表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/109

監視カメラ

 菅生先生から校外活動の説明がクラスメイトにされたその日、俺は早速行動を起こそうと立ち上がった。


「橘さん、少し良い?」


 まずは、クラス委員の皆に放課後話し合いの場を設けようと考えていた。真っ先に押さえる人は、橘さんで間違いなかった。彼女はなし崩しながら、このクラスの委員長に選ばれた人なのだから。


「ごめん。今日はこれから予定があるの」


 謝罪の弁を述べた割に、あまり心が籠った言い方ではなく、平坦に俺は拒絶された。


「……予定って?」


「なんであんたにそんなこと教えないといけないのよ」


 ムッとした橘さんを見て、どうやら余計なことを聞いてしまったらしいことを悟った。

 これ以上、今彼女の気分を害するのは得策ではない。そう思って、俺は口を開けたまま立ち尽くした。


「じゃあ、また明日」


「うん」


 橘さんは、足早に教室を後にした。

 ……仕方ない。クラスでする校外活動の話し合いのためとはいえ、本来それは個人の用事よりも優先されるべきことではないのだ。

 予定があるなら、仕方ないことだ。


 俺はそう割り切って、書記達他のクラス委員の予定を確認しようと思い至った。


「……あれ?」


 しかし、顔を上げた先には、もう他のクラスメイトは誰も残されていなかった。

 部活動へ行ったのか、はたまた家に帰ったのか。


 どちらにせよ、橘さんと同様に、連中から協力を得るのも一筋縄ではいかないようだ。


 残された俺は、このまま一人教室で突っ伏していても何もならないので家への帰宅を決めた。荷物をまとめながら、頭の中で考えていたことは、やはり件の校外活動のことだった。

 菅生先生はクラス委員も含めて、校外活動を面倒だと言っていた。ただ今この状況になっても、俺はその活動が面倒だとは思わない。むしろ、簡単な部類と考えている。


 とはいえ、やることがさっさと決まらないのは、気持ちが悪い。適当にでも何にでも、そこをさっさと決めれば方針はすぐに固まる。

 だから俺は仕方なく、帰りの電車の中、一人で校外活動で何をするのかを考えていた。クラスメイトの賛同を得ることなんて話し方次第でどうにでもなる。そう思っていた。


「……乗り過ごした」


 ただ、そんな考察に時間を割きすぎて、俺が気付いた時、自宅最寄り駅に通じる駅のホームに降りる電車の扉は閉められた。

 走り出した電車の車内で、俺は集中し過ぎたことを恥じながら、次の駅の情報をスマホで調べていた。こちら方面にやってくるのは初めてだった。ただ調べてみると、次の駅からも自宅までは歩ける距離のようだ。


 どうせだから、歩いて帰ってみるか。

 そう思い至って、丁度次の駅にたどり着いた電車から降りて、俺は改札から外に出た。自宅からの最寄り駅の景観は、噴水があったり飲み屋、商業施設などがあったり、ちょっと派手めな駅という印象を抱いていたが、その一つ先の駅は、完全に住宅街の中にある駅、という感じだった。駅構外に出てもスピーカーからの大音量の音楽が流れていなかったり、都内の割に物静かな印象を受けた。

 そこから、自宅へ向けて俺は歩き始めた。

 まもなく、住宅街が減ってきた頃に、目の前に保育園が姿を見せた。季節上まだそこまで外は暗くないが、園内は既に明かりが灯っていた。


「それじゃあ、ゆーちゃん。先生にさようならって」


 丁度、一人の児童が入り口前で引き取りに来てもらったみたいだ。

 微笑ましい光景を横目に見つつ、俺はその横をすり抜けようと歩いていた。


「……ん?」


 が、思わず足を止めてしまった。それは、丁度児童を引き取りに来た女子に、どこか見覚えがあったからだった。

 

