交換日記
やっと日本に帰ってこれました!
伊織が目覚めた日から、まもなく一週間が経とうとしている。あれ以降、伊織は再び姿を見せることはなかった。ただ、何となく俺はまもなく伊織が再び目覚めるのではないか。そんな直感じみた感覚に、襲われていた。
一週間の間に、ノートは随分文字が増えた。
社会人時代、プレゼンの仕方は身を持って習ってきた。最初に結論。その後も要点をまとめることが、見やすい資料の特徴だ。でも、そんな特徴に沿わないやり方で、俺はノートを埋めていた。だから多分、このノートの内容は少しばかり見づらいことだろう。
でも、推敲はしない。
自分が書きたいこと。伝えたいこと。それを伝えるのに、何度も何度も書き直す時間があるのか。俺にはそれがわからなかったからだ。
初めは、俺が誰なのか。そして、いつから伊織の身に乗り移ったのか。それから何があったのか。そんな内容を、思い出すままに書いていった。
一週間続けたそれは、いつの間にか寝る前の俺の日課になっていた。今日はここまでを書こう。そんなことを漠然と考えながら、俺はその日課をこなしていった。
しかし、今日はノルマをこなすことなく、俺は眠りにつくことにした。伊織のために課したノルマを放り投げたくなるくらい、強烈な眠気に襲われたのだ。
思えば、いつも寝ている時間を少し過ぎるくらいまでこの日課を続けてきた。
その疲れが貯まっていたのだろうか?
覚束ない足取りで、俺はベッドに入った。
布団を体に被せて、目を閉じた。その後の記憶はまるでない。
目を覚ますと、俺は真っ先にスマホで日付を確認した。それもまた、あの日伊織が目覚めて以降行うようになった日課の一つだった。
スマホに表示された日付を見て、半覚醒状態だった俺の脳はフル稼働していた。
明確に俺が記憶する寝た日から、日付が二日過ぎていたためだ。
「伊織、起きたのか」
ベッドから飛び起きた俺は、わかりやすく机の上に置いていたノートに目配せした。いつ伊織が目覚めてもいいように、机のど真ん中に俺はノートを置いていた。
ノートは、いつも通りの場所に鎮座している。
俺は、恐る恐るノートを捲っていった。
『はじめまして』
文字が書かれた一番最後の頁。俺の字ではない、小綺麗な文字が綴られていた。
「……良かった」
この一週間の間、言いようのない不安に俺は度々襲われていた。
あの日目覚めて以降、伊織は一週間もの間、再び眠りについた。もう、彼は目覚めないのではないか。そんな可哀想なこと、あっていいはずがないではないか。
そんなことばかり、俺は考えていた。
だから、自分の最期が迫ることを告げるメッセージだったにも関わらず、俺は今こんなにも安堵を覚えたのだ。
『ありがとうございます。俺のために、こんなノートを残してくれて。正直、一年以上寝ていた実感があまりなくて……。このノートを見た後も、正直半信半疑です。でも、カレンダーだったり色んなものを見てみると、あなたの言うことはやっぱり正しくて、それがわかった今も、正直困惑しています。ここにも、何を書いていいかよくわからないです』
伊織のメッセージは、困惑の色が色濃く見えた。
無理もない。
一年以上、眠っていた。それだけでも困惑しそうなものなのに、自分の中に名も知らない男がいるとなれば、それもより一層深いものになっただろう。
再び、俺は申し訳なさを覚えた。
『本当にありがとうございます。これからもこのノートに、俺が眠っている間に何があったか書いてくれると、とても嬉しいです。今日は結局、学校に行くこともなく、ずっと部屋でこれを読んでました。でも、まだ読み切れていません。きっとあなたも、まだ書ききれていないこともあると思うんです。だから、お願いしたいです。あと、次に目を覚ました時は、あなたが書いていた通り、学校に行こうと思います。橘さん。すごく優しい人なんですね。頼ってみようと思います』
ありがとうございます。
そんなお礼を言われるようなこと、俺は彼に何もしていない。貴重な青春時代を一年奪った。それが、俺が彼にした全てだ。
でも、だからこそ俺は、これをやり遂げないといけないんだろう。
少しでもこれが、彼の快復に役立つものになるのなら、これ程嬉しいことはない。
そうして、俺はこの体の主である伊織と、奇妙な交換日記を始めるのだった。
そして、一週間。
また、時が過ぎた。
強烈な眠気に襲われて眠った翌々日。俺は目を覚ました。
スマホを見て、俺はまた彼が目覚めたことを知った。
『嘘をつきましたね』
ノートの、文字の書かれた最後の頁には、幾ばくかの怒りが見て取れた。
『橘さん、すごい怖い人でした。ずっと睨んでくるんです』
「……あはは」
俺は苦笑して、それが彼女のいつも通りなんだよ、と書いた。
カクヨムでも投稿を開始したので、読んでくれると嬉しいです。
カクヨムコン受賞できないかな、などと甘いことを考えている。
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