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好き嫌い

 ようやく夕飯が作り終わると、俺は橘さんの方へと行き、食べ物を運ぶのを手伝った。


「いただきます」


 三人で手を合わせて、俺達は夕飯を食べ始めた。

 今晩のメニューは野菜炒めにご飯に味噌汁。そしてきんぴらごぼう。ぶりの照焼。ほくほくな湯気が立つ料理を見ていると、食欲がそそられてきた。

 まずは、ぶりの照焼を一口口に運んだ。

 今更ながら、俺は橘さんにご飯を食べるところを注視されていることに気付いた。そうやって見つめられると緊張するものだが、ゆっくりと咀嚼し、思ったことを一言言った。


「美味しい」


「そっ」


 いつも通り簡素な返事だったが、橘さんは少し安堵したようにため息を吐いていた。

 それからは、三人で仲睦まじく夕飯を食べた。自宅では夕飯を食べる時のテレビの視聴は禁じられている。というか思えば、家で俺がテレビを見れる時間は極めて少ない。バラエティ番組好きの香織は、仕事をしている時間以外は大抵リビングに陣取り、テレビを見て笑っているのだ。

 そんな自宅のルールと違い、橘家ではテレビを視聴しながらの夕飯は禁じられていないようだった。久しいこの感覚に、俺は新鮮さを感じていた。


 橘さんは、高校生にしては渋く、国営のニュース番組をぼんやりと眺めていた。

 ニュース番組では、今日の国会予算委員会の答弁だったり、数ヶ月前に遭ったらしい事故の補償金騒動が泥沼化しているなど、仄暗い話題ばかりが報じられた。

 俺はテレビを背中にご飯を食べていたので、淡々とした声色で読み上げられるニュースをぼんやりと聞いていた。

 同じく優香ちゃんも、興味津々な橘さんと違い、ニュースには興味もなく食べることに夢中といった感じだった。


「ん?」


 ふと、優香ちゃんに目配せをして俺は気付いた。

 優香ちゃんはさっきから野菜炒めを食べるに当たって、箸で取り分けるような動作をした後に料理を掴んでいたのだ。


「ゆーちゃん。ピーマンも食べな」


 ニュースに集中していると思ったのに。

 突然、優香ちゃんに向けて怒るように指摘した橘さんに、俺と優香ちゃんはビクッと肩を揺すった。


 ピーマン。なるほど。さっき優香ちゃんがしていたのは、野菜炒めに入っている嫌いな食べ物を取らないようにしていたことだったのか。思い出してみると、優香ちゃんはさっきから確かに、野菜炒めに入っているお肉を中心に食べていた。


「……えー」


「駄目。好き嫌いしないで食べないと、おっきくなれないよ?」


「……でも」


 渋る優香ちゃん。

 確かに、このくらいの年頃であれば苦手なものの一つくらいありそうなものだ。さっき、大人顔負けのゲームテクを見せた子の年相応な姿に、俺はほっこりしかけた。


「あんまり好き嫌いすると、この人も怒っちゃうよ」


「え?」


 突然、橘さんが俺を引き合いに出したから、俺は驚いて目を丸くしてしまった。

 そんなこと一言も言ってないけど? 

 いやでも、例えば自分の娘が好き嫌いがあったとしてそれを中々食べたがらないようなら俺も……怒れない。仕方ないなあって俺が食べちゃう。親バカか、俺は。


 何が滑稽って、俺にはそんな娘は一度も出来た経験がないってことだった。


「そうなの?」


 優香ちゃんに尋ねられた。

 少し、俺は困った。でもまもなく、一番今避けることは橘さんを怒らせることだと察した。


「うん。怒るね」


 うー、と小さく唸って、しばらく優香ちゃんは野菜炒めのピーマンとにらめっこをしていた。

 まもなく、意を決したように優香ちゃんはピーマンを口に運んだ。


「よく出来ました。偉いね」


 橘さんが褒めながら優香ちゃんの頭を撫でるが、優香ちゃんは口の中の苦味と格闘しているのか、顔は歪んでいた。

 そんな調子で三人でご飯を食べて、ご飯を食べ終わった後は再びレースゲームを楽しんだ。今度は橘さんも交じって三人でゲームをした。三人の中で一番レースゲームが下手だったのは、俺だった。


 しばらくすると、優香ちゃんはうつらうつらとしだして、眠りに付いた。


「今日はごめんね。ワガママ言っちゃって」


「いいさ。こっちこそ、勉強教えてくれてありがとう」


「……ん」


 言葉短く、橘さんは頷いた。

 橘さんは、優香ちゃんを二階の寝室に運んでいった。その間に俺は、そろそろ帰るかと帰り支度を始めていた。


「ねえ、斎藤」


 帰り支度が終わり、橘さんに帰る旨を伝えようと思ったら、寝室から戻ってきた橘さんに呼び止められた。


「少し、いい?」


 橘さんは言った。深刻そうな顔をした彼女は、見るからに相談事があると語っていた。


「何?」


「……相談があるの」


 橘さんは、少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。

 恐らく、本来は俺を巻き込むような内容ではないのだろう。そんな内容に俺を巻き込むことになるから、苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いているのだ。


「何かな?」


 俺は尋ねた。

 本来俺には関係ない話かもしれないが、勉強に夕飯と、色々お世話になった彼女の相談を聞かないほど、俺は腐った男ではなかった。


「……優香のことで」


「優香ちゃんの?」


「うん」


 橘さんは頷いて続けた。


「あの子の好き嫌いを改善させるの、どうすればいいと思う?」

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