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 翌日、熱を出した橘さんは学校を休んだ。

 そうとも知らずに俺はいつも通りの時間に電車に乗り、いつもの席に橘さんが座っていないことに気付いて気落ちしていた。


 学校にたどり着いて、それからしばらくは一人で昨日知った死傷事件のことを調べていたが、次第に橘さんの様子が気になり始めた。

 大丈夫?

 橘さんのスマホにメッセージを送信した。返信は、来なかった。


 クラスメイトが教室に集まる頃、連中は橘さんの不在に気付かず大層楽しそうに、喧騒と教室中で騒ぎ回っていた。

 橘さんがいようがいまいが、お構いなし。クラスメイトが暗にそう言っている気がして、少し気分が悪かった。


「あれ、橘さんは今日休みなの?」


 橘さんの不在に気付いて、俺に声をかけてきたのは山田さんだった。


「そうみたいだね。心配だ」


「彼女が熱を出して、気が気じゃない?」


「いや、彼女じゃないし。友達が熱を出したら、そりゃあ心配くらいするだろう」


「……あっそ」


 どうやら山田さんの機嫌を損ねたらしい。

 ただまあ、彼女に嫌われようがそんなことはどうでも良かった。


 いつもは一緒に登校し、暇さえあれば大体一緒に何かしてきた橘さんの席を俺は横目で眺めていた。心配だなあ。


 ……なんだか、女々しい女子みたいだ。

 定期的にこんな感じになる自分に辟易としながら、俺はまもなく始まった授業に集中し始めた。


 一人の昼休み。

 一人の放課後。

 

 いつもより口数の時間も終わって、俺は学校を後にした。今日は、アルバイトのある日。向かう先は古書店だった。

 電車に揺られて、馴染みの保育園を過ぎて、ビル街に出て……。


「こんにちは」


「おー、いおりん。今日は随分早いじゃない」


「そうですね。ただ真っ先に言いたいのは、その変なあだ名は止めてくれ」


「アハハ。ごめんごめん」


 古書店店主の高山さんはいつも通りにおちゃらけて笑っていた。

 俺は、彼女の入っているこたつの向かいに足を入れた。最近ではここが俺の定位置だ。


「いやでも、本当に最近では珍しくない?」


 既に当人の今日の仕事は一段落ついているのか、高山さんは俺に向かって頬杖を付いて言った。相変わらずこの古書店の収入源はネット購買。お店の中は閑古鳥だ。


「何がです?」


「最近あんた達、大体一緒に出勤してきた。あたし、二人分の給料出さないといけないのかなってヒヤヒヤしてたんだよ?」


 あんた達。

 達の部分に含まれるのは、俺と橘さんだ。


「今日橘さん、熱を出してしまったんです」


「あらそう? 珍しい」


「珍しい?」


「あの子昔から、熱とは無縁だったのよ。寒中の池に叩き落としても、翌日ヘラヘラしてた」


「叩き落としてもって、何だか主犯格の言い方なんですけど?」


 高山さんはぺろっと舌を出しておどけた。

 おどけれる内容だったら突っ込んでたんだけどね。


「あ、あの頃はあたしも若かったの。あの子は昔からちょっと年の離れた妹みたいな感覚だったから。だからカーっとなっちゃったの」


「それ、殺人事件の容疑者みたいな発言ですよ?」


「いやでもあたし、結構あの子の相談乗ってるよ? 優香ちゃんの世話を嫌がるあの子には、そんなの辞めちゃえーって言ったし、ピアノを続けたいって言ったら、でも将来それを仕事に出来る人はほんの一握りってアドバイスしたもの」


