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アルバイト初日

 高山さんの経営する古書店でアルバイトをすることになって数日。

 学校。帰りのショートホームルームはいつも通り手短に終わり、俺は古書店での初出勤のため、学校を後にした。


 面接の日は、結局あの後は古書店を後にして、俺は橘さん宅にて昼食を頂いて、優香ちゃんとゲームをした後家に帰宅した。

 古書店で俺がこなすことになる業務は、経理の仕事。

 正直に言ってその仕事は、十数年の社会人経験がある俺ではあるが、やることは初めてになる業務だった。


 前の体の時、俺は大卒で町工場に近い地元の中小企業に就職を果たした。金属加工を主にするメーカーで、国内の有名自動車メーカーとの取引実績が豊富で、その会社は地元では結構有名な中小企業だった。

 配属された部署は、生産技術。行っていた業務は、加工した部品が寸法通りに出来ているか。加工前の部品がキチンと仕様通りになっているか。まあつまりは、部品が問題ないかを確認する部署だった。


 それ故経理の仕事は俺の専門外に当たるわけだが、意外と何とかなるかなと思っているのが正直な俺の所感だった。

 結局、どんな企業も営利目的に経営される以上、部署、役職に関わらず、一番大切なことは企業の利益を生むことであるからだ。


「お疲れ様です」


 電車に揺られ古書店にたどり着くと、薄暗くなりつつある外とは違い、店内は少し眩しいくらいに明るかった。

 ただ、店内から俺の声に対する返事はない。


 店内を歩いて、カウンターの奥の座敷へ視線を向けた。


「お疲れ様です。高山さん」


「おー、おつかれー」


 高山さんはちゃぶ台の上に置かれたノートパソコンをぼんやり眺めていた。

 カバンを座敷の隅に置いて、俺は背後から高山さんの仕事ぶりを覗いた。

 高山さんは、有名ネット通販サイトにて販売者の権利を使って商品の登録を行っているようだった。

 本の表紙。背表紙。題名。そしてあらすじ。テキパキと数冊の本を登録していくその姿は、結構様になっていた。


「もう。後ろに立たれると、お姉さん緊張しちゃうじゃない」


「あ、失礼しました」


 そそくさと、俺はちゃぶ台を挟んで高山さんの向かいに腰を落とした。

 俺が背後から立ち去ったことを良しとして、高山さんは再び商品の登録に集中し始めた。


 初日だと言うのに、この無関心ぶり。

 どうやら彼女は、あまり人を動かす仕事をしてきたことがないらしい。


「あの、俺のパソコンってあるんですか?」


 そう言えば、この座敷には彼女のノートパソコン以外の設備らしい設備はなかった。

 アルバイトをするにあたりその辺は支給されると勝手に考えていた……わけではない。むしろ、ここにたどり着くまで俺の使用する機材関連がないことに、俺は気付いていなかった。


「あー、そう言えばないや」


 アルバイト初日から、いきなり俺の仕事は暗礁に乗り上げた。

 真剣に自分の仕事をこなしていた高山さんだったが、これだと折角お給料を支払うというのに俺が金食い虫になってしまうと、困っているように見えた。

 俺達は、途方に暮れながらしばらく見つめ合っていた。


「……何やってんの?」


 そんな時座敷の方にやってきたのは、怪訝そうな顔をした橘さんだった。その隣には、優香ちゃんもいた。

 今日の放課後、俺は橘さんに一緒に帰ろうと誘われたが、アルバイト初日であることを告げて一足先に学校を出た。

 橘さんはどうやら、保育園に寄って優香ちゃんを引き取った後にここに立ち寄ってみたらしい。


「こんばんは」


 俺と高山さんに挨拶をした優香ちゃんは、雑に靴を脱いで座敷に上がった。


「こら優香。ちゃんと靴は並べて入りなさい」


 橘さんは妹の無作法を叱りながら、靴を整えて座敷に上がってきた。


「で、何二人して見つめ合ってんの?」


 そして橘さんは少し鋭い視線で俺達に再度そう尋ねてきた。


「いや、今日からアルバイトに来たはいいものの、俺が使えるパソコンがないんだよ」


「うっかりしてたね」


 そう言いながら、高山さんはノートパソコンに視線を戻していた。

 どうにもならないことなら、考えるよりも自分の仕事を進めようと思ったのだろう。


「あのパソコン、共有するんじゃ駄目なの?」


「これ、一応あたしの個人パソコンでもあるんだよね。さすがにこれは貸せないかなあ」


「……それに、一台を二人で共有するとなると、片方がパソコン使っている間は片方の仕事が滞ることになる。それは、効率的とは言えないね」


「……ふうん」


 とはいえ、どうしたものか。

 自宅のパソコンを持って来ようにも、家のパソコンは香織が所有する一台しかないし、自腹切って買うのは当初の目的から考えると論外。

 一番手っ取り早いのは、アルバイト用のパソコンを一台高山さんに購入してもらうことだが、恐らく家計簿経営のこの古書店の事情を考えたらパソコン代もバカにならない出費だろう。


「……お父さんのお古のノーパソあるけど、持って来ようか?」


 しばらくしてそう提案してきたのは、橘さんだった。


「美玲、いいの?」


「うん。処分も面倒だって、扱いに困ってたみたいだから。ちょっと許可もらうために電話してくる。優香のこと、見ててもらえる?」


「勿論。さあアルバイト君。最初の仕事だよ!」


 高山さんは、手持ち無沙汰の金食い虫の俺に、優香ちゃんのお守りの指示をした。


「優香ちゃん、何して遊ぶ?」


「んー、しりとり」


 ……これだと、アルバイトだと言うのにいつもの橘さん宅での光景の延長線だなあ、としみじみ思った。

 ちなみに、しりとりは俺が負けた。優香ちゃんのや攻めに、俺はヤリイカを二度言ってしまい、屈してしまった。

評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!

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