熱中
優香ちゃんを保育園から引き取って、俺達は帰路に付いた。今日は俺も家に泊めさせてもらう。優香ちゃんにそう伝えたら彼女は、大層嬉しそうに笑っていた。
もし、自分にも子供がいたら、これくらい笑ってくれたりしたのだろうか。これ程、心を満たしてくれたのだろうか。
ありもしない例え話を空想しながら、俺は橘さん宅へと向かった。
橘さん宅の家に明かりはついていなかった。俺は少しだけ安心した。今日は、前みたいに居た堪れない気持ちにならずに済みそうだ。
家に入ると、橘さんは調理。そして優香ちゃんはゲームを始めた。俺も優香ちゃんにゲームの相手をしてもらおうと思ったのだが、
「最近はネット対戦が熱いの!」
ガチゲーマーの優香ちゃんは、ネットの猛者と勝負を始めた。
置いてけぼりを食らった俺は、やることもないのでソファに腰を落として、優香ちゃんのゲームの観戦をしていた。
ただそれも次第に飽きて、俺は注意散漫になり、橘さんの前では控えていた近所の神社の死傷事件についての調査を開始していた。
まずは検索ワード決めから。前回は、神社名を書くだけで大量のネットニュース記事を見つけることが出来たが、概要ばかりで詳細は書かれていないニュースばかりが見つかった。
結局、香織の仕事が終わったこともあって、まともな情報一つ入手出来なかった。核心を突けるだろう、被害者の名前一つ見つけられなかった。
……実はあの後も、何度か被害者の名前を調べようと手を尽くしたことがあった。ネットニュースだけでなく、専門誌、匿名掲示板なんかも覗いて見たりした。
しかし結局、被害者の名前は見つからなかった。
それが書かれていそうな当時のネットニュースは軒並みリンク切れになっていたし、専門誌や匿名掲示板はその後あったバス脱輪事故に話題を取られて、一瞬でこの事件は世間の話題から風化していた。
神社名で調べただけでニュースは見つかるが、核心は突けない。
であれば、核心を突けるような検索をするべきなんだろう。
でも、そんなワードが浮かんでいたらとっくに試しているって話だ。
結局俺は、『神社 窃盗』と打ち込んで検索を開始した。一秒と待たず、たくさんのネットニュースが俺の目を泳がせようとしていた。
青文字のニュースタイトルを見ながら、俺はめぼしい記事はないかを探した。
ふと、俺は目を引く記事を見つけた。
『罰当たり! 最近都内で頻発する賽銭泥棒! 犯人は誰?』
個人ブログでまとめられた記事だった。
俺はそれをタップし、内容を読み始めた。
その記事に書かれていた内容は掻い摘むと、一昨年から去年にかけて、都内の神社にて賽銭泥棒が頻発されているという内容だった。
記事曰く、恐らく犯人は同一犯。
理由は、犯行時刻が全部深夜帯であり、開けられた賽銭箱の犯行後を見るに、プロの仕業であることが見て取れるからだそうだ。
……本当に、それだけで同一犯の仕業と言えるのかと疑問に思ったが、所詮個人ブログの内容。アクセス数稼ぎのために盛って話をしている可能性は容易に想像出来た。
それから一通りブログの記事を読み終えて、俺は一番最後にあった窃盗被害に遭ったと思われる神社のマップを見つけた。
都内の地図の、至るところの神社にバツ印が付けられていた。恐らく、ここが犯行現場、ということなんだろう。
地図をよく観察すると、死傷事件が遭った神社もその中には含まれていた。
……そう言えば、最初に見つけたネットニュースの記事にも、あの死傷事件は賽銭泥棒に見つかった二人が口封じのために起こされたもの、と推察された記事があった。
「何? そのバツ印」
「どわあっ!」
いつの間にか俺の背後に立っていた橘さんに声をかけられて、俺は悲鳴を上げた。
あやうくスマホを投げ飛ばしそうになったが、何とか両の手の中に収まっていて安堵のため息を吐いた。
「……あんた、人んちで他人に見せられないようなもの見てたの?」
「ち、違う。そんなことあるはずないだろ」
「ふーん。どうだか」
橘さんはどうやら、ご機嫌ななめみたいだ。
「……で、さっきのバツ印は何なの?」
「あれは……」
伊織の昏睡と関係があると思しき死傷事件に関係のありそうな神社の位置。
素直にそう言いかけて、俺は橘さんを巻き込まないようにする決意を思い出した。
「……今度、香織と出掛けることになったから、どこに行こうか決めてた」
上手い言い訳を、俺はついた。
「……デート?」
地元の帰り、ホームで新幹線を待つ時、俺は遠回しに香織と自分の関係を橘さんに告げていた。
橘さんがそれを覚えていて、そう思うのはおかしい話ではない。
……でも、瞳を潤ませて今にも泣きそうになっているのは、おかしい話だ。
「……違うよ。あの人がずっと手掛けていた仕事が終わったから、いうなれば打ち上げだよ」
「でも、二人きりなんでしょ?」
「……そうだよ。でも何も起きない」
だって俺はもう、香織の息子の伊織なんだから。
「俺に、現実と向き合うように背中を押してくれた他でもない橘さんなら、わかるだろ?」
「……わかるよ。でも理屈じゃない」
「なんだよ、それ」
理屈ではないなら、もう俺にはどうしようもない。
どうしようも、ないではないか。
「……そう言えばあんた、香織さんに電話したの? 今日泊まること」
「……まだだった」
「そう。じゃあ、電話してきな。もうすぐ出来るから」
「わかった」
微妙な空気で、俺は一旦リビングを出た。
優香ちゃんは俺達の会話を気にも留めておらず、ゲームに夢中になっていた。
解明って章タイトルのせいで章完結が出来ない。話が終わらない。怖い。