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古書店

 橘さんに本屋のアルバイト先を斡旋してもらえることになった週の土曜日。早速俺は、彼女から連絡してもらった住所に向かっていた。

 自宅の最寄り駅から学校とは逆の方向に一駅。最近何かと馴染みのある保育園を超えて、それからしばらく歩いて、橘さんの家を超えて……。


「思ったよりも目と鼻の先にあった」


 地図アプリで事前に位置を確認していたから何となくわかっていたが、歩いてみると余計に……。

 橘さんの紹介してくれた本屋。というより、古書店は、橘さんの家から歩いて五分ほどの位置にあった。駅とは真逆に位置するものの、住宅街を超えた先のこの辺は雑居ビルがいくつか並び、古書店はその雑居ビルの一階部分を半分くらい使った店舗となっていた。


「……思ったよりも雰囲気あるな」


 それが、古書店を最初に見た時抱いた俺の感想。

 古書店、というのは事前に橘さんから教えてもらっていた。

 ただ、俺という人間はあまり古本屋というものに明るくなく、唯一知っている古書店といえば、本を売るならなんとやら、で、馴染みあるメロディーとフレーズが店内でも流れるあのお店だった。

 小さい頃は、よく通ったなあ。ブック○フ。高校くらいの時は、散歩がてら地元のお店によく通ったものだ。特に三年生の三学期。自由登校の時期だ。指定校推薦で受験戦争に飲み込まれることのなかった俺は、その時期は完全に暇だったから、金を使わずに長時間居座れるあのお店は大変便利だったのだ。

 最近になって行ってみたら、本だけじゃなくカードゲームからフィギュア。果てには古着と何でもありになっていて驚いた。


 あまり関係のないことを店先でしばらく感慨深く思い出していた俺は、ようやく店内に一歩足を踏み入れた。

 少し古めかしいエアコンから漏れる機械音と、エアコンから伝った風に乗って鼻孔をくすぐる本の匂い。


 まさしくここは、古書店だな、と当たり前の感想を抱いた。


「いらっしゃいませー」


 気怠げな声が、店内の奥にあるカウンターの更に奥から聞こえた。女性の声だ。

 足を止めてその女性が現れるのを待ってみたが、姿を見せる様子はまるでない。仕方なく俺は、店内を眺めながら奥へと進んだ。


 カウンターの奥は、休憩室……というか、座敷となっていた。そこで十六インチくらいのテレビを見ながら、女性がせんべいをかじっていた。


「あの、友達の紹介でここでアルバイトの面接をさせてもらいに来たんですけど」


「え?」


 素っ頓狂な声が、座敷の女性から漏れた。

 さすがの俺もここらへんで不安がよぎったが、橘さんに限ってイタズラなんかするはずもないなと気付いた。

 つまり、この女性がズボラ、ということが正しいのだろう。


「……あー、美玲の彼」


 はい。この女は間違いなくズボラ。俺はそう結論付けた。

 誰がいつ橘さんの彼氏になったと言うのだ。失礼だろう、向こうさんに。


「違います。けど、彼女の紹介ってことは合ってます」


「あら? 美玲、確かにそう言っていたと思ったんだけどねえ?」


「彼女に限って、それはない」

 

 俺はそう断言出来た。多分橘さんなら、自分から俺なんかの彼女を自称するはずがない。むしろどちらかと言えば、真剣に俺のことをアルバイトとして薦める中、この人に茶化されて顔を真っ赤にさせて非難する。それくらいの姿の方が、容易に想像出来る。


「よく理解しているみたいね、美玲のこと」


 しかし最終的に、断言したからこそ俺は、恐らくこの古書店の店主にカウンターをお見舞いされるのだった。

 なんとも言えない顔で、俺は彼女を睨んでいた。


「……随分と、橘さんと仲が良いみたいですね」


 手のひらで転がすその姿に、恨み節混じりに俺は彼女にそう告げた。


「そうね。あたし達従姉妹ですもの」


 従姉妹。

 なるほど。それは確かに、本屋をアルバイトに薦めるに当たって、彼女の伝手とやらが理解出来る間柄だ。


「とりあえず、面接をしましょうか」


 彼女は、座敷に俺を手招きした。

 入れ、ということだろうか。それ以外考えられなかった。


「店番はしなくていいんですか?」


「大丈夫。お客なんて中々来ないんだから」


「いやそれ、お店的には全然大丈夫じゃないでしょ」


 呆れてしまって、俺は雇用主になるかもしれない人に失礼な言い方をしていた。


「だーいじょうぶ」


「本当に……?」


 アルバイト先として、このお店は大丈夫なのか。

 一抹の不安がよぎった。ただここは、信頼足る橘さんの薦めたアルバイト先。給料未払いだとか、そういうことは心配しなくて大丈夫な気がする。

 などと、全体的に失礼なことを考えながら、怪訝な顔で俺は座敷に上がった。


 彼女は消音にしていたテレビを消した。

 ちゃぶ台を挟んで、俺達は向かい合った。


「申し遅れました。僕の名前は斎藤伊織。橘さんの同級生の……クラスメイトです」


「高山萌奈美。二十六歳。よろしくね」


 年齢を告げる必要はないのだが……まあ、若いな。一先ず俺は、丁寧に頭を下げた。

古書店で主人公をアルバイトさせようと思ってすぐ、古書店って本を売らないと利益出ないんだよなと恐ろしい事実に気付いた。普通個人経営っぽい古書店はバイトも雇うことないよな、と気付いた上で個人経営っぽい古書店に面接に行かせた。

もしかしたら俺、バカなのかもしれねえ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔せどりをしましたが、店舗=倉庫にできる古書店をうらやましく思ったことがあります 店は閑古鳥でも売上が確保できている方は多く、オーナーさんの本当にやりたい作業のために人を雇うというのはありだ…
[一言] 古書店はどちらかと言うと骨董品屋に近いので、古くて価値のある本を業者同士で売買していたり、通販で売っている場合が多いですかね。 歴史のある本を収集しているコレクター向けに、高額で取引している…
[一言] 読んでいて疑問に思った事が後書きに書いてある謎ww
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