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文化祭

 いくつかの授業を受けていく内に、俺は冷静さを取り戻しつつあった。

 クラスメイトが態度を翻し俺に友好的になったこと。

 橘さんに俺亡き後の伊織の世話を頼んだり、彼が無事復帰出来るようにと取り計らったり、俺が伊織が目覚めて以降してきたあれこれは、伊織が今の状況を作れるようにと願ったことだった。

 本来であれば、疎外感ではなく、喜ぶべき場面だったはずなんだ。


 それでも思わず、疎外感を覚えてしまったのは……。

 クラスメイトの現金さに面食らったか。

 伊織が、ここまで急速にクラスメイトとの距離を詰めると思っていなかったためか。


 多分、後者なのだろう。

 目覚めたばかりの二十も年下の彼が、自分よりも上手く周囲と馴染めるはずがない。いつの間にか俺は、そう高を括っていた。


 ……いや、それも違うか。

 残された時間を俺は、伊織を無事復帰させるために費やそうと決意したのに……これでは、俺の存在価値がないではないか。


 本当は、もう少しゆっくりと移行が進んでいくと思っていた。

 俺から伊織への移行。

 これまで何があったのか。どんな風に生活していけばいいのか。


 ゆっくりと時間をかけて、俺はそれを彼に手解きするつもりだったのだ。


 ……だけど、どうやらもう、本当に俺はお役御免らしい。


 近づく終わり。

 覚悟していたが、意識したら心が揺れた。


 時間は、俺のことなど気にすることなく容赦なく過ぎていく。

 あまり会話したことがないクラスメイトと休み時間の度に話して気疲れして、気付けば帰りのショートホームルームの時間がやってきていた。


「来週から、文化祭準備期間に入ります」


 教壇に立つ橘さん。彼女は今年も、一学期はクラス委員長を引き受けていた。

 教壇で話す橘さんを見て、今更俺は今日、彼女と会話していないことに気が付いた。橘さんと仲良くなってから、一日も彼女と話さない日なんて一度もなかった。

 先日、俺は橘さんに俺と伊織を一緒くたに扱ってくれと願った。そのお願いをした時、橘さんは含みのある言葉を投げかけてきたが、どうやら二人の仲は良好というわけではないようだ。


 ただ、今はそんな二人の友好度を確認するよりも、橘さんの発言が気になった。


 文化祭。


 そう言えば去年、この学校は四月と五月に体育祭と文化祭が重なっていると誰かに教えてもらった。四月の体育祭は、バス事故の件で憔悴しきり学校を休んでしまったが、文化祭はなんとか参加することが出来そうだ。

 ……違う。

 文化祭に参加するなら、俺ではなく伊織であるべきなんだ。

 伊織の人生は伊織のもの。俺が、彼の青春の一頁の邪魔をするわけにはいかない。


「それじゃあ、これから各自の役割を決めます」


 橘さんの号令から、まもなくクラスメイト達で文化祭の役割決めを始めた。

 一年時とは違って、二年時のクラスメイトは学校行事に対する熱意があった。活気ある話し合いが始まった。


 役割決めをすると言ったが、まずは文化祭のクラスの出し物の議論を始めた。何より、出し物を何にするかによって、どの分野に何人人を割くかが決まってくるからだ。

 数分の議論の末、出し物は喫茶店。

 そして、各々の役割を決め始め……俺は、橘さんと二人、商品の発注の仕事を担うこととなった。


 橘さんと二人、か。

 少し、俺は気まずさを覚えていた。


「最近、伊織君橘さんと仲悪いじゃない?」


 俺が橘さんと二人きりの仕事を任されたのは、そんなクラスメイトの余計なお世話のせいだった。


 ……俺はまだしも、伊織は何を思うか。


 俺は、クラスメイトに対して苦笑を見せた。

 それにしても、クラスメイトにも俺と橘さんの仲の良さは、どうやらクラスメイト公認だったらしいことを知って、俺は少し驚いた。


 クラスメイトから見て、俺は眼中にない存在だと勝手に思っていた。

 ……もしかしたら、もう少し俺が彼らに目を向けていれば、伊織よりももっと先に、仲良くなれたのかもしれない。


 そう思うと、少し惜しいことをした気がしてきていた。


「よろしく」


 橘さんに、俺は言った。

 橘さんは俺をチラリと見て、返事もせずに席に戻った。


 クラスメイトのこともそう。

 そして、橘さんのこともそう。


 いや、古くから言い出せば、俺のしてきたことはずっと……ずっとそうだった。


 どうやら、俺はまた失敗してしまったようだ。

 

 俺は苦笑して、まだ楽しそうに騒がしく声を上げるクラスメイトを放って、橘さんと同じように、席に戻った。

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