不安視
企業側とのコンタクトにも成功し、監視カメラのない公園探しもほぼ完遂した状況と、校外活動の作業は順調に進捗していた。
今日のロングホームルームでは、二週間かけて巡った公園の監視カメラの有無と、その公園の管理元の調査。そして、管理元を調べて上で、監視カメラの設置の申請をするか否かの確認だった。
「えーと、こっちは区による管理だから申請する。こっちは……申請しない」
皆は、あーでもない、こーでもないと紙を見ながら頭を抱えて申請有無の仕分け作業を実施していた。
そんな中、俺と橘さんは皆とは別れて、菅生先生と区役所への申請の説明時の発表練習をしていた。
「そのため、あたし達一年○組は今回監視カメラ設置の申請をしに、区役所さんまで伺わせて頂きました」
区役所との面談時、説明するのは橘さんと相成った。
彼女がクラス委員長。俺がクラス副委員長と役職的な話もあるし、前回対企業に対しては俺が説明したから、というのもあるし……。
ただ一番は、
『前回は伊織が話したし、今度は橘がやるかー』
と、菅生先生が軽はずみな一言を言ったから、このような形となった。
色々、皆思ったところがあるだろうが……これでも俺は、橘さんを庇うべく結構食い下がった。
『先生、物事には向き不向きがあります』
だとか。
『先生、俺の方が彼女より上手く出来ます』
だとか。
そんな言葉を橘さんの前で、菅生先生にぶつけ続けた。
菅生先生は困っていた。
俺の頑とした態度にではない。
橘さんが、青筋立てて俺の言葉に腹を立てたことに対して、だ。
後々になって考えてみると、あの時の俺は歯に衣着せず、思ったことを言い過ぎた。あれは、橘さんの反感を買っても仕方なかった。
そんなわけで、橘さんは俺を見返すために資料を片手に、菅生先生と俺の二人相手に面談の練習をしていた。
「橘、資料ばかりに目を落とすな。ちゃんと相手の目も見るんだ」
「……はい」
「橘さん、まだ固いね。一応、凝り固まった場とはいえ、緊張しても良い結果は生まないよ?」
「うるさい」
こんな感じで、橘さんに対する俺達の指導は結構熱の入ったものになった。
最初は、クラスメイト達に作業に交じらず二人共ずるい、などと言われていたが……その指導の手厳しさに、女子陣は早々にこっちで良かった、と安堵のため息を吐いていた。
反面男子は、俺に代わってほしそうに羨望の眼差しを向けていた。なんてバカバカしい。
そんなこんなで、作業は順調に進み、二学期の丁度真ん中あたりには、区役所のアポ取り。監視カメラ設置場所のピックアップ。そして面談の練習も一段落付いたのだった。
区役所訪問の前日の放課後、俺は一人廊下で、防犯カメラを取り扱うメーカーに連絡をしていた。予定時間、場所の確認をしていたのだ。
事前にメールを送っていたが、こういうのは相手がメールを読むより前に電話をし、確認し合うのがマナーだ。
相手がメールを読み損じ、一番大事な場に出席しないのは、あまりに面白くない展開だ。
「はい。それじゃあ、明日はよろしくお願いします。いやだなあ、よしてくださいよ。僕達はそういう関係じゃないですって」
メーカーの古井さんは、フランクで接しやすい人だったが、俺と橘さんの関係を明かそうと必死な人だった。そういうんじゃない、と打ち解けた最初に言ったのだから、それ以上深入りはするなよ、と内心文句を抱えていた。
「はい。はい。そうですね。それでは、明日は何卒、よろしくお願いします」
ピッ、と電話を切ると、俺は大きなため息を吐いて肩をすぼめた。まったく、ただの集合時間と場所確認で、なんで十分超も電話しないといけないのだ。仕事をしろ、仕事を。
「斎藤」
そんな文句を抱えていると、背後から声をかけられた。
振り返った先には、橘さんがいた。
「あれ、橘さん。もう帰ったと思ってた」
最近、というか、失礼な言葉を述べたあたりから、俺達が一緒に帰る機会はめっきり減っていた。自業自得だ。
とにかくそういうわけで、まさか下校時間を過ぎてまで、橘さんが俺を待っていたのは予想外だった。
「どうしたの?」
「一緒に帰ろう?」
上目遣いで、橘さんは尋ねてきた。
断る意味はなかったが……なんで今日になって、と疑問を抱いた。
ただ、モジモジする橘さんを見て、むしろ明日を控えた今日だからこそ、一人になりたくないのだろう、と察した。
「わかった。そうしよう」
しっかり彼女をサポートしなければ。
俺達は、帰路についた。
学校を出て、学校の最寄り駅に着いて、俺の自宅最寄り駅は過ぎて、次の駅で俺達は電車を降りた。優香ちゃんも会いたがっている、と橘さんに言われたからだ。
「それにしても、あっと言う間だったね」
「……うん」
隣を歩き、俯く橘さんの顔には、不安が張り付いていた。
……正直に言えば、明日は俺もそこそこ心配だった。
企業への協力仰ぎ。クラスメイトへの協力仰ぎ。そして、作業の数々。
はっきり言って、ここまではあまりに順調過ぎる。俺が上手く取り計らったこともあるだろうが、それにしたって三ヶ月期限の突貫的な作業の割に、ここまでは順調過ぎるのだ。
……区役所との話し合いは、一波乱ありそうだ。
俺がそう思った根拠は、もう一つある。
これまでの調整相手は、はっきり言えば話しやすい相手ばかりだったのだ。
校外活動を決めかねていたクラスメイト。
そして、高校生との協力業務による宣伝をしたかった企業。
対して、役所相手の調整は……勝手が違う。
何故なら向こうは、あくまで事務処理専門のチームであり、自らの利はそこまで優先しないからだ。
役所相手であれば、監視カメラの設置は……利得を見込めなければ、簡単に一蹴されることだろう。
どこまで、橘さんは気付いているだろうか。
「……橘さん、大丈夫だよ」
ただ、どこまで気付いているにせよ、明日の肝を司るのは彼女。彼女の不安の種を取り除くことは必須だ。
「根拠のない言葉は口にしないで」
「根拠ならある」
「何よ」
「俺がいる」
「……は?」
「だから、隣には俺がいる」
一人ではない。何かあったらフォローする人がいる。
俺が社会人なりたての頃は、自分がそれをしなければならないとわかっている時は、隣に先輩がいるだけで心強いと思ったものだ。
微笑んでそう言うと、橘さんは……。
「あんた、何言ってんの?」
ドン引きした顔で、俺を見ていた。何故だ。
俺が社会人なりたての時に言われて、一番安心した言葉なのだが、彼女には効果がなかったようだ。
「……っぷ。くくっ」
しかしまもなく、橘さんは俺が大真面目にそれを言ったことを理解したのか、吹き出した。
「あんた、このご時世にクサいこと言い過ぎ」
「何を言う。本気の言葉だ」
「あー、わかったわかった。……じゃあ、何かあったら助けてよ?」
茶化すように言いながら、橘さんの顔には僅かに不安が残っていた。クサいこと、と言いつつ、どうやらキチンと効果はあったらしい。
「わかった。任せてくれ」
胸をドンと叩いて、俺は橘さんに宣言した。
橘さんが丁度微笑んだ頃、俺達は優香ちゃんの待つ保育園にたどり着いた。