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面接

 カチコチと時計が鳴る音だけがしばらく響いた。座敷で正座をしながら、俺は面接官である目の前にいる高山さんの言葉を待った。

 せんべい食べきるからちょっと待ってて。

 アルバイト員の募集より食い気らしい目の前の人はそんなことを言って俺を待たせていた。彼女のペースに乗せられることはないが、俺の周囲にはいなかった唯我独尊タイプに、結構先が思いやられていた。


「ごちそうさま」


 満足そうに、高山さんは言った。


「それじゃあ早速だけど……斎藤君」


「はい」


「落ち着いてるねぇ。美玲にぴったりだ。……で、ウチを志望した理由は?」


「一度、本屋で働いてみたいと思っていて。そんな折に丁度、橘さんから良い話を伺ったので、是非一度お話をさせてもらえたらなあと思っていました」


「ふうん。ありきたりな常套句だねえ」


 先程渡していた履歴書を見ながら、高山さんはケラケラと笑っていた。

 まあ、常套句を口にしただけだし真に受けてもらえなくても構わない。興味ないけど小銭欲しさにやってきました、と言うよりは断然心象がマシだろう。

 例え思っていないことでも、状況を鑑みた発言を徹底する。それはとても大切なことだと俺は思う。


「美玲とはいつ出会ったの?」


「高校入学してしばらく経ってからですね」


 橘さんが痴漢されていたこととかは、敢えて口にする必要もないだろう。

 それからしばらく、俺達は面接という体の雑談を続けた。基本的には、向こうから質問されたことを俺が答えるスタイルだ。

 そうやってしばらく雑談を続けてわかったことだが、どうやら橘さんはこの店主に俺を紹介するに当たって、記憶喪失のことは伏せて話したようだ。


 何だか肝心なところが歯抜けにされた問答を繰り返していく内に、俺はそれを悟った。

 まあ、それによって説明に支障が生じる場面も都度あったが、この人に面倒事を知られてまで知らしめる必要のあることではないと思ったので、橘さんの良心には助けられたと思わされた。


 正直に言って、ここまでの対応を見て、俺はこの古書店でアルバイトをする気はあまり湧いてきていなかった。

 不真面目そうな態度の店主を見ていると、採算は取れているのか、とか、勤めた後でキチンと給料は支払われるのか、とか、そんな不安ばかりが頭をよぎる。


 だから、ある程度話を聞いて見込みがなさそうなら、この話は断る気でいた。それ以外に考えていたことと言えば、断ってしまった後、橘さんに後日今日の出来事をなんて説明しようか。そんなことばかりだった。


「さて、じゃあこっちから聞きたい話は大体聞けました」


 満足そうに、高山さんは手を叩いて続けた。


「それじゃあ、今度は逆質問と行こうか。何か聞きたいことある?」


「古書店の経営って、採算とか取れているんですか?」


 ド直球な質問だが、勤めるにあたってそれは一番大事なことでもある。何度も言うが、俺には金を貯めなければならない理由がある。そのために給料未払いなんて、絶対にご免だった。


「赤ではないね」


「……失礼ですけど、あまり客入りもよくないみたいですが?」


「ああ、店舗に来てくれる人はあんまりだよ。それ以外にも、ペーパーレスとか、本屋の儲けとは真逆の時代背景もあるし、まあこの先、先細りしていく分野であることは事実だね」


 さっきまでのズボラな印象とは違い、意外としっかりとニーズを追えている様子に、俺は少し感心した。

 ただ、疑問は尽きない。


「それじゃあ、どうやって経営を成り立たせてるんです?」


「ネット通販」


 言葉数少なく、高山さんは答えた。従姉妹という間柄であるどっかの誰かを想起させる、簡潔でわかりやすい説明だった。

 ちゃぶ台の上に置かれていたせんべいの袋とノートパソコン。

 今更俺は、そのノートパソコンがどのように使われていたのかを理解した。


 ネット通販。

 なるほど確かに。ペーパーレスという本屋の儲けに反する時代背景と同じくらい最近の人達の一般常識となりつつあるネットワークの普及。

 数十年前はソフトウェアの発売でさえ人々は列を成したというのに、今ではそんな光景は過去のもの。


 一重にそれは、ネットワークの普及と、それに連なる生活環境の向上のおかげだ。

 ネット通販はまさしく、それらによる発展例の代表格であろう。


「実際に店舗に足を運んで購入するより、ネット通販だったらボタン一つで楽だもん」


「なるほど、納得です」


 謎が一つ解けて、俺は憑き物が取れたかのように微笑んだ。


「……でもそれ、古書店の店主が言っていいことなんです?」


「大丈夫。ちゃんと店舗に来てくれる固定客もいるもの」


「そうなんですか? それなら良かった」


「うん。誰だと思う?」


「知りませんよ。俺、このお店に来たのは今日初めてですよ?」


「えー、君も知っている人だと思うよ?」


 ニヤニヤしながら、高山さんは続けた。


「特に最近は毎日のように来るよ? 興味ないんだけど、今日は来た? って。ここは所謂、池袋にあるいけふくろうじゃないって言っているのにね」


 その例えは田舎暮らしであった俺には通じないぞ。


「今度からはちゃんと、いつ面接に来るかあの子に伝えてね?」


 さすがにそこまで言われれば、高山さんが誰のことを言っているのかは理解が出来た。

 そっか。

 なるほど。

 ……橘さん、自分が薦めたアルバイト先で俺が馴染めるように、毎日様子を見に来てくれていたってことか。


 橘さんは本当、面倒見がいいなあ(バカ)。


「今日もそろそろ来るんじゃないかな?」


 そう言っていると、お店の扉が開く音がした。


「ねえ、赤本買いに来たんだけど?」


 その声には聞き覚えがあった。

 ニヤニヤした高山さんは、どっこいしょと重そうに腰を上げた。


「あのセリフ、これで三日連続よ」


 耳元で、高山さんは俺にそう囁いた。


 そっか。

 なるほど。


 橘さんは本当、勉強熱心だなあ(救えない)。

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