張をし始めた結果であって、さほど変わらないと思う。おばけも勉強家なのだ、向こうでもきっと現世同様、「意識高い系呪縛霊〜人形に入るのは時代遅れ〜」みたいな特集が雑誌で組まれているかもしれない。


 大幅に話が逸れた。気を抜くとついこういう話をしてしまう。もともと話の筋などあってないようなもので、ぐちゃぐちゃだから、カニのミソみたいだなと思ってのかにみそにっきなのだが、そんなことはどうでもいい。


 時計といえば幼い頃は砂時計が好奇心の対象だった。あんな単純なものが、かえって幼心にはミステリアスに見えていた。砂がさーっと落ちていく様子はいま見てもなかなか癒される。アリジゴクに似ていて面白い。アリジゴクにアリを落とし、助ける、生産性もなにもない、アリに申し訳ない遊びをしたことがあるなあと思い出しながら眺めている。普段見慣れた砂の色ではなかったことも興味を惹き付けたのかもしれない。最近は、カラオケなんかにいくと映像の中で何度も何度も砂時計が割れるので、いくつ割ったら気が済むのだろうとさめた目線で見てしまう。


 それから日時計。これは小学校の校庭にあった。見方は今でもわからない。複雑な、日時計の説明文が、漢文かと思うほど漢字だらけで、そして半ば風化しかけた文字盤に刻まれているものだから、6年間を費やしてもついに解読することはできなかった。作り方はだいたいわかるけれど、それは1時間ごとに影の位置に線を引いたり、季節ごとに太陽の位置が変わったりして面倒だろう。あんなに大雑把な時計は扱いに困る。それであの複雑怪奇な漢文めいた説明が添えられていたのだろうなとなんとなく推察した。


 今日は出先で掛け時計を物色していた。やっぱり学校の少々わざとらしく針の音が鳴るアナログ時計が部屋にあって欲しいので探してはみたけれど、当然ながら主流は静音設計のもので、うちにかかっているセイコーの時計も静音だった。カチカチ鳴るのは、わたしの部屋の電波時計さんだけだ。夜中にガガガガガと怪音を立てながら時間調節をしてくれている。大人になってしまう前に、理想の時計を手に入れておきたいものだが、時計探しにはなかなか時間がかかりそうだ。




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