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空振り

 春休みに入った。

 この休みが終わると一つ進級して高校二年生。二度目の高校生活はまもなく、下級生を迎える立場にステップアップしようとしていた。

 社会人時代は、年度末と言ったら今頃ヒイヒイ言っていた頃だろう。それを考えると学生時代というものは、楽でいい。それ以上でもそれ以下でもない感情が、俺には芽生えていた。


 香織は、朝からどこかへ出掛けていった。

 そう言えばいつか、橘さん宅で泊まりになった頃、香織はこの時期に予定があると言っていた。もしかしたらその予定がある日だったのかもしれない。


 春休みに入り、昨日は古書店のアルバイトで……いや、橘さん宅で遅くまで遊んでいたから、香織は俺が起きた頃には既に家を出ていた。


 一時は一切自分の時間が取れずに、伊織が巻き込まれた事件を調査することも出来ずヤキモキしたものだ。

 ただ、合唱コンクールが終わった頃を皮切りに調査の時間も増えて、そうして今では自由にそれを続行出来ている。


 そう。俺は、伊織の身に何が起きたかの調査を未だ続行していた。


 丁度先週、恐らく核心を突いているだろうと思った死傷事件の件を現場まで行って調べたにも関わらず、だ。


 ……はっきり言おう。


 あの近所の神社で起きた死傷事件と、伊織の身に起きた事件。

 俺はそれらが関係はないと、そう結論付けた。


 最初ネットニュースを調べて見つけた時は間違いないと思った。

 発生場所は都内。しかも家の近所。そして被害者は親子。

 香織が事件から省かれていた状況から遠出はないと考え、そういう意味であの事件は条件に合致していたのだ。

 

 ただ、当時起きた賽銭泥棒事件の現場を総ざらいし、近所の神社にもう一度足を踏み入れて確信した。


 まず……恐らくだが、近所の神社の賽銭泥棒と都内で多発した賽銭泥棒の犯人は別だ。


 いつか見た個人ブログでは、近所の神社の賽銭泥棒も含めて同一犯の可能性が高いと記事にされていて、眉唾物だと思ったことがあった。

 あの記事では同一犯説を推した理由に、時間帯の一致と開けられた賽銭箱の様子からだとなっていた。


 ただ、普通に考えて賽銭泥棒をするとして日中を狙って犯行に及ぶだろうか。

 火事場泥棒が流行ったのは、火事で人が家を空けて、そのスキを突けば犯行がバレづらいという一面もある。

 つまり、後ろめたいことをする時、人は普通誰もいないような時間帯を狙うものだ。


 神社には日中人がいて当たり前。通行人だっているかもしれないし、誰にどこから監視されたかわかったもんじゃない。

 そりゃあ犯罪心理として、深夜帯を狙うのは当然だと思える。


 そして賽銭箱の方だが……気になったのは、近所の神社で起きた死傷現場が、賽銭箱から遠いことだ。


 賽銭泥棒が口封じのために人を襲う場面を想像したら、自ずと賽銭箱からどの辺で暴行を起こすかは想像がつく。

 賽銭泥棒が暴行を起こす時。

 それはつまり、賽銭泥棒をしている現場を見られた時。


 あの木は、賽銭箱から数十メートル離れた位置にある。

 街灯もない夜には視界不良になるあの境内で、あの位置から賽銭泥棒の行為に気付くことは不可能だし、逆に犯人だって見られていることに気付けない。


 そして、一番おかしいと思ったのは、神社の規模。


 近所の神社は、初詣にはたくさんの参拝客が訪れる有名神社。そして、その肩書に恥じない大きな規模の神社だった。

 対して都内で頻発した賽銭泥棒の神社は大きい神社とはとても言えない。

 それこそ、授与所がなく、いるかわからない神職さんを見つけて声をかけないと御朱印がもらえないくらい、小さな神社。


 ……勝手に思っていることだが、犯人が賽銭泥棒に及ぶ時、自分の中で決まったルールがあるもんではないだろうか。

 賽銭泥棒をする際には……。


 このくらいの規模の神社。

 このくらいの時間帯。

 このくらいの作業時間。


 そういうのを決めて、犯行に及ぶもんではないだろうか。


 非科学的に、自分ルールを決めた方が燃えるから、とかそんなことを言いたいわけじゃない。

 

 賽銭泥棒は窃盗であり、犯罪行為。

 もし見つかれば刑罰がくだされるようなこと。

 そんなリスクを孕む作業をするのだから……作業の条件を合わせて、なるべく見つかるリスク、手間取るリスクを減らして事に及ぶもんじゃないのか、と俺は思っていた。


 一定の条件下で作業を行うことは慣れに繋がり、再現性が増していく。サンプルが増えれば増えるほど作業は手慣れ、不測の事態がもし起きてもリカバリーが出来る。

 対して毎回作業の条件を変えるのは、再現性が減ってリスクが増すことになる。当然、不測の事態を警戒する集中力も散漫になる。


 これらの理由から俺は、近所の死傷事件の犯人と都内で多発した賽銭泥棒の犯人が別人だと結論付けた。


 次に……伊織が巻き込まれた事件と近所の神社の死傷事件の関連性。


 俺がそれを違うと結論付けたのは正直……少し、非論理的だ。


 でも、間違いないと思っていた。

 間違いようがないと思っていた。


 俺が、死傷事件と伊織の事件が関係ないと思った理由。




 それは、香織があの現場で笑えたことだ。




 ……もし、あそこが自分の夫が殺され、息子が昏睡状態に陥る原因となった現場であれば。

 仮に最愛の息子が目を覚ましたとて、普通は笑えるはずがないのではないか。


 思えば、前からそうだった。


 俺と橘さんが近所の神社に初詣に行くことは後々香織は知ることになっただろうが、もしあそこが伊織の昏睡状態と関与があれば、もうあそこには近寄るなくらいのことは香織は言いそうだ。


 なにせ香織は、徹底的に、伊織に過去の出来事を知られないように取り計らっているのだから。


 香織のしていること。そして知っている性格を考えれば、あの神社の死傷事件と伊織の巻き込まれた事件は無関係だと断定出来た。


 ……もしかしたらあの神社の死傷事件の犯人は、被害者の身内なのかもしれない。

 最新のあの死傷事件のニュース記事には、被害者の名前はもう書かれていない。過去のものに名前があったかは知らないが……それが書かれなくなった理由は、被害者の身内に犯人がいて、警察サイドからお達しがあったからなのではと勘ぐってしまう。


 まあ、あの事件の犯人が捕まったというニュースはない。

 犯罪捜査は初動で全てが決まるとも言われている。深夜中に事件に巻き込まれ、朝方発見されたのであれば警察も手を焼くのは当然だろう。


 ただ、一年の歳月が経ったこの事件、解決は近いのかもしれない。


 まあそんなことはともかく……俺は折角見つけた事件が空振りだと知って、大きなため息を吐いていた。


「空振りか」


 これでまた、一から事件を探す必要が生まれた。

 色々な努力が一瞬で徒労で終わったことに、精神的疲労を結構感じていた。


「何が空振りなの?」


「どわあっ!」


 そんな疲れを隠せない俺の背後から声がした。

 その声の主は、最早お馴染みのあの人。


「た、橘さんっ!」


 振り返った瞬間、橘さんは俺から目を逸した。

 いつも背後を取って、君は忍者か?


 俺は再び、大きなため息を吐いた。

 

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