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合唱コンクール

 自分の体が死んでしまったことを知った日の翌々日。

 伊織の身に乗り移った俺のすべきことをこなすかのように、俺は学校へと向かっていた。一月の早朝は身が縮こまるような寒さ。でも、久しぶりに体感した地元の寒さに比べて、都心の寒さはまだマシだ。


「おはよう」


 いつも通りの時間の電車に乗り込むと、いつもの席に橘さんは座っていた。

 挨拶すると、橘さんは読んでいた本をカバンに仕舞った。


「何読んでたの?」


「別に」


 一昨日の彼女は寒さのせいか人が変わったように口数が多かった。しかし、相変わらずのブレない橘さんに、俺は苦笑した。

 橘さんが仕舞った本は、文庫本のサイズでもなく、単行本のサイズでもなく……情報誌のようなサイズだった。

 ファッション雑誌などでも読んでいたのだろうか。

 ただ、橘さんがファッション雑誌を読んでいる姿を想像したら、何だか面白かった。他者に羨ましがられる美貌を持つ彼女だが、日頃の態度は着飾ることとは無頓着の性格をしているように思えたからだ。


 いやでも、いつか着物を着ていた彼女は、綺麗なもの好きな女の子らしい一面を見せていた。


「あんた、何笑ってるの?」


「いや、着物を着た橘さんは可愛らしかったなって」


「いや、本当に何を言っているの?」


 心底呆れた様子の橘さんだったが、そっぽを向いた拍子に少し顔を綻ばせた気がした。

 それからはあまり会話をすることもなく、俺達は思い思いのことをしながら学校最寄り駅への到着を待った。いつも通りで、違和感なく、居心地は悪くなかった。

 その後、学校に到着した俺達は、橘さんに勉強を見てもらいながらホームルームまでの時間を過ごした。勉強をしようと言い出したのは橘さんだった。

 暇だから。

 橘さんはそれだけのために、俺に勉強を教えてくれた。


 クラスメイトは最近仲の良い俺達に訝しげな目を向けていることが多い。

 ただ橘さんはそういうことを気にする質でもないし、俺も声をかけられでもしない限り気にする人ではないから、俺達二人の間には周囲とは一線を画した独特な空気が生まれていた。


 そうして、朝のショートホームルームが始まった。


「早速ですが、来月に迫った行事、ご存知でしょうか?」


 菅生先生はいつもはフランクな言葉遣いをするのに、今日は畏まった風に言った。おちゃらけているのだろう。


「えー、何?」


「知らない」


「どうでもいい」


「お前達、学校行事に対する熱意が足りないぞ」


 思い思いにやる気のそがれる言葉を吐くクラスメイトに、先生は正論をかました。


「学園祭。体育祭。お前達は結局学年でもずっとビリの成績だった。俺は悲しい。たった三年しかない高校生活の行事なんだぞ? もっとやる気を滾らせようぜ!」


 熱量の籠もった先生の言葉へのクラスメイトの反応は冷ややかだ。

 

「先生、それで行事って何なの?」


「……まったく。お前達新入生レクリエーションで先輩方が教えてくれたこと、すっかり忘れているみたいだな」


 新入生レクリエーションであれば、恐らく入学すぐ……つまりは四月早々に行われたものであろう。

 つまり、俺は無関係だ。


「えー、来月に、皆さんお待ちかねの合唱コンクールがあります」


 合唱コンクール、か。

 そう言えば、高校時代に俺も合唱コンクールに出たなあ。

 この高校の行事事は四、五月に続けざまに行われるから、こうしてクラスメイトと一致団結する行事はこの体になってから初めてだ。

 かつての体で過ごした時の青春の一ページを、否応なしに思い出してしまう。


「と、言うわけで、今日は連絡ごともないからさっさと指揮者と伴奏者を決めようと思う」


 ……聞いたことがある。

 普通、クラス分けをする際に各クラスに一人はピアノ経験者が振り分けられるようになるって話を。


 つまり、指揮者は自己申告制だろうが、伴奏者はもう決まっているだろう。


「まず、伴奏者は橘な」


「……はい」


 不服そうに橘さんは頷いた。

 彼女、そんなことも出来たのか。素直に驚いた。


 その後、俺達のクラスは合唱コンクールの指揮者決めが始まった。

 指揮者決めは難航した。端からやる気のなかった連中に自薦を求めても、手を挙げるような輩はいないからだ。


 結局、指揮者はクラス内でも数少ない音楽の習い事をしたことがある廣田君に決定した。


 歌う曲は、菅生先生が勝手に決めていた。


 そうして俺達は、今週から放課後に週に二回。音楽の授業週に一回。音楽室を借りての合唱コンクールの練習をすることになるのだった。

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