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目覚める

出張がしんどくて一週間サボった。まだ続いているからまたサボるかもしれない。先に、謝っておきます。

一日一話は続けたい。

 長い夢を見ていた。

 それは、俺がまだ高校生だった時の夢。香織に出会い、そうして彼女と幸せな毎日を送っていた時の夢。


 微笑む俺を、俺は少し遠くで第三者の目線から見ていた。今の俺では見せることもなくなった眩い笑顔を見せる自分に、俺は目を細めていた。

 あんなに素敵な笑みを俺が浮かべられるのは、きっと今夢で俺の隣にいてくれた香織のおかげ。


 あの時、俺の隣に香織がいたことは……今更ながらとても幸せなことだったんだと自覚した。


 少し前の俺なら、あの時に戻りたいと思うばかりで、どうしてあの時の俺が幸せだったのかを考えることはなかったと思う。

 漠然とした幸せを求めた結果、結局俺は何も手にすることは出来なかった。


 ……でも、伊織の身に乗り移ってしばらく。


 色々な経験を経て俺は、あの時の俺をようやく客観視出来たんだと思う。

 そして、あの時の自分がどれだけ幸福に満たされていたか。


 今の自分が、あの時よりと同じくらい……いや、あの時よりもより幸福であることに、気付けたんだ。


 この身に乗り移ってから今日まで、幸せだった。

 もう二度と会うことはないと思ったかつての恋人と再会して。

 二度目の高校生活を味わって。


 そうして、橘さんと出会った。


 俺の人生は、誰かに彩られることで幸福に染まってきた。


 色んな人と出会い、別れ、そうして微笑みあい、俺の人生は幸福に満たされてきたのだ。


 かつての俺はそんなことにも気付かずに、最終的には自ら生命を捨てる選択を選んでしまった。それは、裏切り行為とも呼べるような選択だった。

 だから神は、俺に俺の人生がどれほど満たされていたかをわからせたのだ。


 ……でも、思う。


 神は俺に、俺の人生の素晴らしさを伝えるためにこの時間を作ってくれた。


 神は、生命を捨てた俺に時間をくれた。

 神は、自分を嫌う俺に外から自分を見せてくれた。


 おかげでたくさんのことを知ることが出来た。


 でも、結局時間は戻らない。

 失ったものを取り戻すことは出来ない。


 俺が今、俺の人生の素晴らしさに気付けたところで……結局俺は何も取り戻すことは出来ないのだ。


 神は、どうして俺に伊織の身で過ごす時間を与えてくれたのか。


 生命を捨てた俺に。

 自分を嫌う俺に。


 自分の人生の素晴らしさを伝えた意味は何か。


 ……多分。


 神が俺にこの身で過ごす時間を与えた意味は、恩寵なんかではない。


 結局、何も取り戻すことが出来ないこの時間で、俺が自分の人生の尊さに気付けたところで、得られるものは何もない。


 ……むしろ。


 今更失ったものの大切さに気付かせ、後悔をさせるようなことをしたのは。


 目を覚ますと、違和感があった。


 寝る前に見た翌朝の天気予報は、晴れだった。なのにカーテン越しに薄っすらと見える外の景色は、曇天模様。ポツポツと屋根を打つ雨の音も聞こえる。


 薄暗い部屋で、俺はベッドから体を起こして、スマホを灯した。


「あれ?」


 スマホに表示された日付は、俺が寝た記憶がある日から二日進んだ日だった。

 見間違いだろうか?

 思い違いだろうか?


 眠気であまり働かない頭が、急速に回転し始めた。


 そして、これが見間違いでも思い違いでもないことを自覚した。


 違和感が残った。

 でも、あまり気にしても仕方ない気がしてきて、俺は部屋を出た。


「おはよう」


 リビングには、香織がいた。

 こちらに気付いた途端、香織は血相を変えた。


「大丈夫?」


 香織は俺に迫って抱き締めながら、尋ねてきた。


「何が?」


 あまりに予想しなかった香織の行動に、俺はそう尋ねるのが精一杯だった。


「昨日、部屋から結局出てこなかったから」


「……部屋から?」


「どうしたのって聞いても、ほっといてって叫ぶばかりで……だから」


 俺は何も言えなかった。


「……覚えてないの?」


 俺は、何も答えられなかった。

 部屋から出なかった記憶も、香織に叫んだ記憶も。


 俺には、一切なかった。


 ……夢遊病でも患ったのだろうか。


 いや、それよりも思い当たる節があった。


 ……凄惨なバス事故の現場。

 仮に、あのバス事故から無傷で生還出来たとしても、当時の記憶は深い深い心の傷を負わせ、トラウマとして記憶に刻まれることだろう。


 一年振りに、目を覚ましたとして……真っ先に思い出した記憶が、もしそれだったとしたら。


 部屋から出れないくらい、怯えて泣いて……一日中取り乱したっておかしくない。


 神は俺に、俺の人生が素晴らしいものだったって気付かせるために、俺を伊織に乗り移らせた。

 そしてそれに気付けた今、俺がこの身に乗り移った理由は果たされた。




 もう、俺がこの身で生き続ける意味は失われたのだ。




「ごめん。覚えてないや」


 そう答えながら、俺は意外とあっさり、自らにこれから待ち受ける最期を受け入れることが出来た。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本来自分で死を選んでるんだし今さら生きたいっていうのも勝手な話だもんなぁ いよいよ元カノにネタバレするのかな
[一言] ご無理なさらず、ゆったり更新してくださいませ。 楽しみにしております。 …ここからは主人公の意識や記憶はどんどん曖昧になっていくのでしょうか。 きっと、すでにある種の覚悟を持っている主人公…
[一言] リアル優先で大丈夫ですよ 執筆のモチベーション維持は大変だと思いますが、作者さんのやりたいペースで完結まで頑張って下さい
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