「橘さん?」


「え? ……げ」


 そこにいたのは、先程用事があると学校を早々に引き上げていった橘さんだった。

 保育園の先生が背を向けて立ち去って行く中、俺達は気まずい顔を崩せないまま、二人で見つめ合っていた。


「斎藤。あんたなんでここにいるの?」


「家に帰る途中」


「あんた、最寄り駅ここじゃないでしょ」


「え、なんでそんなこと知ってるの?」


「……知らないっ」


 素朴な疑問をぶつけたら、そっぽを向かれた。橘さんがそっぽを向いた先には、彼女の妹と思しき少女がいた。二人は、これから帰路に就くのか手を繋いでいた。


「そうか。今日の予定って、こういうことだったのか」


 納得して、俺は一人手を叩いた。妹の面倒を見るための早期帰宅であれば、責めることは出来まい。

 橘さんはこちらに顔を見せなかった。そっぽを向いたまま、プルプルと震えていた。ただまもなく、大きめなため息を吐いて俺に向き直った。その顔は、諦めだとか呆れだとか、色々な感情が籠っているように見えた。


「そうよ、悪い?」


「いやいや、家族思いでとても良いと思うよ。素直に尊敬する」


 自分が彼女と同じくらいの年の頃を思い返すと、遊んでばかりだった記憶が蘇る。多感な年頃だ。遊びたいに決まっている。なのに彼女は、自分の欲を堪えて家族のためにその時間を使っている。素晴らしい以外の感想、浮かぶはずもなかった。


「バカにしてるでしょ」


「いやいや、全くしてないよ」


 ただ、俺のこの感心は橘さんに届くことはなさそうだ。再び橘さんは、大きめのため息を吐いた。


「みーちゃん。この人だれ?」


 純真無垢な声が、橘さんの隣から聞こえた。橘さんの妹と思しき少女は、どうやら俺に関心を示してくれたらしい。


「斎藤伊織って言います。よろしく」


 元々はそんな名前ではなかった俺だが、数ヶ月この体で過ごす内に、すっかりこの名前を言い淀むことなく言うことが出来るようになった。嬉しいような悲しいような。ともかく、誇れることではなかった。


「伊織」


「そう」


「ゆーちゃん、お兄ちゃんにさんを付けないと」


 家族間ではあだ名で呼び合っていることを俺に自らバラしたためか、橘さんは顔を真赤に染めた。それにしても彼女は、姉御肌な人である。口下手と菅生先生は称していたが、小さな子に物事の分別を教えられるだなんて、これまた素晴らしい限りだ。


「ねえ、みーちゃん。みーちゃん」


 しかし悲しいかな。橘さんの妹は、橘さんの忠告を聞く様子はなかった。


「何?」


「公園で遊ぼっ」


「え、これから? 家に帰ったらもう夕ご飯だよ?」


 それにしても、姉をやっている橘さんの姿は中々新鮮だった。


「お願い。伊織と遊びたい」


「え、俺?」


 そろそろお暇しようと思っていた俺にとって、橘さんの妹の申し出は予想だにしていないことだった。


「こら、お兄ちゃんだってこれから帰るところなんだから、ワガママ言ったら駄目」


「えー、伊織、駄目?」


 ……そんな、泣きそうな目で見つめられたら、断りたくても断れない。


「少しだけなら」


「あっ」


 苦笑し頬を掻いていると、橘さんから怒られそうになった。


「……もう。仕方ないんだから。じゃあ、少しだけだよ?」


 しかし、俺も幼女の懇願に気圧された部分があったためか、橘さんも何とかその怒りを収めてくれた。


「……ごめん。ウチの子こうなると話聞かないから、ちょっと付き合って」


「大丈夫。構わないよ」


「……ありがとう。少し歩いた先に、公園があるから」


「うん」


 それから俺達は、橘さんの妹の懇願通りに公園で少しの間遊ぶことになった。砂遊びを少しして遊んだ。数十年振りに砂遊びなんてしたもんだが、やってみると意外と楽しくて熱中したのは、語る必要のない話だろう。


