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泣き落とし

 勉強熱心な橘さんと高山さんが俺を放って店の方で話をしていた。しばらくして声が止んだと思ったら、高山さんは橘さんを連れて座敷へ戻ってきた。


「来てたんだ」


「うん。折角だから、面接してもらおうかなって」


「ふうん。ま、どうでも良いけど」


 いつも通りらしい橘さんを見ていると何だか安心する。そんな安心を壊すかのように、ひょっこりと橘さんの背後から、高山さんは顔を覗かせた。


「あれ、赤本買わないの?」


「……買う気が失せた」


「そう。もう三日続けてだもんねえ」


 橘さんは顔を真っ赤にして俯いた。わなわなと震える様は、怒っているように見えた。


「……それで、あんたはこの古書店でアルバイトするの? しないの?」


 怒ったように橘さんは言った。

 矛先は俺へ。謂れのない怒りである。

 まあその怒りはともかく、その質問をぶつけるべきなら相手は俺であるべきではない。


「いやそれは、高山さんが決めることだよ」


 俺はあくまで雇われの身。雇用主に当たる高山さんがなんと言うかが、橘さんの質問への回答になる。

 話を振られた高山さんは、一旦俺に視線を向けて、その後橘さんへと視線を向けた。


「今日色々お話させてもらって、あたしはあなたにバイトしてもらえるならとても嬉しいかな」


 名ばかりの面接の結果、俺は無事この古書店でのアルバイトの権利を手に入れることが出来たらしい。


「そうですか」


 正直、その結果をもらっても反応に困る。

 まだこのアルバイトをさせてもらうか、それを俺は決めかねていた。


「え……?」


 そんな中、一箇所からとてもとても寂しそうな声が漏れていた。

 まるで、俺が即喜ぶと思っていたかのような、絶望に駆られるようなそんな声だった。


 見上げた先にいたのは、橘さんだった。

 橘さんは、ショックのあまり目を丸くしていて、目尻には光る何かが見えた気がした。


 俺はぎょっとしていた。


「……ここでバイト、しないの?」


「えぇ……? えぇと……」


 まさかそんな対応をされるとは思っていなかった。

 俺はしどろもどろになり、目のやり場に困っていた。

 ふと視線がかち合ったのは、高山さんと。高山さんは従姉妹の突然の反応に最初は驚いていたが、まもなく俺に肩を竦めて見せた。


「いや、ここでバイト……させてもらおうかな?」


 まさか、こんな泣き落としのような形になろうとは。

 俺は間接的に拒否権を失って、顔を引き攣らせながらそう答えた。


 途端、橘さんは安堵したように一旦顔を綻ばせて、すぐにいつも通り不機嫌そうにそっぽを向いた。


「ま、まあ。あたしには関係ない話だけどね」


「アハハ……」


 俺と高山さんは、二人で苦笑して橘さんを眺めていた。


「まあとりあえず、ありがとう斉藤君。歓迎するよ」


「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ……もう仕方ない。割り切って、俺は成り行きに身を任せることにした。

 

「そう言えば、給与体系を説明してなかったね」


「あ、はい」


「まあ、あんまりウチはアルバイトを雇うことはなくて……むしろ君が初めてって状況ではあるんだよね。ただ君は高校生。高校生のアルバイトって色々規制があって面倒でね。だから……週二日勤務。勤務時間は十八時から二十一時までの三時間。これでどうかな?」


「はい。わかりました」


「うん。じゃあ週二日勤務。勤務時間は三時間で……給与はこれくらい」


 意外とある。俺は頷いた。


「ついでに、食事あり」


「食事あり?」


 首を傾げると、橘さんの視線を感じたからそっちを見た。途端、橘さんに視線を外された。

 ああなるほど。橘さんの家で夕飯を頂ける、ということか。


「それは何だか、申し訳ないなあ」


「別に。従姉妹のお世話見てもらうお礼なだけ」


「……アハハ」


 高山さんを見ると、再び肩を竦められた。


「そう言えば、俺ってここで何をすればいいんです?」


「あー、実は、美玲に君の話を聞いた時から、お願いしたいことがあるんだよね」


「何を聞いたんです?」


 ニヤッと、高山さんは笑った。


「君、色々機転が回るそうだね」


「いえ全然、全くそんなことはないですけどね」


「えー? またまたあ」


 高山さんのウザ絡みに、俺は目を細めていた。


「それで、何をお願いしたいんです?」


「ん。経理の仕事」


 てっきり本屋のアルバイトと言ったら本の陳列だったり掃除だったり、雑用めいたことをさせられると思っていたのに、予想外な依頼だった。

 ただよく考えれば、ネット通販を生業にしているこのお店だと、陳列作業や掃除は程々で良いのかも知れない。そうなればアルバイト自体を雇う必要はないと思ったが、だからこその経理か。


「高校生に経理をさせるんです?」


 呆れ混じりに俺は尋ねた。


「さっきも言ったけどさ、ウチの古書店はネット通販もあってか基本的には赤じゃないくらいの経営状態。ただまあ、どんな仕事にも閑散期繁忙期ってのはあるもので、閑散期になると……そこそこ生活も厳しい。そんな中で経理一人雇って経営状態がまともになるなら、これ程良いこともないじゃない?」


 しかも高校生だから人件費も安い、と付け加えた高山さんの本音は、多分付け加えた方なのだろう。


「自分でやれば人件費かかりませんよ?」


「自分で出来たら高校生に縋るようなことは考えません!」


 確かに。

 高山さんは続けた。


「本は好きだから古書店の仕事は続けられるけど、経理みたいなみみっちい仕事はどうしても好きになれないんだよねえ」


「でも、個人事業主なら何とかするしかない話でしょう?」


「アルバイトがいるならその子に任せれば自分で何とかする必要もない!」


 グーポーズを見せた高山さんに、極まっているなと思わされた。


 経理の仕事。

 当初予想していなかった仕事を頼まれたが、よく考えれば、その手の仕事であれば空き時間もそこそこ作れる。つまりは調べ物をする時間を作れるというわけだ。


 そう考えれば悪い話ではない。

 俺は思った。


 ……もしかして。


 図られたか? と思って高山さんを見たが、高山さんは可愛らしく首を傾げていた。


 ……であれば。


「……何?」


 橘さんの冷たい声。

 ああ、当たりだと俺は悟った。


 どうやら橘さんは、俺が高山さん曰くみみっちい仕事を出来るように、調べ物を出来る時間を作れるように、陰ながらに取り計らっていてくれたらしい。


 記憶喪失の件、橘さんに相談して正解だったな。俺は思った。


「ありがとう」


「……ふんっ」


 そっぽを向いた橘さんがあまりにあまのじゃくで、俺は微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白く読ませて頂きました が ...この女の子が寝とられるの?とかザマぁされるの? と怖くて仕方がないです 面倒臭いけどこんな良い子が 酷い目に遭うの耐えられない
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