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卑しい笑み

 年が明けた翌日。

 しばらく家でのんびりした後、俺は橘さんとの約束である初詣のため、家を出ようとしていた。


「今日も、橘さんと会って来るんだ」


 ニヤニヤとする香織が、玄関まで迎えに来てくれた。


「まあね」


「……ねえ、伊織。最近何かあった?」


 靴紐を結んでいた手を、俺は止めた。ゆっくりと後ろを振り返ると、香織は心配そうに俺を見ていた。


「……俺、何か変かな?」


「そういうわけじゃ。……ううん。そうかも」


「そう?」


「……上手くは説明出来ないんだけどね」


 香織は肩を竦めた。


「まあ、本人が気にしていないようなら大丈夫でしょう。呼び止めてごめんね。楽しんで来て」


 微笑んだ香織に微笑み返して俺は家を出た。

 ……あの日以来、香織との関係は特に変わっていない。まあそれは俺の中での感覚の話。先日の話のせいで、香織と顔を合わせた時どんな顔をしていいのかわからないところは正直ある。だから、敢えて自分で香織への態度を変えないように意識して接している。

 意図していつも通りを振る舞うのと、本当のいつも通りと。

 多分、香織が感じた違和感はその辺なんだろう。


「でもそんなの、どうすればいいって言うんだ」


 人間関係とは難しいな。俺はため息を吐いていた。

 気を取り直して、橘さんとの約束のため、俺は急いだ。神社の場所は、自宅から程ないところにある。本当に、歩いて数分の場所だ。


 ただ俺は、神社とは真逆の、駅の方に歩を進めた。神社の傍は時期も相まって混み合っているだろうし、駅で集合してから向かおうと決めたためだ。


 駅に到着すると、件の人はまだそこにはいなかった。

 スマホをいじりながら、しばらく彼女を待っていることにした。


「……おまたせ」


 駅の改札前から、たくさんの人が電車を降りてやってきた。その中の一人が、俺に気付いてこちらに歩み寄ってきた。

 橘さんは、俺から目を逸しながらそう言った。


「着物で来たんだ」


 いつもは低い位置でツインテールに束ねられた髪は、頭の上の方でかんざしで結われていた。赤色の装飾が多い着物を着た橘さんは、いつにもまして華やかに見えた。


「似合ってるよ」


 率直な意見を口にすると、


「そ、そんなこと聞いてないから」


 橘さんは恨み節を言いながら頬を染めていた。


「……ありがとう」


「そんな。それより、寒くない?」


 いつにもましてひんやりとした寒い日だった。着物一枚では寒くないのか、少し不安だった。


「大丈夫。……ヘクチッ」


「……これ、巻きなよ」


 手渡したのはマフラー。ファーくらい巻いてくればよかったのに、と少しだけ思った。


「ありがと」


「ううん。着物には合わないかもね。ごめん」


「そんなこと……」


「そろそろ行こうか」


 この問答を続けている間、寒中に彼女を放っておくことになるのが偲びなくなったので、俺は話を切ってそう提案した。


「ん」


 そんな調子で、俺達はようやく初詣のために移動を開始した。

 駅からの道中、最初は順調に俺達は歩を進められた。しかし、やはり神社に近づくにつれて人は増える一方だった。


「それなりに有名な神社だもんね」


 橘さんは気持ちが急く俺に言った。


「着いたら、甘酒でももらって温まろう」


 それから三十分くらいして、神社の鳥居がようやく見え始めてきた。

 鳥居から本殿までの間には、屋台が並んでいた。香ばしい香りが鼻孔をくすぐるが、ここで列を抜けたらどこから並び直しになるかわからないから、我慢していた。


「買って来たら? あたし、ここで待っているから」


「え。……わかった。何食べたい?」


「任せる」


「わかった。任された」


 一旦列から離れて屋台の方へと俺は歩いた。何を買うのがいいのか少し迷ったが、体を温めるなら汁物にしようと思い、目についたのは豚汁だった。


 皆考えることが一緒なのか、少しの列を並んで待って、二人分の豚汁を購入した。カップに箸を乗せて、急いで橘さんのところに戻ろうと思った。

 本殿への列を眺めながら、どれくらい進んだろうかと思って橘さんを探した。


「あ」


 そうして見つけたのは、橘さんに絡む数人の人。幸い、橘さんに接触を図っていたのは野郎ではない。女子。……それも、クラスメイトの人。


「こんなところで会うなんて奇遇ね。橘さん」


 向こうもきらびやかな着物を羽織っていた。よく顔を見れば、俺の隣の席に座る山田さんがその中にはいた。


「ねえねえ、誰と来てたの? あ、もしかして彼?」


「別に」


「別にじゃわからないよ。ねえねえ、教えてよー」


 恋バナをする彼女達のところに交じっていいものか。

 少し迷ったが、結論を出す前に俺は山田さんと目が合った。


「……そっか。斉藤君と来てたんだ」


 卑しい笑みを、山田さんは浮かべていた。

 二学期初めの方に、俺はクラスの校外活動のために結構一生懸命行動を起こした。結果、当時はそれなりにクラスメイトから一目置かれた存在になれたものの、二十歳のジェネレーションギャップを埋めることは出来ず、結局前の通り、俺はクラスで浮いた存在に戻っていた。

 

 そんな俺と学校内でも可愛いと名の知れた橘さんのスキャンダルは、彼女達から見たら面白いネタなんだろう……か?


「意外。そうなんだ」


 否定した方が彼女のためだろう。少なくとも、俺達が恋仲であることはないのだから。偶然会ったとか装った方がいいんだろう。

 そう思って、俺は一歩を踏み出すが、


「そうよ。悪い?」


 橘さんが割り切りよくそう言い放った。


「……じゃあ、邪魔しちゃ悪いね」


「そうね。そうしてもらえる?」


「じゃあね、橘さん」


 女子達はもう参拝を追えたのか、帰路に就こうとするところだった。まあ神社を出た後、どこかへ遊びに行くのかもしれないが……それは俺の知るところではない。


「ごゆっくりー」


 俺の隣を通り過ぎる直前、山田さんは俺を茶化すようにそんなことを言った。


「ごめん。待った?」


「ううん」


 橘さんはいつも通り、口数少ない。


「……いいの? あんな言い方して。多分変な誤解されてるよ?」


「……い、嫌だったらあんな言い方しないから」


「そっか」


 まあ、彼女がそれでいいならそれ以上のことは聞くまい。

 しかし、何を彼女を怒らせたのかはよくわからなかったが、橘さんは俺を冷たく睨んだ後、手渡した豚汁をやけ食いするように一気に平らげた。


 そんなにお腹、減っていたのだろうか?

 少しだけ、申し訳なく思った。

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