「悪かったわね、今日は」


 俺達が帰路に就いたのは、外もすっかり真っ暗になった頃。この頃になると、橘さんの妹……優香ちゃんも眠気が襲ってきたようで、俺が彼女を担いで二人を送って行くことにした。

 勿論、最初は橘さんは俺の申し出を断ったのだが、男として夜遅く女の子二人だけを帰らせるだなんてそんなマネは出来なかった。


「別に構わないよ。それにしても、妹がいたんだね」


「……あんたはいないの? 兄弟」


「あー、兄が……いや、いないよ」


「何よ、今の間は」


 前の体では兄が一人いたが、伊織という少年には兄弟がいないことを思い出して、慌てて言い繕った。苦笑するが、誤魔化せたかは微妙だった。


「それにしても大変だね。妹もいるのに、クラス委員長だなんて」


 話を逸らすように俺は言った。


「……そうね、正直困ってる」


 ただ、話を逸した甲斐があったのか。意外にも橘さんは、あっさり自らの不安を俺に吐露した。


「先生の話だと、校外活動って結構時間かかるそうじゃない。本当、とんだ貧乏くじ」


「……だったら、もっと激しく抵抗すればよかったのに」


「そんなの、負けたみたいで嫌」


 それが、あの場で最終的に橘さんがクラス委員長をすることを譲歩した理由、か。負けたみたいで嫌。つまり、それはただの意固地である。

 正しいことではない。

 どうしても無理なことだったら、是が非でもどんな手を使っても、無理であることを伝えて、その立場をしないようにするべきだったのだ。


 結果、橘さんは今、家族の仕事の手伝いとクラス委員の仕事で、悩む羽目になっているのだから。

 少なくとも、あの場でもっと足掻くことは、後々クラス委員長になったとしても、あの時あたしは出来ないと口酸っぱく言ったじゃない、と言い訳する理由になったのだから、するべきだったのだろう。


「……ねえ、斎藤」


「ん?」


「どうすればいいと思う?」


 ……嫌いな奴と一緒にいるのは苦痛と言ったり、相手には弱みを見せないようにしたり。

 そういう精神性をしているのに、俺には真逆のことをするのだから……彼女、どうやら相当参っているみたいだ。


 助け舟を出す義理はない。

 でも、困っている少女を見捨てる程、俺という人間は落ちぶれてはいない。


 それに、俺はクラス副委員長。

 クラス委員長である橘さんをサポートするのが、俺のクラスでの仕事だ。

 

「……まず聞きたいんだけど、君は校外活動の何がそんなに不安なの?」


「だって、先生があんな大変だって言ってたんだよ?」


「……まあ、菅生先生の気だるい態度が不安を煽ったってのはそうだろう。でもよく考えてみてよ。先生は校外活動の内容は、クラスで決めろって言ったんだよ?」

 

「それが、何よ」


「つまりさ、確かにやることのレールは決められていないわけだけど、やることに対する目標だとかこれ以上にしろって基準は設けられてないってことさ。つまり、校外活動であれば何でも良いんだ。募金のボランティアにクラス代表二名が参加した、でもいいし、美化活動のため学校周辺を掃除しました、でも構わない。クラス全員がこれをすることに決めて、それを出来ました。その報告さえあればこの校外活動は何をしたって構わないのさ」


 目から鱗という顔で、橘さんは黙って俺の顔を見ていた。

 

「学校行事だから大変なことをしなければならない。皆、公の行事だからって物事を難しく考えすぎなのさ。本来この活動は、忙しい皆の活動の合間を縫っても一月あれば完遂出来る行事だよ」


