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夕飯

 学校に着いてから、しばらくの間授業を行い、昼休みを挟んでまた授業。そんないつも通りの高校生活を送って、放課後はあっという間にやってきた。


「斎藤」


 荷物を片付けていると、後ろから声をかけられた。橘さんだった。


「もう行ける?」


「うん。大丈夫」


 ショートホームルームが終わったばかりの教室は、まだ少しだけ喧騒としていた。ただ唐突に、その声が静まり返った。

 振り返ると、皆の注目を俺は浴びていた。

 男連中は、口をパクパクとさせていた。一体どうしたのか。わからない。


「じゃあ、行こうか」


「ん」


 俺は橘さんと一緒に教室を後にした。

 それからは、取り留めのない話をしながら駅へと向かった。まずは、優香ちゃんを保育園に迎えに行った後、三人で彼女の家に向かう予定になっていた。


「優香、最近あなたに会いたい。あなたに会いたいで凄いんだよ?」


 電車の中、橘さんは優しく微笑みながらそんなことを教えてくれた。


「そうなの? 俺からしたら、少し悪い気がしちゃうんだよね。家族水入らずを邪魔しちゃうようで」


「別に大丈夫」


「そう? でもなあ……」


「気にしすぎ。あたしだって、嫌だったらわざわざ家で一緒に勉強しようなんて言わない」


「え?」


「……そういうことだから」


 顔を真っ赤にして、橘さんは顔を逸した。

 否定の言葉はなかったし、嘘偽りだとかおだてとかでもなかったのだろう。だとすれば、それは素直に言えば嬉しい限りだ。


 良き友達を持てた。そう思えたからだ。


 香織との約束事項。

 一つは、勉強を頑張ること。

 もう一つは、自宅に俺の友達を招くこと。


 そう言えば、勉強の方はその後のモチベーションもあるから真剣に取り組んでいるが……友達の方は全然だった。男友達の一人くらい、俺もそろそろ作った方が良いのだろう。

 ただ思えば、家に連れて行くのは何も、男友達に限らなくてもいいのではないだろうか。


 ……いや、男友達にしないと、香織はまた面倒臭そうだなあ。

 かつての恋人に対して面倒臭いと思う日がやってくるとは、思いもしなかった。


「伊織だ」


 まもなく俺と橘さんは、保育園に橘さんの妹である優香ちゃんを迎えに行った。数日ぶりに再会を果たすと、優香ちゃんは嬉しそうに俺に抱きついた。

 本当であれば、俺もこのくらいの子供を育てていてもおかしくない年齢。それなりに結婚願望もあったからか、子供に甘えられるのは悪い気分ではなかった。


「ゆーちゃん。今日はこの人、ウチで勉強するの。だから、一緒に帰ろうね」


「本当? やったー」


「よろしくね」


 駄々をこねられ、俺は優香ちゃんと手を繋ぎながら帰路についた。思えば、橘さんの家に行くのは初めてだったので、俺は橘さんに先行してもらいながら後に続いた。

 しばらく歩いて、まもなく橘さんは足を止めた。


「ここがウチ」


「ほー」


 三階建ての立派な一軒家が、目の前あった。


「じゃあ、入って」


「うん。お邪魔します」


 そうして、俺は橘さん宅にお邪魔になった。

 目的は、期末テストに向けた勉強のため。


「ねえ、伊織。何して遊ぶ?」


「えー、そうだねー。何しよっか?」


「ゆーちゃん。この人は勉強するためにウチに来たって言ったでしょ」


「えー」


 ちょっとくらいならいいんじゃない、と言いそうになったが、怒られそうなので止めた。ごめんね、と優香ちゃんに謝って、俺は橘さんと二人で部屋を移動した。


 そして、部屋に入って気付いたのだが……。

 茶色のベッド。ピンク色のクッション。これは恐らく、橘さんの自室だ。


 いきなり自室とは、中々……やましいことはないのだが、俺は座る場所に困った。


「どうしたの?」


「どこ座ればいい?」


 こういう時は、素直に聞いてしまうのが一番。

 俺はお菓子と飲み物を取ってくると言い一旦部屋を出ようとした橘さんに尋ねた。


「そこ。クッション使っていいよ」


「わかった」


 部屋を出ていく橘さんを見送って、俺はクッションの上に腰を落とした。

 しばらくして部屋に来たのは、橘さんではなく優香ちゃんだった。


「どうしたの?」


「伊織。遊ぼ?」


「ごめんね。今から勉強するんだ」


「えー。つまんない」


 優香ちゃんは項垂れた。

 ……幼気な少女の寂しそうな姿を見ると、罪悪感が芽生えてくるなあ。


「じゃあ、夕飯食べた後少し遊びましょ」


 そう言ったのは、成り行きを見守っていた橘さんだった。

 折衷案として、橘さんはどうやらそんな提案をしてくれたらしい。


「伊織も一緒に遊んでくれる?」


「いや俺は帰るかな」


 夕飯までお世話になるわけにもいかないと思い、俺はそう口にした。


「……ううん、この人も一緒に遊んでくれるよ」


「本当?」


「えっ」


 そんな、迷惑じゃないのだろうか。

 疑問の瞳を橘さんに向けた。


「ごめん。夕飯は奢るから、優香の面倒見てくれない?」


「……いいの?」


「うん。そっちが良ければ」


「じゃあ、お願いしようかな」


 俺も、優香ちゃんに対して罪悪感が芽生えていたし。少しくらいなら全然問題なかった。

 ただ、香織に夕飯がいらないことへの説明をしなければならなくなったな。


 ……そう言えば。


「そう言えば、君達のご両親は?」


「仕事。今日も十二時位まで残業してるんじゃないかな」


「へえ、大変だね」


 十二時までの残業。今日も。

 その発言を聞いて、橘さんが優香ちゃんのお世話をしている現状に合点がいった。そちらに対しても大変だね、と労いたくなったが、それはそれで怒られそうなので俺は口を噤んだ。


 とにかく今は、香織になんて事情を説明するか。

 それを考えながら勉強を続けようと思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 橘さんは勿論、香織とのことも、この先の展開が気になる。 [一言] ミソネタ・ドざえもんさんの作品はいつも楽しく読ませていただいています。
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