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張本人

 橘さんはリモコンを掴んだまま、俯いていた。

 俺は、いつか橘さんと地元に行った時にした話を思い出していた。


『俺の近しい人には全員、香織の息がかかっていたんだ』


 それは俺に伊織の身に何があったのか悟らせないため、香織が徹底的に箝口令を敷いていることに気付いた時の俺の発言。


 ……どうして、気付かなかったんだろう。


 香織は伊織に何が遭ったのかバレないよう徹底的な箝口令を敷いた。

 学校の教師。

 そして、恐らくそれは俺に近しい人全員に波及しているとそう考えた。


 なのに、どうして香織が橘さんを懐柔しなかったと、考えたのだろう。

 本来であれば橘さんは、今一番長い時間一緒にいるまさしくそんな人で、香織からしたら真っ先に懐柔したい人であったはず。


 橘さんは、地元帰省に付き合って、取り乱した俺を支えてくれた。

 だから勝手に……俺は彼女のことを信頼してしまっていたんだ。


「一体、いつから?」


 いつから橘さんは香織に懐柔されたのだ。

 橘さんに尋ねるも、返答はなかった。

 ただ……彼女とは大体いつも一緒にいたから予測は出来る。


 もし香織が橘さんを懐柔しようとしたのなら、それは俺がいない時。

 つまり、俺がおらず、香織と橘さんが接触した時を思い出せば……自ずと答えは見えてくる。


 もしかしたら、俺の知らない内に二人は密会していたのかもしれない。それならこの場で答えは出ない。

 でも、俺が知る限りで一度だけ……俺のいない場で二人が接触したことがある。


 それは……。


「……三が日、俺が熱を出した時なのか?」


 ……いいや。

 いいや、違う。それはない。


『あたしがいる』


 だってあの時の橘さんは、俺が真実を知るのに協力的だった。 

 あの時の橘さんは、金銭的事情で地元へ帰る日を遅らせようとする俺の背中を押してくれた。

 自腹を切ってまで、地元に一緒に来てくれた……!


 俺の身の安否を知れたら、次俺が伊織が巻き込まれた事件を調べる。

 そういうことは容易に想像出来たはず。


 もし橘さんが香織に懐柔されていたのなら……俺の地元の帰省を遅らせ、間延びさせようとするのではないだろうか。


 そして、ある日を境に明確に橘さんが変わった日のことを、俺は覚えていた。

 それは、成人の日の三連休明け。

 合唱コンクールへ向けたクラス練習が始まった、あの日だ。


 あれ以降橘さんは……今思えば、まるで香織のようだった。

 伊織に接する香織は、明らかに過干渉だった。徹底的な箝口令。外出した時、どこへ行ったのかも教えてくれない。

 ……徹底的に、伊織が傷付かないように、取り計らっていた。


 あの日以降の橘さんは……そんな香織のように、徹底的に俺に真相を知られないように取り計らっていた。

 自分は熱を出したり辛い時もあったのに、過干渉に、俺に一層深く関わってきた……!


 もし橘さんが香織に懐柔されたというのなら、あの日以降の話なのではないだろうか。

 

 ……その時俺は、気付いた。


 やはり橘さんは、三が日の時に香織に懐柔されたのではないか。

 例えばそう。

 俺が発熱し寝込んだ日の帰り道。あの時橘さんは、香織の運転する車で家に帰った。

 その時に、香織から伊織の身に起きた事件を聞き、懐柔を約束したのではないだろうか。


 それでも橘さんは、香織との約束を反故にし、俺の意を汲み、俺が真実を知る手助けをしてくれていたのではないだろうか?


『あんたは、あたしなんかより……よっぽど、強いよ』


 ただ、橘さんは何かを知って心変わりしてしまったのではないだろうか?


 橘さんが知ってしまった真実とは……。


 俺は目を瞑り、思い出していた。


『……そう言えばあの子、何か本を買って帰ったわね』


 高山さんとの会話を。


『そう言えば、あなたの勤めていた会社の名前はなんていうの?』


 橘さんとの会話を。


『ここだ。……間違いない。間違いようがない。……十年以上、ここに通ったんだ』


 更地となった職場を見たことを。


 そして、さっきテレビに写っていた光景を。




 バス脱輪事故に、伊織達が巻き込まれた事実をっ!



 

 ……おぞましい結論に、俺は至った。


「……駄目」


 俺がポケットからスマホを取り出した姿を見た橘さんは……。


「駄目っ! 調べちゃ駄目!」


 血相を変えて、俺に掴みかかった。


「離してくれっ!」


 頭に血が上っていた俺は、橘さんを突き飛ばしていた。

 そしてスマホを操作し。


 震える手で操作し……。


 愕然とし、手からスマホを滑り落とした。


「うぅぅ……。うぁぁぁぁ……」


 橘さんのすすり泣く声は、俺の耳に届いてはいなかった。


『さあ、どうだろう?』


 ……ようやく。

 ようやく俺は、あの時香織が何故俺の生死をはぐらかしたのか、理解した。


 言えるはずがない。

 こんなこと、息子に言えるはずがないっ!


 俺は……。

 俺は、香織の夫の生命を奪い……。


 香織から最愛の息子、伊織をも奪いかけた……張本人。


 香織にとって俺は、この世で最も忌むべき人間。


 床に落ちたスマホの画面には、こう書かれていた。


『○□県で起きたバス脱輪事故、〇〇製作所も関与か。△△重工が記者会見にて発表』

5章完結です。

長かった。それ以上の感想は出ない。

気付いたら20万字も越えたし、どっかで書籍化してくれないものか。

今後が気になった方は、評価、ブクマ、感想頂けると助かります

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― 新着の感想 ―
[一言] 最愛の夫の命を奪ったのが、かつて自分が捨てた元カレって 香織にとっては、複雑なんてもんじゃないなコレ。 形だけ見れば、主人公は元カノと間男への復讐を いつの間にかやってしまっていた感じになっ…
[一言] 怒涛の更新ラッシュにどうしたの!?状態でした。 ここまで鬼気迫るものを感じました。 こういう経緯になるとは予想もつかなかった。 途中経過がつかれるので推理物は読まないのですが、 気が付いたら…
[気になる点] >俺は、香織の夫の生命を奪い……。 会社の仕事だからな。 社員個人に責任は追及されない。むしろ責任を負ってはいけない。 責任を負うのは相応の報酬と地位を与えられたトップのみ。 残業規…
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