「……なるほど」


「……実は今日、放課後君に声をかけたのは、じゃあ校外活動に向けて何をしましょうかって話を決めようと思っていたからなんだ」


「クラスメイト皆で決めないの?」


「最終的にはそうする。でも、皆に意見を持ち寄ってもらうところから始めて、すぐに活動内容が決まると思うかい? 絶対、決まらないよ。だから、こっちからある程度道筋を立ててやるのさ。校外活動何をしたいですかって聞くより、校外活動はこれをしようと思っていますがいかがでしょうかって聞き方にした方が、話が活発になると思わない?」


「確かに」


 まあ俺なら、活動内容はこれにしようと思っていますが、とも聞かず、これ以外の案はありますか、と聞く。

 活動内容はこれにしようと思っています、はクローズドクエスチョン。イエス、ノーの回答しかなく、向こうも意見を口にしやすいが、オープンクエスチョンな聞き方をすれば向こうもすぐには案を浮かばせづらいし、自分の意見を通しやすくなるのだ。

 それに、そういう障害を置いた上でそれを乗り越える案を出してくるならば、意見の交換はより活発になり、有意義なものになるだろう。


 まもなく俺は、感心気な目で橘さんが俺を見ていることに気付いた。


「……で、本題なんだけどさ」


 その視線を逸したくて、俺は続けた。


「橘さん、君は今回の校外活動、何かしたいものはあるかい? 勿論、三ヶ月の期間中に片付きそうな、そんな内容で」


「……そう、ね」


 しばらく、橘さんは顎に手を当て、黙って思案していた。

 ただまもなく、一つやりたいことを浮かべたらしい。


「ねえ、斎藤」


「ん?」


「……もしかしたらこれ、難しいかもだけど、いい?」


 その目は、いつもの橘さんの強気な目とは違い……少し、不安に揺れているように見えた。


「いいよ。意見を出し合わないと、話は進まないだろう?」


 優しく微笑んで頷くと、橘さんは俯いて、その後静かに語り始めた。


「あたし、公園に監視カメラを付けたい」


 監視カメラ、か。


「優香ちゃんと遊ぶ公園に、監視カメラないんだ」


 さっきの公園か、はたまた別の公園かは、わからない。ただ、驚きながら目を丸くした橘さんの反応を見るに、正解なんだろう。


「なんでわかったの」


「それくらいしか浮かばなかった。最近、不審者だとかそんな話も多いし、妹のことが心配なんじゃないかって」


「……そう。その通りだよ」


 そこまでわかっているのであれば、これ以上は何も言う必要はない。

 そう思ったのか、橘さんは次の句を返さなかった。


 俺は今、判断を委ねられていた。


 公園に監視カメラの設置。それを出来るのか。出来ないのか。

 ……俺は、かつての後悔があって楽観的な考え方を止めた。楽観的な考え方をして、成り行きで生活して、最終的に痛い目に遭うのはいつも自分だったから。いわば自衛で、俺はそうなった。

 そんな俺からして、公園に監視カメラを設置させることは……。


「中々難しいね」


 そう言った途端、橘さんは暗い顔で俯いた。


「でも、出来ないことはないと思う」


 それは、色々な思考を巡らせた末の俺の答えだった。


「……え?」


「それをやろう。どんなに難しくても、俺が悪い風にはさせない。だから、そうしよう」


 まもなく、いつも難しい顔ばかりをする橘さんは……頬を染めて、そっぽを向いた。


「あ、ありがとう」


 お礼を言われるようなことは、俺は何一つとしてまだしていなかった。

ジャンル別18位ありがとうございます。3連休だからたくさん投稿しましたが、こうしてたくさんの人に読んでいただき評価いただけるのは、久々でとても楽しい限りです。

仕事が忙しくて忘れていた感覚が蘇ってきた気分。

何とか、そろそろ書籍化をしたいと望み書いている作品なので、陰ながらでも応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんか既視感あると思ったら通学路に横断歩道だか信号だかって話を見たことあってそれかと思った
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