「大体の元凶じゃねえか」


 ……まあ、それで橘さんが向き合う勇気を手に入れて、今に至るのもまた事実なわけだが、下手なショック療法より荒療治だ。


「と、とにかく、あの子が熱を出すなんて珍しいわ。いや本当に」


「……そうですか」


 四日前の俺の地元の帰省。

 橘さんは寒がりで、取り乱した俺の世話も献身的に行ってくれたし、どうやらあの日相当な心労、そして疲労を蓄積させてしまったらしい。


 一層、俺は橘さんに対して申し訳なさを抱いた。


「一昨日は、ピンピンしてたのにね」


 高山さんの言った言葉に、俺は目を丸くした。


「え、橘さん一昨日、ここに来たんですか?」


 一昨日……つまりは俺の実家に帰省したその翌日のこと。

 どうやら橘さんは、古書店に足を運んでいたらしい。


「うん。あの子、ここを図書館代わりに思っている節があるから。まあ、店内を賑やかす重要な太客なんだけど」


「……また、あなたのことが心配で来たわけですか?」


「またって何よ。またって。あの子、あたしに対しては結構ドライよ?」


 そりゃあ、これまでの行いが悪かったんだろう。


「……調べ物がしたいって言っていたかなー。それで、脚立を椅子代わりにして、何だか随分と本を探しては読んでを繰り返していた」


「……調べ物」


 何を調べていたのだろう。

 思い当たるのは、この前俺が言った伊織の身に起きた事件に関すること。橘さんはいつも俺のフォローをしてくれる。合間を見て、時間を作ってここで調べ物をしてくれていたのかもしれない。

 ここは、古書店を名乗っている割にバラエティに富んだ書物があるのが魅力的な店だ。……と、店主は言っていた。

 そんなここであれば、手掛かりがあるかもと橘さんは思ったのかもしれない。


「なになに? あの子がここで何をしていたか、気になるの?」


「……そうですね、気になってます」


「あら、意外と大胆」


「そういうのじゃないです」


「えー、違うのー?」


 橘さんの調べ物は、成果を生んだのだろうか?

 それが気になっていた。


「……そう言えばあの子、何か本を買って帰ったわね」


「えっ、本当ですか?」


 机に乗り出しながら食い気味に尋ねると、高山さんは少し引いていた。


「何を買ったか、見てました?」


「……斎藤君。女の子が何を買ったのかを知りたいなんて、さすがに駄目だよ」


 そうかもしれない。

 でも、ここで引いてはいけない。直感的なものがあった。


 熱視線を高山さんに送り続けると、彼女は根負けしたように目を逸した。


「ごめん。実は見てないの」


「え、でも買い物したんでしょ?」


「そうだけど。あの子、レジの使い方知っているから……あの時はあたしも忙しかったし、あ、勝手にやっておいてーって」


 ……この店が閑古鳥な理由がわかった気がする。


「そうですか」


「……斉藤君。お見舞いついでに今晩、美玲に何を買ったか聞いてみれば?」


「え?」


「勿論、仕事終わりにね」


 アルバイトの日は、俺は未だ橘さん宅で夕飯をお邪魔になっている。相変わらず両親と鉢合わせたことはない。

 そんなわけで、橘さん、優香ちゃん。俺の三人で夕飯をいつも食べていた。


 ……仕事終わりに、見舞いに行く、か。


 橘さんなら熱を移したくないと言って断るかもしれないと思った。

 スマホをポケットから取り出すが、朝送ったメッセージに未だ返事はない。


「迷ってるなら、本人に直接聞いてみれば?」


 高山さんにそう言われ、俺は少し迷い始めていた。


 迷惑ではないだろうか。

 嫌がられないだろうか。


 頭の中でマイナスなイメージばかりが浮かんでは消えていく。

 いつもなら、ここまで頭を悩ませることはなかった気がする。


 俺がしたい通りに、今回であれば間違いなく橘さんに即電話をして家に向かっていた。

 彼女にはお世話になった。見舞いの一つくらいするのは当然だ。ただ当然、彼女が辛くならない範囲で。


 それくらいで、割り切れていたはずなんだ。


 最終的に俺は、『今晩、見舞いに行ってもいい?』と橘さんにメッセージを送った。


 彼女にはお世話になったから。

 見舞いの一つくらい、当然だと思ったから。


 俺の背中を押したのは、そういった考えではなかった。


 もっと、シンプルな感情だった。


 今日一日一人の時間を送って、年甲斐にもなく俺は一人の時間に……寂しさを感じたのだ。


 寂しさを埋めたかった。


 橘さんと会いたかった。


 ただ、それだけだった。


 メッセージは、まもなく返ってきた。


『好きにすれば?』


 橘さん訳的には、是非会いたい、という意味だ。

 俺は、ほっと胸を撫で下ろした。

空気の薄い古書店店主。クレイジー設定が追加された模様。

あとタイトル変えるかもしれない。学校一の美少女は傍にいる設定だが、まるで付き纏われていないのである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・「橘さん訳的」ができる伊織 [一言] 橘さんが何をどう調べているのか、お見舞いに対してどうデれるのか、楽しみです!
[一言] タイトルを変えるならシンプルなのが良いな。 ランキングで一行で表示される程度に。
[一言] まるで付き纏われていないのである。 うん、それは思ってました。
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